2021年11月14日(日)に東京・シアタートラムにて『愛するとき 死するとき』が開幕した。本作は、社会主義体制下のやるせない愛と人生を描いたドイツ発の同時代戯曲で、小山ゆうな翻訳・演出、主演は浦井健治が務めている。出演者より、初日後のコメントが到着した。
本作は、映画『Time Stands Still』(1981年)や、映画『A Time to Love and a Time to Die』(1958年)などからインスピレーションを受け、ドイツの作家フリッツ・カーターが綴った三部構成の戯曲。ベルリンの壁崩壊前の社会主義体制下で青春期を過ごした作家自身の経験を活かし、社会主義国家の息苦しい日常や反体制運動、西ドイツへの逃亡などを背景に、時にコミカルに、時にシリアスに、また、時にメランコリックに、普遍的な人間の感情を描いている。
独立した三つのお話からなる本作だが、浦井が青春ど真ん中の無軌道な青年、そして青春期を過ぎ現実の壁を目のあたりにする男性、さらに人生のやり直しを試みようとあがく壮年期の男性を演じ分けていくことで、一人の人間の時間経過に寄り添っていくようにも見える構成となっている。
第1部の舞台は、東西統一前の東ベルリン。青春の悩みは壁のこちら側でもあちら側でも同じ。生きること、愛することの葛藤と悩みはつきない。典型的な社会主義国の若者たちの他愛のない日常、そしてまたたく間に過ぎゆく青春がみずみずしく描かれている。
第2部の中心となるのは、父親が妻とまだ小さな子どもたちを残して西側へ逃亡してしまったとある家族。月日は経ち、10代後半に成長した2人の息子は母親と3人で東側で暮らしている。かつての反体制派の英雄・ブロイアーおじさんが刑務所から出てきたが、今となっては「目立つな、英雄を気取るな、列に並んでみんなと一緒に行動しろ」と若者たちに助言する。昔の輝きはまったく無い。だがブロイアーは母親と急接近していく。
そして、兄弟の間に一人の女性が現れる。弟は彼女に夢中になるが、気づくと彼女は兄の彼女になっていた。彼らは恋と失恋をたくさん繰り返しながら、ままならない日常の中で大人に近づいていく。母親とブロイアーの関係はまだ続いていた。そしてある日・・・。
第3部の主人公は、妻子ある男。彼は、仕事のためにある土地に移り住み一人暮らしを始めたが、これといって代わり映えのない日々を過ごしていた。しかし彼はカフェで女性と出会ってしまった。男と女はあっという間に恋愛関係に陥る。二人は旅行にも行って、喧嘩もして、そして仲直りもする。とうとう男は妻子と別れる決心をした。だが彼女は・・・。
出演は、浦井のほか、高岡早紀、前田旺志郎、小柳友、篠山輝信、岡本夏美、山﨑薫という顔ぶれ。出演者たちが、各部でそれぞれ年齢も背景も異なる複数役を演じ分けるのも見どころだ。本作は音楽的な部分も持ち合わせており、浦井の歌声を聞くこともできる。
コロナ禍で大きく変容してしまった私たちの生活だが、時間だけは変わらず前へと進む。どんな時も、生きる上で「愛」は普遍のテーマである。国境を超え、人と人の間に横たわる「愛」の物語を小山の演出のもと、7人の精鋭たちが濃厚な人間ドラマに仕立てている。
『愛するとき 死するとき』は、12月5日(日)まで東京・シアタートラムにて上演後、12月8日(水)に名古屋・日本特殊陶業市民会館ビレッジホール、12月11日(土)・12月12日(日)に兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールにて上演。
上演時間は、約2時間25分(1幕:40分/休憩15分/2幕:50分/休憩15分/3幕:25分)を予定。
(撮影/牧野智晃)
コメント紹介
◆小山ゆうな(翻訳・演出)
皆で、お客様の想像力を信じ切ったカーターの戯曲と向き合いながら、どういう作品になるかはお客様と共有するまで分からないねと、稽古してきました。まだまだ制約の多い状況下ではありますが、満席の初日、目一杯舞台にエネルギーを送って観劇してくださったお客様、ありがとうございました。
出ずっぱりの浦井さんを始めキャスト7人と国広さん、全力で支えてくださるスタッフの皆さんにも感謝。たくさんの方に観ていただき、たくさん感想をいただきたい作品です。
◆国広和毅(音楽・演奏)
初日が無事に開けました。長い時間かけて準備してきた作品を こうしてお見せできるというのは嬉しいです。
楽しいと深いを行ったり来たりする作品です。勿論、人によってはそのどちらかのみでもOKです。初日の僕に関しては楽しいが大分勝ってしまいました。少し反省。
でもそんな風に公演毎に違ったものになるのが生の舞台の醍醐味です。特に今回は生演奏があります。生の芝居と生の音楽とのコラボレーションをぜひお楽しみください。
◆浦井健治
出演者一人一人が自分の果たすべき役割や、役柄の背景を徹 底的に落とし込んで挑まないと成立しない戯曲。演出の小山さんと日々、役柄や時代背景について話し合い、創り上げてきたものを、お客様が好奇心を持って受け止めてくださったように感じました。
亡き中嶋しゅうさんが生前かけてくださった「トラムのような濃密な空間での舞台をどんどん経験していくといいよ」という言葉は、僕にとって大切なもの。「今、トラムの舞台に立っていますよ」と心の中で呼びかけながら演じていました。しゅうさんにも、この想いが届いていたらいいなと思います。
登場人物全員が、どこかしら鬱屈や諦め、もの悲しさを抱えています。作者であるフリッツ・カーターさんの体験も含まれているであろうナイーブな題材が背景の、ある意味「壁」のようなしこりを持つ作品でもあります。
世田谷パブリックシアター芸術監督の野村萬斎さんは、稽古場にいらした時、「とんがってください」とおっしゃいました。「とんがる」ことは、演劇のトライの一つだと思います。実験的な演劇に適したシアタートラムという空間で、お客様が自由に解釈してこの作品を楽しんでいただけるよう、演じていきたいと思います。
◆前田旺志郎
無事初日の幕が開き、今、本当にホッとしています。とても緊張していたのですが、やっと、「あぁ、始まったな」という思いと、とりあえずは無事、大きなミスなく初日の公演を終えられてよかったな という思いです。
初めてご覧になる方は、ショックを受けるといいますか、びっくりされる方も多いと思うんですけれども、戯曲はもちろん、小山さんが考案した各部のコンセプトや演出ですごく攻めた作品になっ ていると思います。スピーディーな展開にもし追いつけなかったとしても、僕たち7人は舞台上ですごく楽しんで演じていますので、その空気感だけでも、観客席の皆様も一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
◆小柳友
無事に初⽇の幕が開けられて、本当によかったです。お客様からリアクションをいただくだけで、心ってこんなに落ち着くんだって 感じました。すごく楽しかったです。
僕にとってシアタートラムといえば上村聡史さん演出の“約束の血”シリーズ『炎 アンサンディ』『岸 リトラル』なのですが、今回は初めましての⼩⼭さんの演出で、新しい出会いもたくさんありました。笑顔が溢れる稽古場で、カンパニーの仲間たちと一緒に芝 居作りにたくさんの時間を費やして、創作の楽しさを共有すること が出来た気がしています。
まだ予断を許さない状況ですが、僕らは万全を期して、皆さまに 安全で安⼼して観に来ていただけるよう、しっかり準備しています。ぜひ劇場にお越しいただき、舞台を楽しんでください。
◆篠山輝信
決して分かり易い作品ではないと思うのですが、1部・2部・3部と 舞台が進行していくうちに、最初はハテナだったお客様が、まず物語の筋を理解するだけではなく、作品の雰囲気を感じてくださり、徐々に理解を深めたり楽しんだり・・・。じわじわと何かが積み重なっていくように、お客様の体温が上がっていく様子が伝わってくる感覚がありました。最後には劇場に一体感が生まれて、それぞれに感じて楽しんでくださったのだという手応えを得ることができ、とても嬉しかったです。
それはこのシアタートラムという劇場で、この座組で、お客様を信頼した上で楽しませたいというサービス精神に溢れた小山さんの演出ならではだと思いました。演劇の楽しさや幸せがいっぱい詰まっている作品です。ぜひ観に来てもらいたいです。
◆岡本夏美
本当に楽しかったです。コロナ禍が続いてきた中で、ようやく観客席がいっぱいのお客様で埋まっている状態を久々に舞台上から見て、その光景をすごく幸せに感じました。お客様の存在、その笑い声も含めてやっと完成したといいますか、お客さんの反応を受けて私たちも稽古以上に出せるものがあり、相乗効 果でとても楽しかったです。
今日もシアタートラムの外の看板を写真に撮って楽屋に入ったのですが、小山さんの『チック』もこの劇場で拝見しましたし、そのほか数々の作品を観てきて、やっぱりこの舞台に立ちたいなとずっと思ってきました。一つ、自分が目標に掲げていたことが達成できた喜びもありますし、何より無事に幕が開いたことがとても嬉しいです。
現状、我慢しないといけないこともありますが、その中でも演劇を観ていただくことで日々の辛いことを忘れたり、一緒に何かを考えたりと、この舞台が皆様の日常のちょっとした刺激になればいいなと思っています。
◆山﨑薫
この状況下、満員のお客様と初日を迎えられましたこと、心から感謝いたします。この作品から溢れ出す言葉と滲み出る音楽にただただ身を任せて頂けたらと思います。
その時に感じた空気や違和感が、自分の大切な人や物語あるいは世界に想いを馳せるきっかけになれば幸いです。行き場を失ってしまった「愛」をお客様と共に感じ合えたらと思っています。油断できない状況ですが、私共万全の対策で千穐楽まで駆け抜けて参ります。
◆高岡早紀
ここまで、客席と舞台とが近い劇場空間で演技をしたのは初めてです。とても緊張もしましたが、お客様が温かく見守ってくださり、時にはコミュニケーションもしながら、この距離感ならではの反応を肌で 感じ、楽しく初日公演を終えることができました。
この戯曲は句読点、ト書きなどがほとんどありません。「決めごとは何もありません」という小山さんの演出のもと、濃密な稽古を重ね、共に試行錯誤して創り上げてきました。決めごとがないだけに、新たな 体験ができていると感じています。私自身も知らない新しい私の一 面をお見せできるのではないかと思います。
この物語に登場するのは、東西にドイツが分断され、抑圧されながらも悲観せず、前向きに強く生きている人々。その姿から私が感じたことは、人が生きること、それは「愛」だということです。お客様一人一人にとっての「愛」を、この物語を通して改めて感じていただければ幸いです。
『愛するとき 死するとき』公演情報
上演スケジュール
【東京公演】11月14日(日)~12月5日(日) シアタートラム
【名古屋公演】2021年12月8日(水) 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
【兵庫公演】2021年12月11日(土)・12月12 日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
スタッフ・キャスト
【作】フリッツ・カーター
【翻訳・演出】小山ゆうな
【音楽・演奏】国広和毅
【出演】
浦井健治/
前田旺志郎 小柳友 篠山輝信/
岡本夏美 山﨑薫/
高岡早紀