令嬢ジュリーと召使ジャン。二人の間に、限りなく濃厚で、限りなく危険な男と女の心理戦が繰り広げられる。出演は、渡部豪太と雛形あきこのみ。たった二人だけの会話劇を演じるのは、まさに俳優にとって逃げ場のない舞台だ。
召使ジャンを演じる渡部豪太に、役者としての“挑戦”を語ってもらった。
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――舞台は去年秋の『GS近松商店』以来ですね。
ええ。気付くと年に二本は舞台に出演させていただいています。でも二人芝居は初めてなので、ちょっと怖いですよ。この舞台がうまくいけば役者として次のステージにいけるでしょうし、逆にこれを踏み外すと良くないな……と。だから、今のタイミングでこの作品に出会えた事は、偶然ではなく必然だったのかな。まさに挑戦です。
――相手役の雛形あきこさんとは初共演ですが、どんな方ですか?
もう見たまんま。美しさの中に不思議な雰囲気を持った方です。まだ数回しかお会いしていないですが、「この方は普段他人には見せない、誰も知らない部分があるんじゃないのかな」って思わされるんです。
――原作だと、令嬢の方が召使よりもずいぶん若い設定ですが……。
演出家の一色隆司さんからは「今の雛形あきこさん、今の渡部豪太でいてください」と言われました。だから年上の令嬢に恋をする召使……ってことになるのかな。まぁ、あまり無理に演じず、自然な感じになると思います。
――令嬢と召使の恋愛の話……と一筋縄ではいかないストーリーですよね。
今回は、男と女の話なんです。最初の顔合わせの時に一色さんが「普遍的なテーマです」とおっしゃったんです。僕としては「普遍的って何だよ。そういう言葉、大っ嫌いだな!」なんて思ったんですけど(笑)。
「普遍的」って、時代やいろんなものに影響を受けない、という意味ですよね。もし普遍的なものがこの世にあるとするならば、それを“男と女”に当てはめることはできると思うんです。よく「男っていつもそうだよね」とか「女ってさ……」なんて言うじゃないですか(笑)こんな身も蓋もないくだらない話を、人間はずっとしている。この『令嬢と召使(原題:令嬢ジュリー)』が書かれた100年前のスウェーデンでも、そんなことが言われていたんです。「やっぱり男と女ってこうだよな~」というものは、文化や国や言語の壁があっても存在するんでしょうね。
――渡部さん演じる“ジャン”はどんな役ですか?
ジャンは、もともと裁判官の家の使用人の息子で、令嬢の家に仕えることになった召使です。召使と言ってもいろいろなタイプがいると思うんですよ……たとえば、生活するために仕える人、本当にその家にお仕えしたいと心から願っている人、みたいに。ではなぜジャンは令嬢の家にずっと仕えているのかというと、「自分は現実に縛られている」と彼は言うんです。
でもジャンには野心があって、その現実から抜け出したいと思っている。貪欲で、いろんなことを知りたがっているし、持ちたがっている。それなのに腰が重いんですよ。「人間、3日で変われる」という言葉がありますが、今の環境をすべてかなぐり捨てればいくらでも変われるはずなんです。たとえば極端な例をあげると、親を捨てて、国を捨てて、どこか遠くの地で暮らす事もできる。だけど、彼はそうしない。きっかけがあるまで自分からは動かないんです。
でもジャンは腰が重い代わりに、すごく頭がよくて自己分析をしている。だから「現実に縛られている」というジャンの言葉は、行動しない自分への言い訳でもあると思います。
でも、誰でもそんな面を持ってるんじゃないかな?だからジャンって、なんだか親近感が湧いてくる人なんですよ。
――渡部さんも共感できますか?
共感しますね。でも今の僕は自分から望んで「俳優・渡部豪太」をやっているので、召使を望まないジャンとはちょっと違うのかな。
――「召使」という立場は現代の日本にはないので、ちょっと共感しづらい気もするのですが。
そうなんです。今の日本には「令嬢」も「召使」もありませんから、時代設定を現代に変えるかも……なんて案も出ているんですよ。今を生きる人たちが観てこそ意味のある舞台になると思います。
人間にとって大事なことって「令嬢」や「召使」という立場じゃなくて、その人が何を大事にしているかということだと思うんです。たとえば、幼い頃に学校に行けなかったけど、母親に読んでもらった一冊の絵本が人生を支えていたり、おばあちゃんが語ってくれたひとつの物語に支えられていたり……そういう大切なものがたくさんあるはずなんですよ。僕はそれを大切にしたい。
――翻訳劇であることの難しさはありますか?
原作者のストリンドベリはスウェーデン出身なので、外国作品を日本語で伝えなきゃいけないんですね。だから今、日本語って難しいなぁと痛感しています。僕たちは普段なんとなく日本語をしゃべっているけれど、演劇としてあえて人に伝えようとすると、また違うエネルギーが必要になります。そのエネルギーも、ちゃんと毎日の稽古からすくい上げてこないと、ただの上っ面な表現になっちゃう。しかも二人芝居で、さらに会話劇ですから、言葉は重要です。だから今まさに、「言葉を伝える」という挑戦ですよ。
――登場人物がたった二人だからこそ、二人の関係が変化していく過程は見ごたえがありそうですね。
とても演劇的な作品だと思います。というのも、テレビをつければ無料で映画やテレビドラマが見られますよね。それとは違って舞台は劇場に来なければいけない。そして、多くのスタッフさんが作り上げた舞台だけれども、本番でお客さんが注目するのは目の前に立った役者さんだと思うんです。だから、舞台は役者の力が一番発揮できるし、お客さんも役者の魅力に一番触れられる。しかも今作は二人だけの会話劇なので、より二人の役者に目がいきますよね。まさに“演劇的”なんです。ですから、演劇が好きな方にはもちろん、普段は演劇にあまり触れない方にも観ていただき、「あ、演劇ってこういう事なんだ!」と驚いていただけたら嬉しいな。
映画にもなっている作品ではありますが、やっぱり舞台と映画は違った楽しみ方があると思いますよ。
――舞台にも映画にも多く出演されていますが、ご自身の中で演技の違いはありますか?
僕はただ、やりたい事をやっている感じなんです。どの現場にも「ああ、ここが俺の居場所なんだ」と思う瞬間があって、それを味わっています。
でも、舞台はちょっと質が違うかもしれませんね。映画は、俳優よりも監督のものなんです。撮影現場に行くと、カメラの位置や自分の動きが決まっていることもありますし、そもそもカメラのフレームからはみ出たらいけないので、動きの制約もあります。けれど舞台の場合は、俳優がとても能動的なんです。劇場から出なければ、どこで動いてもいいんですよ。美しい見せ方は無限にあって、どうするのかを取捨選択するのが稽古期間。稽古場で「こうしてやろう、ああしてやろう」と動いてみて、演出家に「それいいね!」「それやり過ぎだね」と言われ、家に帰って洗濯とか掃除とか日常生活をしながらも、また同じシーンを作り直して、次の日にまた稽古場でやる。ひとつの動きやシーンにかける時間が多いですね。でも稽古しすぎると新鮮さがなくなるので、毎日すべてを忘れて、同じことを新しい気持ちで演じるんです。その作業、嫌いじゃないですね。令嬢に出会う感動を毎回味わいたいな。
――今回は、劇中で歌われるとか?
そんなシーンもあります。でも僕オタマジャクシが読めないので……耳で聴いて覚えます(笑)
――『令嬢と召使』は今年一本目の舞台ですが、その他にやってみたいことはありますか?
「こうしたい」と決めないようにしています。だからまずは『令嬢と召使』をきっちりと面白いものにすることですね。この舞台が上手くいくと、その先も上手くいくというふうに繋がっていくと思っています。考えたことに縛られず、つねに新しい自分や、新しい周りの人達や、新しい環境にいたい。たとえそこが同じ稽古場だったとしても、日々、新しい自分にアップロード!たまにはウィルスが入ってくる時もあるんですけどね(笑)でも、それでいいんです。
――では、将来やってみたい役はないのでしょうか?
そうですね……教師はやってみたいです。小学でも中学でも高校でもいいな…そして生徒たちに悪意を植え付けて、それが芽吹くのを見たい(笑)。
――悪意!?
そう。実はこの間CDを整理していたら、高校の頃の先生にもらったものが出てきたんです。中身はブルーノート(ジャズフェスティバル)のコンピレーションアルバムと、ファットボーイ・スリム(イギリスのアーティスト)とかで、僕はすごく影響を受けたんです。今思えば、よく高校生にそんな曲を選んでくれたなあと思うんですけど(笑)。でも、その先生に出会う事は人生で一度しかないのに、僕に大きな影響を与えたのは面白いですよね。
――その先生が音楽という“悪意”を渡部さんに植え付けて、それが芽吹いた、と。
そうですね。だからきっと、悪意って思いやりのことなんですよ(笑)。ただ「愛を与えたい」なんて言っても気持ち悪いですから、「悪意」という言葉でいいんです。
――なんだか哲学的ですね。今日つけているピンバッジも「リンゴと蛇」ですし。
ははは。僕、ピンバッジ集めるのが好きなんですよ。
――おお、意外な趣味です!では最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
『令嬢と召使』、きっとビックリする舞台になりますよ。演劇をあまり観ない方にこそ観ていただきたいですね。ちょっと異質な世界が広がっていて、日常生活では味わえない目に見えない栄養を得られる4日間になるはずです。二人芝居というミニマムな舞台だけれど、だからこそ豪華でもありますから、その極小度合いと極上度合いに、ぜひ驚いてください。
◆渡部豪太プロフィール
1986年茨城県出身。幼少時より芸能活動を始め、テレビ、ドラマ、映画、舞台に幅広く活躍中。
2006年、テレビドラマ『チェケラッチョ!! in TOKYO』、2007年『プロポーズ大作戦』で注目を浴びる。2009年、田中美保とのW主演作『夜は短し歩けよ乙女』で舞台初出演。近年の舞台に『愛の唄を歌おう』(演出:宮本亜門)、Yuming sings…『あなたがいたから私がいた』(作・演出 松任谷正隆)、『GS近松商店』(作・演出 鄭義信)など。
◆『令嬢と召使』公演情報
2016年4月21日(木)~24日(日)東京・シアタートラム
作:ストリンドベリ(『令嬢ジュリー』より)
翻案:笹部博司
演出:一色隆司
出演:雛形あきこ、渡部豪太