タクフェス第8弾『くちづけ』が、2020年10月16日(金)の埼玉・飯能市市民会館 大ホールでのプレビュー公演をもって開幕する。これが3度目の上演となる『くちづけ』は、本当にあった話を元にした「涙なしには観られない」物語。なぜ、この作品は人の心を激しく揺さぶるのか――。その作品作りの現場をオンラインで取材した。
タクフェスは、宅間孝行がプロデュースするエンターテインメントプロジェクト。『くちづけ』は、タクフェスの前身とも言える劇団「東京セレソンデラックス」にて2010年に初演、2015年にタクフェスにて再演されている、宅間の代表作の一つ。2013年には堤幸彦により映画化も果たした。
物語の舞台は、知的障がい者たちの自立を支援するグループホーム「ひまわり荘」。そこに、かつて1度だけヒット作を生み出した漫画家・愛情いっぽんが、娘のマコを連れて住み込みで働くことになる。純真な子どもの心を持ったまま大人になったマコだが、ホームで暮らすひときわ元気なうーやんと惹かれ合うようになる。あるクリスマスに、二人は“結婚”の約束を交わすのだった・・・。“日常”を生きる登場人物たちの中に生まれる苦しみや葛藤。そして、それを上回る“幸せ”を丁寧に描いている。
出演者は、金田明夫をはじめ、かとうかず子、柴田理恵、Moeka、そして宅間が続投。新たに、小島藤子、松田るか、岸田タツヤ、倉田茉美、松村龍之介、若林元太、はるはる、北代祐太、斉木しげると、実力派俳優からお笑い芸人まで、個性豊かな顔ぶれが揃った。なお、金田と宅間は、2010年、2015年にも同役で出演している。
稽古場取材は、稽古場に設置されたカメラ越しにオンラインで行った。この日行われていたのは、愛情いっぽんとマコが「ひまわり荘」に来たあととなる、二場の冒頭から。愛情いっぽん役の金田と、マコ役の小島の“日常”を、丁寧に作り込んでいた。
宅間が繰り返し言っていたのは、「台詞をがんばって言っている感じではなく、リッラクスして」ということ。例えば、愛情いっぽんとマコにとっての日常の風景であるシーンでは、「愛し合っている親子が一緒にいる時って、一番穏やかな空気がただよっているでしょ?」とリアリズムを持ってどう芝居として表現するのか、細部にこだわって演出をつけていた。
中でも、必死に格闘していたのはいっぽんの元を訪れる編集者の夏目ちゃん役を演じる岸田。「ひまわり荘」に慌てて走り込んでくるほんの一瞬の場面なのだが、宅間は岸田に「夏目ちゃんはどこから走ってきたの?」「ひまわり荘に何をしに来てるの?」と何度も問いかける。
時に実演もして見せながら、宅間は徹底的に俳優に考えさせる。なんとなく、ではなく、その行動に至るまでの登場人物が何を考え、どうしてその行動をしたのか、頭ではなく心を動かすように投げかけ続ける。「走る」という行動も、「いかに走るか」ではなく「どこから何のために走るのか」。
『騎士竜戦隊リュウソウジャー』でバンバ/リュウソウブラック役として脚光を浴びた岸田だが、舞台経験はまだ数えるほど。夏目ちゃん役を身体に落とし込もうと、実際の編集者を役作りのために個人取材するなどして本作に取り組んでいるそうだ。本作を通して彼がどう変化するのか、注目だ。
稽古開始前、「金田さん、かとうさん、柴田さん、Moekaと、この作品の勝手を分かってくださっている方がいらっしゃるので、稽古の進みが早いです」と語っていた宅間。既に本作を経験している俳優たちは感覚を取り戻しながら、新たに参加した俳優たちは一つ一つの台詞・動作としっかりと向き合い、そこに存在する“リアル”を追求していく。
宅間は、繰り返し本作を上演する理由について「『くちづけ』は、10年前に上演してからずっとご好評をいただいている作品なんです。それは、この作品で描いているテーマが定期的に社会に発信していくべきものだからかなと思っていて。この作品で描いていることは、“知っている”か“知らない”かで、見方が変わる部分がすごく大きいものだと思っています。こうして上演を繰り返すことで、より多くの人が“知る”きっかけになれば」と語る。なお、「ひまわり荘」の住人の一人・ちーちゃん役を演じるMoekaは、実際に知的障がいのある女優だ。
いつもと変わらない濃密な空気が流れていたが、稽古場は厳戒態勢。キャスト・スタッフは全員、稽古開始前にPCR検査を受け、稽古場でもフェイスシールドを着用して臨んでいる。タクフェスとしてはコロナ禍の影響を受けて「春のコメディ祭!」として予定していた『仏の顔も笑うまで』が全公演中止となってしまった。
まだまだ予断を許さない状況だが、宅間は「そこまでやるかというぐらい、僕らも徹底的に対策をしています。稽古も、最初は違和感もありましたが工夫をしながら進めていますので、お客さんには安心して劇場に来てほしいですね」と言う。
タクフェスと言えば、開演前や終演後にも俳優陣と客席が一体となって楽しめる企画が用意されている。しかし、「ふれあい番外編」としてのプレゼント企画や、アフタートーク、ダンスタイムなど、新型コロナウイルス対策バージョンのイベントを用意。なるべくいつもと同じようにタクフェスを楽しめるような趣向を凝らしている。
そして、残念ながら劇場に足を運べない方のために、後日の映像配信も予定している。映像配信を行うのは、タクフェス初。映像は、東京公演中に収録した本編映像と、稽古場やバックステージの様子を収めたメイキングを公開するという。
なんとかエンターテインメントを取り戻そうと、現場は奮闘している。宅間は「僕らの発信するものは、お客さんたちが『今の私たちに必要だ』と求めてくださって初めて成立するものあり、必要かどうかは、僕らが語るものではなく受け手の皆さんが語るものです。今はただ、お客さんが観に行きたいと思ってくれて、観に来てよかった、私たちにはこれが必要なんだと思ってもらえるよう、改めて自分たちのやるべきことに向き合っています」と自らの活動を見つめる。
本作の上演が発表になった際、演じ続けてきた「うーやん役をやるのは最後になるかも」とコメントを寄せていた宅間。こう考えていたのは、上演を決めた去年のことだったそうで、「何度も上演している作品はみんなそうなんですが、役と自分の年齢がどんどん離れていくんですよ。コロナ禍を免罪符として、誰もが観ていただける状況でもう一回チャンスを・・・と思うところもありつつなのですが(笑)。でも、今回が最後のつもりでやりきりたいなと思っています」と笑っていた。
先のことは分からないが、『くちづけ』は宅間の代表作の一つであり、「うーやん」は宅間が大事に演じてきた役である。ぜひ、お見逃しなく。
筆者は、再演時の『くちづけ』を劇場で拝見した。観終わったあと、心が千々に乱れていてもたってもいられなくなったことをよく覚えている。「心」が動いている、そう強く感じた。何かと制限がある・・・それが今の私たちの“新しい日常”だが、心だけは自由に。タクフェスの『くちづけ』は、きっとそんな感覚をもたらしてくれるのではないかと思う。
タクフェス第8弾『くちづけ』は、以下の日程で上演される。埼玉プレビュー公演・愛知・東京・札幌公演のチケットは本編映像配信視聴券付き、札幌公演は宅間のメッセージプリント入り非売品ポスター付き、大阪公演には公演パンフレット付き。
後日配信は、12月18日(金)10:00から12月20日(日)22:00を予定(本編映像配信視聴券付きは別途購入可能/メイキング映像は別売)。
配信詳細:http://takufes.jp/kuchiduke2020/streaming.html
【埼玉(プレビュー)公演】10月16日(金) 飯能市市民会館
【愛知公演】10月23日(金)~10月25日(日) 刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール
【東京公演】10月29日(木)~11月8日(日) サンシャイン劇場
【札幌公演】11月20日(金)・11月21日(土) 道新ホール
【大阪公演】11月25日(水)・11月29日(日) 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
【公式サイト】http://takufes.jp/
【公式Twitter】@TAKU_FES_JAPAN