ファイナルファンタジー(FF)シリーズ不朽の名作、FFX(10)。この名作が、現代になんと歌舞伎になって召喚されるというので、観劇したら、控え目に言って“最高”だった!FFシリーズ大好き、新作歌舞伎初体験(歌舞伎も初体験)の演劇初心者として、ぜひこの興奮を伝えたく本公演をレポートしたいと思う。
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2001年にPlayStation®2初のFF作品として発売、シリーズ屈指のピュアなヒロイン召喚士ユウナのやさしさ(そして続編X-2のライブから戦闘に移るOPの神演出!)に、心を鷲掴みにされたゲームファンたち。以降もリメイクを繰り返した本作は、2022年3月までに世界累計出荷・DL販売本数2,110万本以上とモンスター作品化。その美麗なグラフィック、感動シーンの連続は、大き過ぎてゲーム後半になるまで全体像さえ掴めない災厄“シン”のごとく、ゲーム史に残る大作となっている。
その期待・思い出を裏切らない、むしろ愛すべき召喚獣たちを新解釈で進化させた新作歌舞伎(ヨウジンボウのハマり具合といったら!)。実現に向けては歌舞伎俳優・尾上菊之助が、コロナ禍でゲームを再度プレーした際、繰り返し来る“シン”の恐怖に立ち向かう主人公たちの姿を現代に投影。歌舞伎化するため「スクウェア・エニックスにビデオレターを送った」との情熱を持って挑んだ力作だ。「作品を理解するためゲーム内の物語をすべて文字起こしすることから始めた」(普通にプレーすると50時間ぐらいかかるあの作品を?!)という、動きが早くなる魔法“ヘイスト”でもかけなければ消化できないほどの愛情によって、2020年にプロジェクトがスタートしたそう。3年という膨大な時を経て、やっとお目見えとなったわけだ。
特筆すべきは、木下グループpresents「新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX(以下、FFX歌舞伎)」の舞台となる、「IHIステージアラウンド東京(ステアラ)」の360度回転する舞台ギミックだ。足を運んだ方は、初めてこの機構を体験した者の興奮を分かっていただけると思うが、舞台転換のタイムラグのない進行、高さ8mの巨大スクリーン映像による没入感。席が回転することで、パーティと一緒に旅しているような感覚を味わえる(しかし、ステアラは閉館が決まっており、このFFX歌舞伎がラストシーズンとなっている模様・・・)。
特に“異界送り”のシーンは、会場の機構を最大限に生かし、幻想的な世界を100%以上のクオリティで再現。歌舞伎初心者も、オオアカ屋による“初心者の館”で、「みんなで見栄を切ってみましょう」と楽しく案内してくれるので安心。上演8時間にわたる大作は、シートの背中とお尻に肉厚クッションを挟む尾上菊之助の心遣いに包まれた、最後まで愛に溢れる超大作だった。
召喚士ユウナによる“異界送り”のクオリティの高さ
FFX歌舞伎の舞台は、東京・豊洲。360度回転客席が売りの、IHIステージアラウンド東京。会場に入ると、さっそく滝?! 大型スクリーンに水面の波紋が映し出される演出に「雰囲気がすごぉい!」と、訪れた客からは驚嘆の声が聞こえた。さらに、原作キャラクターデザインを手掛けた野村哲也が、この公演のために各主人公が和装した書き下ろしイラストを作成。
画面に映し出された絵を見ていると、「もはや、元々この衣装だったんじゃないか」と勘違いするほど馴染むビジュアルに、多数のファンがカメラのレンズを向けていた(舞台は公演側から許可がない限り劇場内を撮影することはできないのだが、FFX歌舞伎のこの書き下ろしイラストの部分に関しては撮影OKのアナウンスがあった)。
そして、舞台がはじまる。「歌舞伎が見たことなくても安心して楽しめる」との前評判通り、冒頭に歌舞伎の説明から始まった。いや、むしろ積極的に歌舞伎を知ってもらいたい。役者・スタッフたちのその歩み寄りにこそ、最初の感動と真心を覚えた。語り部を務めるのは23代目オオアカ屋(中村萬太郎)。
「そういえば、こんなキャラクターいたな」と思い出していると、心地がいいキレイな言葉で歌舞伎の基礎を教えてくれる。「初めて歌舞伎を見に来た人は?」と聞かれて4割ぐらい手が上がると、「未知の世界への挑戦は素晴らしいことです」と改めて受け入れてくれるオオアカ屋。走るときなどにつける音(附け)の解説など、観劇者1人も置いていかない丁寧な説明が優しく映った。
いよいよ舞台は、本編へ。ザナルカンドの街でブリッツボールというスポーツのエース、ティーダ(尾上菊之助)は多くのファンに囲まれ、試合を迎えようとしていた。しかし、そこに突如、怪物が現れる。その名は“シン”。謎の剣士アーロン(中村獅童)と出会い、わけもわからないうちに「覚悟を決めろ。これはお前の物語だ!」とほぼ一方的に宣言され、シンに吸い込まれていくティーダ。そこから、彼自身の運命が始まる。
スピらという世界のビサイド島に着いたティーダは、ブリッツボールの選手ワッカ(中村橋之助)と出会い、意気投合。ここで「シンを倒すことで10年間のナギ節が訪れる」「ただ、シンは必ず復活する」と知る。討伐のためには召喚士が必要で、ちょうど今、その試練に挑戦している少女がいた。彼女の名はユウナ(中村米吉)。晴れて召喚士となったユウナを守るため、黒魔導士ルールー(中村梅枝)、ロンゾ族キマリも含めた“ガード(ボディガード的存在)”たち全員は、船で次の都市キーリカを目指す。
移動シーンは、まさにこの会場の特徴を生かしたものだ。船の出航にあわせて、ステージが回転。航海気分を味わせてくれる。だが、その途中、スクリーンいっぱいにド迫力のシンが現れた。港町キーリカを襲うシン。多数の被害が出た中、ルールーがこの世界の理を教えてくれる。「死者の心がスピラ(この世)にとどまると、命を憎む魔物となって人を襲う。だから“異界送り”で死者を眠らせるの」と。
そして、鎮魂の儀式“異界送り”を始めるユウナ。おどろおどろしくもあり、とてつもなく優しい舞だ。ゲームに入り込んだかのような光の演出、会場のギミックを最大限に生かし、ユウナ自身が浮遊するかのように舞う姿は、まさに幻想的。このステアラは閉館が決定しているが、まさに今、この時にしか見られない演技が目の前で展開される。そしてユウナは、強く決心するのであった。「私、シンを倒します」。
ブリザド(ブリザラ?)ファイア(ファイラ?)、シーモアとの戦いに見た魔法の歌舞伎表現
本作で最も気になる演出のひとつが、ブリッツボールの再現だろう。水球とサッカーを組み合わせたような競技で、ゲーム中では水の中を泳いでプレーする姿、つまり空中を泳ぐような表現がされている。これをFFX歌舞伎の舞台上では、波を作って泳ぎながら移動するさま、ボールの移動によって奥行きを表現。「附け」の音もあいまって、興奮の試合を実現した。アイデアを振り絞っての演出と想像する中、弱小チームのキャプテンだったワッカは悲願の優勝を手にする。
さらにストーリーが進む中で、次々とわかり始める真実。道の途中には、機械の力を駆使して世界を生き抜くアルベド族の少女リュック(上村吉太朗)と出会ったパーティ。機械を否定するエボン教信者であるワッカは、簡単に受け入れられず、民族のわかりあえないもどかしさも抱えて、仲間たちは前進していく。
そして、物語はグアド族の若き指導者シーモアとの戦いへ。幼少期に母と暗い洞窟に置き去りにされ、父親への恨みを募らせ、世界を壊そうとする、ゆがんだ考えを抱いたシーモア。ユウナを見初めた彼は妻に取ろうと画策するが、婚約寸前のところでティーダたちが到着。本性を現したシーモアとの、大立廻りに発展する。
各キャラクターたちを相手に、圧巻の強さを見せるシーモア。特にルールーとの魔法戦は、ブリザド(ブリザラ?)、ファイア(ファイラ?)を歌舞伎風に表現するなど、映像だけに頼らない発想がふんだんに盛り込まれていた。強敵の前に、為すすべなくやられていく仲間たちを、お馴染み「ポーション」でリュックが回復。激闘の末にシーモアを倒したティーダたちは、シン討伐の決心を改めて固めるのであった。
美しい光を放つ舞台が包み込むユウナとティーダの“世界一のピュアなキス”の名シーン
そして物語は後半へ。出囃子(でばやし)にのせて、アルベドホームに到着した一行は、リュックの父、シリーズを通じて飛空艇整備士として活躍するシド(中村歌六)が登場。見失ったユウナを探しに行こうとすると、リュックが衝撃の事実をティーダに告げる。「旅を最後まで続けたら、ユウナ死んじゃうんだよ」。シンを倒す魔法“究極召喚”を使った召喚士は、命を落とす運命にあると、初めて知ったティーダ。「知らなかったの オレだけかよ!」との言葉が胸に突き刺さる。
舞台セットが演出する飛空艇内部に乗り込み、はぐれたユウナを探しに向かうパーティ。死人(しびと)となりながら、世界にとどまるシーモアからユウナを奪還したティーダは、マカラーニャの森へ。改めてユウナとティーダの2人が心を通わせる、当時世界最高峰のグラフィックを用いて作られた、“世界一のピュアなキス”の名シーンだ。美しい光を放つ舞台が2人の姿を包み込み、運命に立ち向かうことを決める2人。切ないやりとりに、多くの観客たちが涙を流していた。
そして物語は最終局面へ。故郷のガガゼト山で過去を乗り越えるキマリ。ユウナの父であり、シンを倒した大召喚士ブラスカ(中村錦之助)は、スフィア(映像記憶装置)を介して娘への愛を伝える。究極召喚を授けるユウナレスカ(中村芝のぶ)との対決。シンを倒すために最後のヒントをくれる祈り子(尾上丑之助)との対話。そして、親父ジェクト(坂東彌十郎)とティーダ、親子の対峙。
シーモアを始めとして、散っていく悪役たちの美しい去り際。舞台機構を最大限に生かした演出は圧巻の一言。いや、むしろ最高の演出をしようと知恵を振り絞り、すべての努力を注ぎ込んだであろう、役者たち・スタッフたちの心意気こそが圧巻。たくさんのプロフェッショナルに支えられる総合芸術、歌舞伎のプライドと作品への愛が見て取れた。終盤に出てくる召喚獣の、斬新な歌舞伎的な解釈は「そこでこう来るかぁ!(ゲーム本作でシリーズ屈指のデザインシルエットだったシヴァが、まさか雪女に!?)」と、期待の何倍以上もの裏切りを見せてくれる。
シンだろうがコロナだろうが、未知の災厄に負けない心。不器用ながら、深い親子愛。そして、自らの命を賭したとしても、守りたいもののために前へ進む、強い気持ち。その物語を令和に、歌舞伎として究極召喚したFFX歌舞伎。原作サウンドトラックを和楽器にアレンジした音楽、舞台美術、衣装、言葉。そのすべては美しい。
ちなみに、会場に向かう道中は「8時間、腰とおしりが持つだろうか・・・」と心配していたのだが、客席に行ってみたら、背面と座面に高弾性ウレタンフォームクッションが全席に設置されていた。これがとっても心地良い!聞くところによると、公演時間発表時に、観客から同様の心配が上がっていたことを受けて、菊之助が手配してくれたそうだ。なんというホスピタリティ。
さらに、劇場周辺には「ファンタジーエリア」が設けられ、カフェやキッチンカーがあったり、近隣ホテルとのコラボ企画があったりと、「劇場に足を運ぶ」ことを、まるっとエンターテインメントとして演出してくれるにくい心配りがたくさん。
8時間という長い夢路は、愛のクッションのガードに守られ、半分以下ぐらいには感じる、濃密な時間となった。私のようなゲームは好きだけど演劇は初心者、という方にぜひおすすめしたい。よく、演劇を好きな人から「ここ(劇場)でしか味わえないものがある」という話を聞いていたが、本当だった。見逃してしまったら、二度と戻らない時間(しかも劇場が閉館してしまうから、再演があったとしても同じものは絶対見られない・・・)。
「芝居っておもしろいな」「すごくいい経験ができたな」と高揚感に満ちた帰り道は、きっと一生物の記憶として私の自分史に残るのだろう。
(舞台写真 撮影/引地信彦、取材・文/守本和宏)
木下グループ presents『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』公演情報
上演スケジュール
2023年3月4日(土)~4月12日(水) 東京・IHI ステージアラウンド東京(豊洲)
※休演日:3月8日(水)、3月15日(水)、3月22日(水)、3月29日(水)、4月5日(水)
【前編】11:30開場/12:00開演 【後編】17:00開場/17:30開演
※各編途中休憩2回あり/前編後編の間には約90分の休憩あり
出演
尾上菊之助/ティーダ
中村獅童/アーロン
尾上松也/シーモア
中村梅枝/ルールー
中村萬太郎/ルッツ、23代目オオアカ屋
中村米吉/ユウナ
中村橋之助/ワッカ
尾上丑之助/ティーダ(幼少期)、祈り子
上村吉太朗/リュック
中村芝のぶ/ユウナレスカ
坂東彦三郎/キマリ
中村錦之助/ブラスカ
坂東彌十郎/ジェクト
中村歌六/シド
尾上菊五郎(声の出演)
※中村歌六、中村錦之助、尾上丑之助は後編のみの出演
スタッフ
【脚本】八津弘幸
【共同演出】金谷かほり
公式サイト
【公式サイト】https://ff10-kabuki.com
【公式Twitter】@ff10_kabuki
【公式Instagram】ff10_kabuki
(C) SQUARE ENIX/『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーⅩ』製作委員会