20世紀のアメリカを代表する劇作家でありノーベル賞作家であるユージン・オニールの戯曲『夜への長い旅路』。自身の家族関係をモデルに赤裸々に描き、演劇史上最高の自伝劇と言われている作品に、実力派俳優4人が集結。気鋭の演出家・熊林弘高のもと、どんな家族の姿を見せてくれるのか、注目を集めている。今回、本読みを行った直後の出演者4人をキャッチ。作品について、現在の率直な感想と公演に向けての期待を聞いた。
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――稽古はまだ先ということですが、今日は顔合わせと本読みだったそうですね。本読みを終えた、現在の率直な感想をお聞かせください。
麻実:大きな波を越えなくちゃと、非常に緊張しております。でも、緊張の先というか、戦いの先にはとても素晴らしいものが待っていてくれるような予感がします。熊林さんと私たち4人で作るものを楽しみにしていただきたいなと思いますし、良い作品になると思っています。
益岡:本格的な稽古が始まる前の段階で、どう進んで行けばいいのか、不安とか期待とかいろいろあります。でも今日思ったのは、やはりこの4人でやれるという実感といいますか、信じられそうな人たちだと確認できたということがすごくうれしかったです。稽古はいろいろとね、乗り越えなくてはいけないと思いますけれど、この4人だったら一緒にやっていけるだろうと。確信出来た日でしたね。
田中:いよいよ、ここから始まっていくなって感じです。今日皆さんの声を実際に聞けたことも大きなことですし。台本を読んでいていちばん思ったのは、ゴールがないというか、形をつくっちゃうとつまんない作品になると思っているんです。とくに何が起きているわけではなくて、ほんとにある家族の1日。それのなにが面白いかって、表面にはないものがすごく面白いんです。それをこれから僕らはやらなきゃいけないんです。舞台ならではだと思います。だから熊林さんはすごくキャストにこだわったと思う。ここからどんどん回を重ねるごとに皆が深く潜っていくわけですけど、そこに自分もちゃんとついていかなくちゃ行けないなと思うと、「あ~あ」って気持ちもあります(笑)。
満島:僕も田中さんと一緒で、ああ始まるんだな、ついに来たか。という感じです。。お話をいただいてから、ポスター撮影で4人で並んだ時も実感があったんですが、今日はもっと強く、これで本当に始まっていくんだなっていう実感があります。文字だけで感じてたものとは全然違う感情が本読みの中で浮かんで来ました。それぞれの声を聞いていると、ここで感情が動くの?ということとか、いろんな想いが入り混じり喜怒哀楽が一瞬のうちに変わってく。これから同じ時間を過ごし触れ合っていくと、もっと愛情が深まっていくと思います。不安と期待でいっぱいですが、この4人なら大丈夫だろうという強い信頼感も持ちました。とても興奮しています。
――先ほど麻実さんが「大きな波」と言ったときに、皆さん「うんうん」とうなずいていましたが、今日の本読みで改めて大きな挑戦になると実感される部分があったということですか?
麻実:そうですね。ユージン・オニールという方のすごさを感じていますね。シェイクスピアは何作かさせてもらっていますけれど、ちょっと前にイプセンの作品に出演して、今回続いてユージン・オニールとなると、質の違う、大きさをすごく感じます。内容的には日常、たった1日の日常のなかを切り取って描かれたものなんですけれど、やっぱりそのままストレートではなく、何かに対しての屈折した思いを相手に伝えることがものすごく大切になると思いますし、そういう作業をすることによって、もっともっと物語に厚みが出て来る気がします。もう私たちは船出をしちゃったわけですから(笑)、4人で舵をとって、帆を整えていないといけませんね。でもやりがいのある作品だと思います。
――さきほど、田中さんが、熊林さんがキャストにこだわったと言ってましたが、益岡さん以外の皆さんはすでに熊林さんと作品をやっていらっしゃいますよね。熊林さんはいまこの作品のなかで、何を大事にされて、この作品を立ち上げようとされているのか、今日の本読みで感じられましたか?
田中:僕は熊林さんと前作『トライブス』をやりました。熊林さんは最近、家族をテーマにした作品を手掛けていますが、今回の『夜への~』で、1度自分の「家族もの」の集大成にしたいということで。だから「出ましょ」と言われたんです。熊林さんは、感覚とかすごい天才だと思うし、とても尊敬している方なんですけど、そのときは「やだ」って答えました(笑)。その後、真之介君と2人がかりで「やろうよ!」と誘われて、それで「やるよ!」ってことになったんですけど。やると決めてはいたから、台本を読むのはギリギリでもいいやって思ってつい最近読み始めたんです。熊林さんが集大成と言うくらいだから、すごいことが起こるのかと思ったのに、逆だったのが意外だったな。何もないから、そのシンプルな中にどれだけ詰め込まれるかみたいなことをやろうとしてるんですよね。
麻実:そうなんですよ。
田中:それがイヤだなと思って(笑)。ちょっとビビってます。セットもまた何にもないって言ってたし。
麻実:どこに飛んでいくか、分からない演出なんですよ、ほんとに。彼の中ではどんどん計算されていると思うんですけど、多分こういうことになるんじゃないかなってことが絶対にできない演出家なので。それが楽しみでしょうがありませんね。
満島:まったくわからないですよね。
麻実:玉手箱みたいな(笑)。でも、私たちは彼を信頼して彼の指示に従って。やっぱり演出家のやりたいことをきっちり受け止めてあげたいなとも思うし、引っ張っていってほしいなとも思いますね。
――満島さんは初舞台作品が熊林演出の『おそるべき親たち』ですよね。
満島:僕にとっては熊林さんが僕の最初の師匠なので。この現場で起こることがあたり前だと思ってたんですよ。次の舞台の現場にいったときに、なんて違うんだろうと思ったわけですけど。熊林さんの観察力、細かい仕草や美しいところを引っ張ってくるところは本当に素晴らしい。これは難しいでしょと思ってるところや激しいこともすっとやらせますし、作品がまったく固まってないようで、実は固めていたり。でも演じている側はは固まってると思ってないので、つねに緊張感があるなかで出来るんです。そういう空気感のもっていき方とかも熊林さんならではじゃないかと思うんです。人生でなかなか出会えるような方ではないし、今回のような素敵なキャストが集まることも熊林さんの力です。今回は、どんなふうに絡みあっていくのか、すごく楽しみ。そして『おそるべき~』初演、再演、そして今回も麻実さんとご一緒なので。
麻実:母です。(『おそるべき~』で満島の母親役)
満島:ずっと僕の母です(笑)。僕の中で、今回の作品におけるひとつはクリアしているわけです。絶対的な愛情があるので。そのくらい深いところからじゃないと出来ないものを描きたいんだろうなというのが熊林さんからも見える。一方で、親父とお兄さんと弟という男同士の関係性をどういうふうに熊林さんが考えているんだろうという興味もあります。今まで、男女の関係や女同士の関係を描くのは見てきましたから。
――益岡さんは熊林さんは初めてですが、どういった印象を持たれましたか?
益岡:僕は初めてなので、と、一人疎外感を持ってるわけでもなくて(笑)。いま皆さんが言われたことから、これからどういうことが起こるのか…楽しみですね。
麻実:熊林さんは、引っ張りだしてくれますから。
益岡:そうですよね。そこを楽しみにしています。
――熊林さんと一緒にやられた皆さんは、よく「引っぱり出してくれる」と表現されることが多いんですが、それはどういう感じなんでしょうか?
麻実:何でしょうね。さっき真之介君がいってましたけど。さらっとすごいことを要求するんですよ。「えーちょっと、それほんとにさせるの?」って言ったら、「そーです」みたいなのがさらっと返って来る。でも、彼の作る稽古場の雰囲気が素晴らしく素敵なんですね。緊張感を取り外してくれて、余計なことを考えずに、本当に素っ裸になって、役者の心と演出家の心が混ざるというか。どんな作品でも、作っていく段階は本当に辛いんですけど、彼と一緒にその時を過ごすと、辛いんだけど、楽しいし幸せ。彼がつくると、どんなリアルなことをしても美しいんです。ノーブルな空気感になるというか、どんな汚いことをしても汚くないんですよ。
――田中さんは、熊林さんの演出を受けた時の印象はいかがでしたか。
田中:熊林さんの稽古って、いきなり本を読んで立つ、じゃなくて、ずっとしゃべっているんですよ。時々脱線することもあるんですけど、その話が、意外と自分の中の新しい感覚に気づかせてくれる。あ、こういう視点もあるのかなって、ヒントが稽古場にいっぱい落ちてる。それを拾えるか拾えないかは自分次第なんですけど、ちゃんと全部拾っていると、意外とそんな無駄話も無駄じゃなくて、常にヒントが散らばってる。それはわざとそうしてるかどうなのか分からないんですけど。あと、稽古時間が比較的短い。
麻実:そう、すごい短い。
益岡:そうなんだ。
田中:僕一度、プライベートでコンサートに行きたかったんですけど、稽古が入ってて。「えー、コンサート行きたいんですけど」って言ったら、「行って来て良いよ」って(笑)。
満島:休憩のほうが長いこともありますよね。
麻実:その分役者は大変だけどね。でも妙にしつこいときもある。
田中:そうなんですよ。
麻実:時々だけどね。
満島:そうそうそう。
田中:『トライブス』のとき、さっき真之介君は男同士をどう描くんだろうって言ってたけど、男二人のシーンがあったのね。熊林さん、「このシーン二人で作ってください」っていって、僕らを放置したんですよ。
麻実:あー、よく放置するのよね。
田中:そう。で、放置されたから、僕らも、どうしようかね?と普通にしゃべってたんですよ。そうしたら、いても立ってもいられなくなったみたいで、やっぱり熊林さんが作り始めたんですけど(笑)。でも、今回も絶対、放置がくると思ってるわけよ。
満島:ああ~。来るでしょうね。一気に腰が重くなった!(笑)
麻実:(笑)。でも私たちもあったじゃない。ちょっと二人だけの大変なシーンだから、みなさん出てってくださいって。熊林さんはあなたと私の二人だけにして作ってみてって。すぐできちゃったよね(笑)。「終わりましたー」って。彼、びっくりしてましたけどね。それでも、彼はいろいろなアイディアをちゃんとすくい取ってくれるしね。
満島:無理に出さなきゃという切迫感ではなく、無意識のなかでポンと出て来たものが、がちっとハマったりする瞬間がよくあります。作っていく過程はすごく辛いんですけど、心と頭が解放されている状態の稽古場を作ってくれているんですよ。
――本読みのあと、みなさんで話合う時間もあったと聞いたんですが、それはどんなことを話し合ったんですか?
麻実:まだまだわからないことがいっぱいあり過ぎるので。翻訳に対しての話をしました。一つ一つの地固めですね。まだ全然足りなかったけれど。
田中:まだ足りないですね。
麻実:これからですね。
――益岡さんはこれからどうなっていきそう、などイメージができましたか?
益岡:この公演が終わったとき、良いメンバーとやれたなと思えるものであってほしいと。先回りしてそう思うのもあれなんですけどもね(笑)。でも、幸いにもそうなりそうな気がしています。
――熊林作品はどれも観る者の集中力をすごく要する、濃縮されたものを見せられている印象がするのですが、稽古場は皆さん楽しく会話したりされているんですね。
麻実:稽古場は彼の中でも計算があるから、楽しい時は楽しい。でもやるときはやるって感じです。彼の感覚で選んだ美術、照明、音響が合わさるとほんとうにすごいですよ。総合芸術。
満島:でも、演じてる側は分からないことがたくさんありますよね。本番中も、僕らはこういうことやってるけど、お客さん側から見ているとどう見えるんだろうとか。『トライブス』を観に行ったときに、そのお客さんの立場を体験できました。『おそるべき〜』の二幕で、足だけ見せるところあったじゃないですか、舞台裏はひどかったですよね(笑)。客席から観ると美しいと言われてましたけど、こっち側はどういうものなのかを正直わからないままで。でもそれってすごく面白いなと思うところでもあります。
――なるほど。そして今回の作品は、ユージン・オニール自伝的作品と言われていますよね。登場する家族は、それぞれほんとうにいろんなものを抱えすぎてる人たちですよね。現段階で、ご自身が演じる役については、どんなふうにイメージしていらっしゃいますか。
麻実:大変難しい質問ですけども…。でも人生って、自分が演じるメアリーとして言うなら、ほんの小さなことでいろんな道が分かれていて、その道を歩いてしまったらこうなってしまった。でもそれを引き戻して違う道を選べないじゃないですか。時は流れていますから。まさにそれの素晴らしさと怖さを兼ね備えていると思います。
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――ちょっとしたことで、たがが外れてしまうことって怖いことですね。
麻実:ほんとうに怖いなと思いますね。今回特に感じます。自分の力ではどうにもならない、運命というか。
益岡:劇中「あの子を産まなければよかった」とか「生んだから体を悪くした」だとかそういうセリフが飛び交うところまで、話は及ぶのですが、そういえばと、自分の生まれた事にまつわる話を思い出しました。僕は5人兄弟の4番目なんですが、お医者さんから「4人目で、体がもたないかもしれない」と下ろすように説得された帰り、下関の路面電車の停留所に立っていたら、父と行き合わせて、「きっと大丈夫だ。産んでくれ」と言われて、僕を産んだと。両親はもう亡くなり、詳細はわかりませんが、人生って、そんなにたわいなく生まれる前に終わるかも知れないし、夫のひと言で生んでみようと思うこともあるんだなと、かけがえのないものなんだ、と改めて思ったものでした。さらに家族がぶつかり合い、ある時は強い愛情がほとばしる。その様を、美しく演じられたらな、と思います。
田中:ジェイミーはとても人間らしいなと。まだあまり彼のことが分かっていないのですが、これから4人で作っていくなかで、僕の演じるジェイミーが、弟からの目線ではどう見られてるかとか、親から見たらこう見られてるとか、そういう事をこれから探っていくのは楽しみです。僕、意外とジェイミーのいうセリフが好きなんです。嘘がないというか、思ったことをそのまま言っちゃうので。そこがすごい楽しい。これから稽古に入って、最終的にどうなるかまだわからないですけど、いまは楽しみです。
満島:さっきの益岡さんの話を聞いたりすると、僕はそれぞれの家族に対しての思いとか、兄弟に対しての思いとかを、今回いろいろ聞きたいなって思います。僕は実際には4人兄弟の長男なので、ジェイミーの弟のエドマンドに対しての気持ちもすごく分かるんです。そういうのがすごく役柄に反映されるだろうなと思います。すごく普遍的な部分で、切っても切り離せないのが家族だと思っているので。今回の公演ポスターを見ると、4人が心臓に見えて仕方ないんです。なぜか分からないですけど。4人がそれぞれ動脈になり静脈になり、反発し合ったり、鼓動が早くなったり。このポスターが出来上がったときからそう見えていました。人間の核である心臓であり、離れられない家族を、ユージン・オニールは書かざるを得なかったと思うんです。僕はこの役をやる上で、なかなかあることじゃない場所に立たせてもらってると感じているので、毎日を大切にしながら、ユージン・オニール自身である、エドマンドという役を深めていきたいなと思います。
――麻実さん、最後にこの作品を見どころをお願いします。
麻実:この『夜への長い旅路』は、ユージン・オニールの自伝的ドラマといいますか、そうそう上演できない、貴重な劇だと思います。たくさんの方に観ていただきたいし、老若男女、学生さんたちにも観ていただきたいです。それぞれが客席に座って、いろんなことを感じてお帰りになると思います。とにかく、私たちは出来る限り、東京、大阪の千秋楽まで、どんどん重ねて作っていく思いでいっぱいです。最終的に1つの舞台を作り上げるパワーにはお客様が必要です。ぜひ劇場に足をお運びください。
◇『夜への長い旅路』あらすじ◇
かつてシェイクスピア俳優であったが、近年は金のために商業演劇で同じ役ばかりを演じている夫ジェイムズと麻薬中毒の妻メアリー、酒に溺れ自堕落な生活を送る兄ジェイミーと肺結核に冒された弟エドマンドの家族4人。ある夏の1日の、激しく切ない家族の姿が赤裸々に描かれる。
◇演出・熊林弘高コメント◇
言葉で相手を傷つけながら求め合っている家族、けんかをしながら一緒にいる家族の物語。自分にとって、この『夜への長い旅路』はどういう意味を持つのでしょう。ぼくは去年父を亡くし、10年前に母も亡くしています。ひとりっ子だったぼくには、『夜への長い旅路』の家族のような、人間の尊厳を賭けた会話を、父や母とした記憶がない。ぼくが家族劇を演出する理由、その中で、人間同士の激しい愛と憎しみを表現する理由は、それが、欠けたピースを埋める作業だからでしょう。今まで演出した家族劇の中で、今回が一番の難関、難所。この作品を乗り越えて初めて、家族というものを、自分の中のある落としどころに落とすことができると思うんです。
◇『夜への長い旅路』公演日程◇
東京公演 2015年9月7日(月)~23日(水・祝) シアタートラム
大阪公演 2015年9月26日(土)~29日(火) 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
作:ユージン・オニール 翻訳:木内宏昌
演出:熊林弘高
出演:麻実れい、田中圭、満島真之介、益岡徹