「言葉の錬金術師」と評され、数々の名作を残している作家・寺山修司。今年2015年、生誕80年を迎え、蜷川幸雄や藤田貴大など、名だたる演出家が彼の作品を手がけている。そんななか、寺山作品を中心に30年アングラ演劇を続けている劇団がいる。月蝕歌劇団だ。“地下アイドル的女優集団”の舞台裏に密着し、その真髄に迫った『ノンフィクションW 暗黒のアイドル、寺山修司の彼方へ。~「月蝕歌劇団」30年の挑戦~』が2015年11月21日(土)午後1:00よりWOWOWにて放送となる。番組でナレーションを担当、寺山を最も知る女優・高橋ひとみに話を聞いた。
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――月蝕歌劇団のドキュメンタリーのナレーションの話を頂いたとき、どう思われましたか?
ずいぶん前に出演させて頂いたのですが、劇団に入っていたわけではないので、「私でいいのかしら」と思いました。もっと深くかかわっていた方でなくていいのかと。お話を頂いた時は光栄でした。
――実際に番組を見てみていかがでしたか?
懐かしい感じがして…高取英さんだけが時が経っていましたね(笑)。中身はあの頃のままなんですけど。
アングラという言葉は今聞かなくなりましたよね。渡辺いっけいさんは私を紹介するときに必ず「この人はアングラ出身だから」と言って紹介してくださるんですが(笑)、それが逆にいい意味で言ってくださっているんだなと。「あえてお芝居の訓練をしてきた」と、いい捉え方をしてくださる方が多くて、これは使えるなと思って(笑)。今では私も自ら言っています。
小劇場ブームというのもあったんですが、小劇場ってきれいでさわやかなイメージがありますけど、アングラっていうともっと泥臭い感じがあって…今でもこうして脈々と続いているんだと思うと嬉しいですね。
天井棧敷だけの舞台には出させて頂いたことはなくて…寺山さんの演出作品に出演したり、フランスと合作の映画や、セリフのない役で出たことはあります。寺山さんの作品や天井桟敷を語れる立場ではないんですが、亡くなる3年前から常にそばにいさせて頂きました。
“感覚でわかればいい”寺山作品
――寺山さんの作品を今の若い女優さん達が演じていることについてはどう思われますか?
高校生の時に「幸福論」を読んだんですが挫折したんです。難しくて(笑)。
それで「先生(寺山修司のこと)の作品って難しいよね?」って言ったことがあるんです。そうしたら「わかろうと思うから難しいんだ」と言われて。
私は未だに難しいと思うんですが、ジャニーズ事務所の方も主役を演じられてますよね。逆に聞いてみたいです。「難しくないですか?」って。不思議な作品も多いですし…。全部をわかろうとしなくても、感覚でわかればいいのかなと。わからないから演劇なのかなと私は捉えていますね。寺山さんや天井棧敷が好きか嫌いかでいいのかもしれません。
“没後何年”とか“生誕何年”という節目の度に何本も上演されること、九条(今日子)さんや田中未知さんのように寺山修司という人を伝え続けるという使命に一生を捧げた人たち、本当にすごいと思います。
――ナレーションをされた中で特に注意された部分はありますか?
滑舌を意識して(笑)。とにかくちゃんと伝えるということを意識しました。
――具体的に懐かしさを感じられた部分を教えて頂けますか?
番組写真も、新高けい子(天井桟敷のトップ女優)さんぽいですし、一人一人名前を言う部分、自分たちで全部作りあげる部分など、懐かしいですね。番組の中で高取さんが「未完成なものが好きだ」と仰っていますが、ああよくわかるなと。未完成さの魅力がすごく伝わってきます。
寺山さんもそうでしたが、台本は自分の頭の中で全部できているんですけど、プロットのようなものを渡されて、劇団の方たちと一緒に作っていくんですね。台本は最後に出来上がって記念だと。
寺山修司からの「うまくなるな」という言葉
――女優になられたばかりの頃を振り返って頂いて、今の月蝕歌劇団の女優さんをご覧になって共通する点はありますか?
私よりもはるかにお芝居や演劇が好きですね。私は女子高から行っていただけなので(笑)。今ならもっと色々な方向性があるのに、彼女たちはこの場所に来たくて来ている。番組の中で月蝕歌劇団のかつてのメンバーが「当時はアングラ=おしゃれな感じ。今の彼女たちがなぜ演じるんだろう」と仰っている部分がありますが、アングラが今の若い人たちにどう捉えられているんだろうと私も不思議ですね。もし私が今高校生だったら、ホリプロ・スカウト・キャラバンとかに行くと思うんですけど(笑)。彼女たちは美加理(=静岡県舞台芸術センターSPAC所属の女優。高橋のデビュー作『青ひげ公の城』で共演)タイプかな。
美加理は今でも生粋の演劇少女。先日35年ぶりにお会いしたんですけど全然変わらないんです。まるで時が止まってしまったかのような(笑)。
――寺山さん残された数々の言葉の中で、好きな言葉は?
実は『青ひげ公の城』のとき、寺山さんに5箇条を書いて頂いたんです。パルコの近くの喫茶店で毎日寺山さんと待ち合わせをして、初日にスクラップブックを頂きました。
表紙もちゃんと作ってくれて、中に新しい詩と稽古場風景の写真と衣装のコピーがあって、そこにこれから高橋ひとみが女優としてやっていくための5箇条が書かれていました。その中に「うまくなるな」とあったんです。
うまい役者さんは脇にいっぱいいる。主役はそこにいるだけで光り輝くと。今ではうまい方がいいなと思いますけどね(笑)。お芝居って好き嫌いだと思うんです。でもうまい人ってやっぱり美しく見えるんですよね。
寺山さんと同様にお世話になった東陽一監督も「うまいと誰でも美人になる」とおっしゃっていました。東監督と寺山さんは同年代だったんですが、東監督の家に遊びにいって、こたつの表の原稿用紙みたいな模様のところに寺山さんがそこに文字を書きだすんです!「え、何すんの?」って私が言うと、東監督が「消すな!」って(笑)。
――ちなみに、5箇条のあと4つは覚えていますか?
あとは「体を常に鍛えろ」。天井棧敷のけいこで(J・A・)シーザーの曲にのってバタバタと動くんですけど、痣だらけになるんです。でもちゃんと鍛えればそんな風にはならないと。「いいライバルを見つけろ」とりあえず今のところは山本百合子だと書いてありましたが。あとは「本を読むこと」と…「いいものを見ろ」だったかな。
――高取さんは番組の中で、「唐十郎さんのファンで、寺山さん好きではなかったのがよかった」とおっしゃっていましたが…。
でも絶対に好きですよ。
高取さんと寺山さんと三人でいることも多かったんですが、最後に『路地』という本を出す時に寺山さんが人の家を覗いたという事件がありましたが、本を書くための路地の取材をするために手伝っていましたから。私から情報を引き出そうとしていましたしね(笑)。
私が19歳で免許を取りたての時に、寺山さんの体調がよくなかったのもあって私が運転する車に乗って足を投げ出して安心感丸出しで寝ていたことがありました。そのとき先生が「詩を書いた社旗をたててあげるよ」と言ってくださったんですけど、私は「いらない、そんなカッコ悪いの」と言ったら高取さんが「なんてもったいないこと言うんだ!書いてもらえ!!」って(笑)。寺山さんのことは尊敬していたし、大好きだったと思います!
寺山修司がくれた、無償の愛
――高橋さんにとって寺山さんの存在とは?
親以上ですかね。
私が21歳の時に亡くなられたんですが、その後の30何年間の人生よりも濃い18歳から21歳までの“たった3年間”。三上(博史)くんとも話すんですけど、寺山さんの歳も越えてしまって…今も、寺山さんのように大人にはなれないなあって思いますね。
寺山さんが長生きしてくださって、私が大人になっても傍にいらしたらどうなっていたんだろうと。
「ひとみが寺山修司と出会ってよかったのかどうかは死んだときにわかるね」って東監督がおっしゃってましたね。今はよかったと思っていますが、どうなっていたかな。テレビの世界にはいってなかったかもしれない。
テレビの世界にいきなさいといわれてふぞろいの林檎たちに出演したんですけどね。
――寺山さんがテレビドラマの世界に送り出してくださったと。
早稲田大学時代の親友だった山田太一先生のところに、初めてご自分で行って「こういう子がいるんだけど」と言って役をつくってくださったという話は亡くなってから知りました。「この役が素晴らしいから、これでやっていけないならやめなさい」と。そのおかげで今があるんです。観ずに亡くなってしまったんですが。
“無償の愛”ってあるんですね。人って見返りを求めてしまうじゃないですか。自分の子供や親ならありますけど。あそこまで大きな愛はなかなか…と思います。
――寺山作品の魅力を一言でいうと?
異次元な世界に連れて行ってくれる、不思議な玉手箱というか。不思議な国に連れて行ってくれます。怖いけれど見たい、みたいな。稽古に毎日通う時に、坊主のお兄さんや眉毛のないお兄さんのいる真っ黒い稽古場にいくんですけど、怖いけど行きたい、って思っていましたね。
だから今でも作品が上演され続けるんでしょうね。答えがないんだと思います。どなたが演じても違うし、演出も全然違いますし。
――同期の三上博史さんとは、今でもお付き合いされていますか?
たまに仕事も一緒になるんですけどすごく、いじわるで(笑)。「お前まだ演ってんの?」とかいういじめっ子です。私のこと好きなんだと思います(笑)。いっけいさんもいじわる。好きの裏返しなんだと思います(笑)。
穏やかな口調で楽しそうに月蝕歌劇団や寺山修司について語った高橋ひとみ。沢山の裏話も飛び出し、いつまでも聞いていたいという気持ちになった。
ドラマや映画、舞台など幅広く活躍する彼女の根底には、月蝕歌劇団の女優たちのように寺山イズムが根づいている。没後から30年以上が経っても、寺山修司の言葉は老いることなく生き続けている。その魂をつなぐのが高橋ひとみであり、月蝕歌劇団なのだ。
『ノンフィクションW 暗黒のアイドル、寺山修司の彼方へ。~「月蝕歌劇団」30年の挑戦~』は、11月21日(土)午後1:00より、WOWOWプライムにて放送。
また、高橋ひとみが出演する、『ドラマW 山のトムさん』は12月26日(土)土曜夜9:00より、WOWOWにて放送。出演は、小林聡美、市川実日子、光石研、高橋ひとみ、伊東清矢、佐々木春樺、木南晴夏、ベンガル、もたいまさこ。