声優・マルチクリエイターとして活躍、ミュージカルシーンにおいても記憶に残る数々の歌詞で作品を彩ってきた三ツ矢雄二。2.5次元ミュージカルを語るうえで欠かせない人物といっても過言ではないだろう。2024年5月22日(水)、70歳を迎える節目の年に自身初となる自伝的エッセイと38篇の書き下ろしの詞からなる『曲のない詞(うた) 自伝的エッセイと曲のついていない書き下ろしの詞』を発売した。
6月14日(金)には、三ツ矢に縁のあるゲストを迎えての発売記念イベントが実施された。この一冊には、三ツ矢のどんな想いが込められているのだろうか。ミュージカル『テニスの王子様』1stシーズンから親交のあるKIMERUをMCに、三ツ矢が作詞を手掛けた2.5次元作品に出演経験のある赤澤遼太郎、星野勇太がゲストとして登壇。著作への想いが和やかに語られたイベント昼の部の模様をレポートする。
三ツ矢雄二の溢れでる「クリエイティブ本能」から生まれた一冊
「今日は私が主役です!」と笑顔で登場した三ツ矢を温かな拍手が迎える。昼の部のゲストの赤澤と星野はともに、三ツ矢が作詞を手掛けた2.5次元舞台に出演した2人だ。お互いの関係性を紹介するオープニングトークでは、さっそく驚きの初出し情報が。なんと星野と役者仲間の福島海太は、一時期、三ツ矢の稽古場兼自宅に下宿していたのだそう。その縁もあって、星野は三ツ矢にとって「2.5次元ミュージカルに出てらっしゃる役者さんの中で、1番一緒に食事をした回数が多い」役者という、意外な関係性が明らかになった。
またゲスト2人とMCのKIMERUは「アイドルステージ」のアイドルたちを“応援”していた仲で、三ツ矢も本作の作詞を手掛けていた。当時を振り返り、「あのときはあんなにピヨピヨだったのに」「今は 『マッシュル-MASHLE-』THE STAGEの主役もこなして、こんなに大きくなって」と、三ツ矢やKIMERUが感慨深く赤澤を見つめる場面も。なんとも微笑ましい時間が流れた。
オープニングトークを経て、本イベントの本題である『曲のない詞(うた) 自伝的エッセイと曲のついていない書き下ろしの詞』の話題へ。「65歳を過ぎて少しゆっくりしようかとも思ったけど、クリエイティブ本能が湧き出て、歌詞をやってきたから詞なら書けるかもと思って。気づいたら50篇くらい詞が溜まっていて、これを本にしたいという欲が出ました」と、本作執筆の経緯を明かした。三ツ矢は「ある意味偶然の産物でもあるんですが、自分から行動を起こすっていうことが初めてで新鮮」だったと語る。詞とともに収録されているエッセイについては、「本当はもっと深いディープなところを書きたかった」と三ツ矢自身は語ったが、3人いわく「かなり赤裸々」な内容とのこと。KIMERUからは「これ以上赤裸々だと、世に出せなくなっちゃう」とツッコまれ、2人の気のおけない関係性が伝わってくる。
ここからは全員が手元にある書籍を広げながら、印象に残った詞やエピソードを紹介していく。集まったファンも一緒にページを捲り、会場に一体感が生まれていった。
赤澤は三ツ矢の初恋のエピソードが綴られた「愛と恋」を選び、ファーストキスに至るまでの内容を朗々と読み上げる。小学5年生の恋とは思えぬ大人な恋模様に「ガツンときた」と赤澤が感想を語ると、「それをこの場で朗読しているたろちゃん(赤澤)もやばい」とKIMERUにツッコまれ、会場が笑いに包まれた。三ツ矢はLGBTQの情報も少なかった当時を振り返り「どうしていいかわからず、本当にただただ愛していますという気持ちを持っていることしかできなかった」と甘酸っぱい青春に思いを馳せた。
星野は「言葉」のエピソードを紹介。声優や役者、作詞家として言葉を扱う三ツ矢が語る「言葉ってやっぱり大事」という話が「心にきた」と熱弁すると、多くのファンが大きく頷いた。それを受けて三ツ矢は、言葉を悪用する人もいるから難しいとしたうえで、「自分の心から出た言葉だと相手に分かってもらうには、普段から誠実じゃないとできない」「普段から誠実であることで言葉に信憑性が出てくる」と、長年の経験から培ってきた持論を展開。全員が生徒のようにその言葉に耳を傾けていた姿が印象的だった。
著者である三ツ矢が選んだエピソードは「器」。「ビッグになりたい」と大きな器を掲げていたものの、「器が大きすぎて満タンにならないから、満足できない」20代を過ごしたという三ツ矢。30歳手前で「器を小さくしてみればいい」と気付き、「自分にできること、できないことはなんだろうって考えて、それに見合うような形の器にしたら、ちゃんと満ちるの。もう少し広げられそうなら広げればいいし、満たされないと思ったらまた小さくすればいい」という考えに至ったという。ゲストの赤澤と星野も、人生の先輩からの言葉を胸に深く刻んだ様子を見せた。
唯一の娯楽はブロードウェイミュージカル観劇。歌詞創作秘話も
昼の部の登壇者の共通点は、やはり2.5次元ミュージカル。ここからは2.5次元ミュージカルでの作詞をトークテーマに、観劇ファンにとってはぐっとくるであろう話が多数飛び出した。
自身に「Don’t forget 昭和」精神が染み付いているという三ツ矢は、作詞をするうえで「今の時代に忘れ去られているような言葉を掘り起こしたり、使わなくなった言葉のニュアンスを入れてみたり」しているそう。その中で「キャラクターが何を考え、どう思って行動しているか」が1番大切なことで、原作を読み込んだうえで「1人1人のキャラクターが、こういう状況に置かれたらどんなことを歌うだろう、ということをテーマに書いている」と、一度聞いたら記憶に残る愛とインパクトある歌詞の制作秘話を明かしてくれた。
ストーリーが終わった後に歌われるフィナーレナンバーについては、「どういう言葉ならお客さんが共感できるか。お客さんの気持ちになって」書いているのだとか。本作で綴られた詞に関しても、「いろんな人物になりきって書いていて、演じる楽しさを感じた」と笑顔で語った。
最後のトークテーマは、本作の中に登場する「死ぬまでにしたいことノート」にちなみ、死ぬまでにやりたいこと。赤澤は「オーロラを見に行きたい」、星野は「スカイダイビングをしたい」とそれぞれの夢を語った。KIMERUがスカイダイビング経験者という話題から、三ツ矢の「USJに行きたい」という夢を叶えるために、三ツ矢とKIMERU、星野の3人でUSJに遊びにいったエピソードも明かされた。
三ツ矢は「小説を書いてみたい。あとは、大学時代にジャズを歌っていたので、またやってみるのもいいかな」と今後の展望を語る。自らを「仕事人間」だと語る三ツ矢の「唯一の娯楽」が、ニューヨークへ行ってブロードウェイミュージカルを観ること。2週間の滞在で14本のミュージカルを観劇するという、観劇ファンもびっくりなハードスケジュールをこなしているのだそう。「1人で行って、観て、帰って。寂しい老後です(笑)」とカラッと明るく語る姿に、決して衰えることのない芝居への飽くなき追求心を見た気がした。その姿勢こそ、三ツ矢雄二がトップランナーたる所以なのだろう。
最後に、「自分のことをいろいろと書いていますけども、落ち込んだり、何か悩みがあったり、そういう人たちの心のよりどころになればいいなと思ってこの本を書いています。元気がないときに読むと元気が出る、そんな本になればいいと思っているので、ぜひこの本を皆さん可愛がってほしいです。もしよろしければ、こんな面白い本があるよ、といろんな人に宣伝してもらえると、僕の老後が豊かになります(笑)」と茶目っ気たっぷりに本作をアピールした。
この日はトークイベントの後に、実に35年ぶりというサイン会が実施された。「心を込めてサインしますね」と、ステージから退場する瞬間まで、客席に優しいまなざしを向けていた三ツ矢。言動からあふれでる愛情深さに思わず心が温かくなる『曲のない詞(うた) 自伝的エッセイと曲のついていない書き下ろしの詞』発売記念トークイベントは、終始和やかに幕を閉じた。
(取材・文・撮影/双海しお)