「酔ったアメリカ兵がトラを射殺─」2003年にバグダッド動物園で実際に起きた事件に着想を得て書かれた、アメリカの劇作家ラジヴ・ジョセフによる話題作『バグダッド動物園のベンガルタイガー』が、2015年12月8日(火)より新国立劇場で上演される。2009年に初演され、その年のピュリッツァー賞にノミネート、さらに2011年にはロビン・ウィリアムズ主演でブロードウェイで初演されたことも話題を呼んだ。
日本では初上演となる本作で、主役のベンガルタイガーを演じる杉本哲太に話を聞いた。
同じことをしても毎日違うのが舞台の面白さ
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――出演が決定されたとき、どんな印象を受けましたか?
それはもうやっぱり、「トラ?」という。トラの役を?人間じゃないの?って。
ロビン・ウィリアムズがブロードウェイで演じたということを聞いて、「えっ俺でいいの?」というのが、率直な思いでした。
――台本を読まれた感想はいかがですか?
“タイガー”が銃殺されて死後の世界に行った瞬間、突然いろんなことが分かり始めて、知識も得て、語り始める。生身の人間でも亡霊でも、この内容を話すと説得力がないですが、“タイガー”が話すから面白いというのがすごくあって。それをこれからどう伝えるかを考えていきたいですね。会話の部分でもアラビア語が頻繁に出てきたりするので少しずつイメージを膨らませています。
死後の世界に色々な知識が流れ込んできて、“タイガー”がすごい速さで成長していって、自分が犯した罪に対して懺悔して、どうしたらいいんだ・・・と悩んで変化していくわけですが、トラといっても人間の代弁ですよね。
急激に成長し、物事に悩み、苦しみ、もがいていくという感じを出すのが “タイガー”としては重要なところ。もがき苦しんでいるという部分を、うまく自分の中で出せればなというところです。
――拝見した現在の台本に “タイガー”は「短気」、という注釈がありました。映像作品で受ける杉本さんの印象とは共通しないところかなと思いますが・・・。
いや、実はそこが唯一共通するところなんです!(笑)
――今の時点で、どんな舞台にしたいというイメージはありますか?
戦争によってもたらされる地球全体への影響は、人間界だけでなく、自然界、動物界にも、色々なところに影響を及ぼすわけですよね。戦争を通じて、客観的に面白おかしく見つめつつ、人間の愚かさを描いている作品だと思うので、その部分をきちんと表現していけたらと思います。
――共演者も初めての方が多く、杉本さんご自身も舞台はかなり久しぶりですね。
『箱の中の女』(2008年)以来です。演出の中津留(章仁)さんも共演者の方もほぼ初めてですので、新鮮な気持ちでこの舞台に取り組んで、何か面白いものが出来たらなと思っています。
――舞台作品を演じることと、映像作品を演じることで、何かご自身の中で違いはありますか?
基本的に演じるということに変わりはないですが、大きく違う点は、舞台は稽古も長いし、シーン1からシーン100までやれるっていう面白さがありますね。映像の場合は、スケジュールの関係もあって、重要な部分の後のシーンを先にとか、ラストシーンから撮るということがあるので、順撮りが出来るということはいいです。
あとは、なんといっても観ているお客様の目の前で演じるということ。ドカンとウケたり、「あれ?昨日ここでウケたのにな」っていうことがあったり。映像ですと、なかなか無い空気感ですよね。
――確かに。お客様によって反応の違いはありますよね。
そうですね。舞台を数多くやっているわけではありませんが、絶対ウケるセリフなのに全くウケない日もある。もしかすると自分のコンディションに原因があったりすることもあるんでしょうけど。
毎日同じことをしているけど、毎日違う変化がある。それが舞台の面白さですよね。
ターニングポイントは、映画『ビリケン』
――杉本さんはナレーションなどでもご活躍でとても声が素敵なので、もっと舞台でのお姿を拝見したいです!舞台は緊張されますか?
いや、実は大声を出すとね、ダメになっちゃうんですよ・・・ってそんなことはないですが(笑)
映像作品の出演がメインで、舞台はちょっと違う世界に来たなっていうアウェー感があるので、緊張はしますね。怖さもありますが、楽しさに変えて快感になれればなと思っています。
――杉本さんは役を演じられる時、前もって想像してご準備されるタイプですか?
ある程度は想像していきますね。「動きはこんな感じかな」とか、「このセリフではこんな感じ」とか。
ただ、自分では考えていきますが、実際に稽古に入って、共演の方々と演じると変わっていきますから、半分フラットな状態で、半分軽くこねたくらいで行くのがいいと思っています。
――今までご出演された数多くの作品のなかで、特に印象に残っている役や、杉本さんのターニングポイントになった役を教えてください。
30歳の時、阪本順治監督『ビリケン』という映画で、主人公・ビリケン役をやった時。
神様の役ですよ?しかもビリケン。あれは本当に悩みましたね。
クランク・インする前に、新宿村スタジオで、僕と監督と助監督の方だけで、ビリケンの役を掴もうといって話し合ったりリハーサルをしたりしましたが、全然役がつかめなくて・・・「どう?てっちゃん、役掴めた?」「いや、掴めてないですね」っていう会話を監督とよくしていました (笑)。
クランク・インする1週間前に大阪に入って、通天閣の展望台のフロアを貸していただいて稽古をしたんですが、それでも掴めずに、そのまま「ジャンジャン横町」で、監督とお酒を飲んで。
その時に監督が「てっちゃんね、とにかくもう好きに、面白がってやって!」と。結局俺が楽しまないとしょうがないって言ってくださったんです。
――なるほど。そしてクランク・インを迎えられて・・・。
ええ。そのまま初日を迎えて、ビリケンが通天閣のてっぺんに立っているという象徴的なシーンがあって、その時にスコーン!とビリケンという役が入ってきた感じがあった。そこからトントンとビリケンの役が掴めてきたんです。それが30歳の時。ターニングポイントでした。
杉本哲太という役者がそれまで積み重ねたものを、ガーンって全部だるま落としみたいに崩されて、ビリケンの役で、また一つ一つ作り上げた感じですね。ターニングポイントになった作品でもあり、一番印象に残っている作品でもあります。役自体も好きですし。あのビリケンの顔が自分に見えてくるのもおかしくて(笑)。他にも色々あるんですが、パッと思い浮かんだのは『ビリケン』ですね。
――貴重なお話をありがとうございます。それでは最後にメッセージをお願いします!
久しぶりの舞台になりますので、とにかく初めてご一緒する共演者の方々と、よい作品を作れればと思っております。ぜひ見に来てください!
ドラマや映画に出演し全く異なる個性的な役柄を演じ分け、さらには低音の穏やかな声でナレーションもこなす。絶えず映像作品で活躍をみせている杉本哲太は、多忙な最中での取材のなかでも一つ一つ丁寧に答え、周囲のスタッフを笑顔にする和やかな空気をまとっていた。
果たして獰猛なのか、繊細なのか――。杉本哲太の“タイガー”が舞台に現れるその日が待ち遠しい。
舞台『バグダッド動物園のベンガルタイガー』
2015年12月8日(火)~27日(日)
東京・新国立劇場 小劇場
作:ラジヴ・ジョセフ
翻訳:平川大作
演出:中津留章仁
出演:杉本哲太、風間俊介、安井順平、谷田歩、
粟野史浩、クリスタル真希、田嶋真弓、野坂弘
オフィシャルサイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/150109_006140.html
撮影:高橋将志