2015年7月に赤坂ACTシアターで開幕した舞台『サンセット大通り』。ビリー・ワイルダー監督の同名映画に『キャッツ』『オペラ座の怪人』の作曲家としても知られるアンドリュー・ロイド=ウェバーが楽曲を乗せ、ミュージカルとして蘇らせた濃密な人間ドラマだ。
2012年の初演から主役のノーマ・デズモンドを演じている安蘭けいに加え、今回の再演で新たなノーマが誕生した…濱田めぐみである。劇団四季在籍時には『ライオンキング』『アイーダ』『ウィキッド』の三作品でオリジナルキャストを務め、退団後も様々な舞台に立ち続ける彼女が『サンセット大通り』のノーマ役をどんな思いを胸に演じているのか…今回は濱田めぐみの飽くなき挑戦について書きたいと思う。
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アイーダとエルファバ 四季時代に出会った運命の役
福岡県北九州市で育った濱田は中学3年生の時に観た劇団四季の『キャッツ』に感動し、高校卒業後に俳優を目指して上京。市村正親らを輩出した舞台芸術学院を経て、音楽座に解散直前まで在籍する。
そんな彼女に大きな転機が訪れたのは1995年12月。10代の頃から憧れていた劇団四季のオーディションに合格し、その3か月後にはディズニーミュージカル『美女と野獣』のヒロイン・ベルとして四季でのデビューを飾る。当時、芸大を始めとする音大出身者でもなく、付属の研究所から上がって来たのでもない人材がいきなりヒロインでデビューするのは異例の抜擢。濱田は見事劇団の期待に応え、新人として稽古場掃除やお茶くみなどの雑事もこなしながら、“ちょっと変わり者の少女・ベル”を演じ切った。
その後、俳優を目指すきっかけとなった『キャッツ』のジェリーロラム=グリドルボーンや『クレイジー・フォー・ユー』のポリーを演じ、1998年には『ライオンキング』のナラ役オリジナルキャストとして四季劇場[春]のこけら落としに参加。そしてこの後、彼女は自らの俳優人生に大きな影響を与える二つの役と出会っていく。
その二役とはディズニーミュージカル『アイーダ』のタイトルロールと、2007年初演のBWミュージカル『ウィキッド』のエルファバである。『アイーダ』ではヌビアの民や父王への責任と自らの恋に揺れる王女・アイーダを、『ウィキッド』では緑の体と不思議な力を持って生まれ、巨大な権力に立ち向かうエルファバを演じて多くの観客を魅了した。
アイーダとエルファバ…この二役には「他者の為に運命を背負って一人戦う」という共通点がある。自らの人生や恋愛成就のためではなく、大切な人たちを守るために一人立ち上がる…こういったキャラクターを演じる時の濱田めぐみは”無敵“である。よく彼女のことを「歌唱力がすごい」と評する人がいるが、その言葉では不完全だ。濱田めぐみにとっての歌は魂の叫びであり、演じるキャラクターの真実の姿を映し出す鏡なのである。王女として、女として揺れながら生きるアイーダのナンバーも、緑の体で生まれた呪縛を解き、自由に向かって羽ばたくエルファバの歌も「歌唱力がすごい」の七文字で片づけられるものではなかった。そこには常に命を削りながら舞台に立つ濱田の姿があったのだ。
2007年『ウィキッド』日本初演の開幕時にかなりの回数劇場に通う中、濱田めぐみが演じるエルファバは観る度に変化し、常に進化し続けていった。作品主義と言われる劇団四季で彼女は稀有な存在だった。2010年12月に15年間在籍した劇団四季を退団した濱田は大阪『アイーダ』のタイトルロールを最後にあざみ野を後にする。
「忘れられた大女優」ノーマ・デズモンド役に挑む
劇団を退団した後も彼女の挑戦は続く。退団後第一作となった『ボニー&クライド』では刹那的に強盗を繰り返すボニー役を、四季時代にも共演経験がある石丸幹二主演の『ジキル&ハイド』では娼婦・ルーシーを演じ、退団後初の単独主演作となった『カルメン』では情熱的な演技で舞台の芯に立った。更にアンドリュー・ロイド=ウェバーが描く『オペラ座の怪人』の後日談『ラブ・ネバー・ダイ』ではヘッドソプラノで歌うヒロイン・クリスティーヌを演じて新境地を開拓。新境地と言えば『サンセット大通り』と同じく鈴木裕美が演出した『アリス・イン・ワンダーランド』のマッド・ハッター役もそれまでシリアスに何かを“背負い”役を作って来た濱田にとって一つの冒険だったかもしれない。ある種の敵役を楽しそうに鮮やかに演じる彼女の姿は美しく華やかだった。
そしてとうとうその時が来た。2015年の夏、多くの女優が熱望する『サンセット大通り』のノーマ・デズモンド役を3年前の初演でも同役を担当した安蘭けいとのWキャストで演じることが発表されたのである。
正直、このリリースを目にした時、99%の期待と共に1%の不安が胸にはあった。何故なら先に書いたように濱田めぐみが最も輝くのは“他者の為に戦う”役柄だと私は心のどこかで思っていたからだ。ノーマはそれとは正反対で、誰よりも自分自身を愛する「忘れられた大女優」。役柄だけでなく、本人と対峙し話を聞いても、嫉妬や執着と言った生々しい単語と一番遠い場所にいる彼女がこの役をどう演じ切るのか…楽しみな反面、観るのが怖いという気持ちもあった。
<後編>
7月…ミュージカル『サンセット大通り』開幕…それまで濱田が演じてきたキャラクターとは全く違う姿を“まとった”「ノーマ・デズモンド」がそこにはいた。安蘭けいが大女優としての一種の楽天性や明るさ、自分は他者に愛されて当然だという大スターならではの感覚を持ったノーマ像を作ったのに対し、濱田めぐみのノーマは他人に心を開かず常に孤独と影とを抱えて生きている人物造形。まさに「太陽」と「月」…舞台上に存在する個性の違う二人のノーマ…Wキャストの最高の醍醐味がそこにはあった。
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実は関係者・プレス向けに行われた公開ゲネプロで濱田版のノーマを観た際、ノーマの年齢設定が少し若い様にも感じたのだが、本番の舞台で彼女を見た瞬間、そんな気持ちはすぐに吹き飛んだ。まずゲネの時とは“声”が違う。普段の張りと深みがある情感に満ちた声ではなく、孤独で年齢を重ねた女性の声。他者に心を許さない人物だからこその、ジョーに対する強い執着や絡みつくような嫉妬…舞台の上には旬をとっくに過ぎた「忘れられた大女優」が確かに呼吸していたのだ。そのことを終演後に伝えると彼女は「本番ではお客様が助けてくれたんだと思う」と素顔で笑った。
飽くなき挑戦 更にその先の世界へ
『サンセット大通り』ノーマ・デズモンド役…日本でも幾人かの女優の名前がこれまでノーマ役の候補として囁かれてきた。そんな中、この役を演じる濱田の胸にはある一人の女優の存在があったはずだ。その女優とは、劇団四季で活躍し、当初ノーマ役を演じる予定でありながら、1998年に39歳の若さで旅立ってしまった故・志村幸美である。志村は濱田の四季デビュー作『美女と野獣』でミセス・ポットを演じ、『サンセット大通り』の執事・マックス役、『美女と野獣』ではビースト役として舞台に立った鈴木綜馬と共にデビューしたばかりの濱田を見守る近しい先輩だった。『美女と野獣』日本初演の地・赤坂で、濱田めぐみはさまざまな思いを胸にノーマ・デズモンドとして生き抜いたのである。
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本作で新しい扉を開いた彼女の挑戦は終わらない。今秋には新作『スコット&ゼルダ』、来春には再び石丸幹二とタッグを組む『ジキル&ハイド』そして2016年8月、帝劇でのミュージカル『王家の紋章』アイシス役での出演も発表された。
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「演じている時は“濱田めぐみ”に戻るのが面倒」「オフの過ごし方が良く分からない」「いつも役がどこかにある状態で生きてきた」…彼女のことを語る時、毎回使ってしまう表現だが、やはり今回もこの文言で締めたいと思う。「役を生きる」「命を燃やす」…他の誰かが使ったらどこか気恥ずかしく感じるフレーズだが、濱田めぐみは自らの命を削ってこの言葉を体現する。私はこれからも同時代に生きる観客の一人として、そんな彼女の“飽くなき挑戦”を観続けたいと思うのだ。