劇場に行けない・・・そんな時期が3ヶ月ほど続いた。そんな中、観客が劇場に来られないのならば、劇場が行けばいいのでは?という企画が走り出した。それが“トラックで演劇を届ける”配達演劇「THEATRE A/way(シアターアウェイ)」だ。
「way=道」、演劇を上演する場所
「way=手段」、演劇を上演する方法
「away=離れた」ところへ、生の演劇を届ける
企画名には、これらの思いが込められた。
いったいどんな上演の様子なのか?関係者向けの試演会(検証プレ公演)に参加すると、そこではまさに“演劇が上演”されていた。
本企画では、注文を受けると、注文者の徒歩圏内エリアに2tトラックで“演劇”を配達する。トラックの荷台を舞台にし、一人芝居を上演。観客はその上演を、自車内もしくは屋外で観劇できるという。
この日上演されたのは、亀戸にある会社、Next(ネビュラエクストラサポート)の駐車場。大きなトラックの後ろにパイプイスを並べた客席があった。客席の上には白い布が張られ、雨よけあるいは日差しよけになっている。いわゆる屋外なので、換気も十分。また、ステージと客席は2メートル以上離れている上に、客席にはフェイスシールドが置かれ、装着することもできるようになっていた。
検証プレ公演では2作の上演が行われた。
1本目は、作・演出を中屋敷法仁が手掛けた『ときめきラビリンス』。永島敬三が、破壊的な恋愛体質の女子高生を演じる。スタンドマイク1本の前で、ときめき無しには生きられない身体を持つ女の子の破天荒な青春(!?)を身一つで熱演。
基本的にはトラック後方に張り出し舞台を設営してあるが、時にはトラックの荷台の中で演じることも。客席上やトラックの荷台奥から当てられる照明が、空間の奥行きも楽しませてくれる。
作品自体は何度か上演されているものだが、高速でしゃべりつづけるうちに永島の顔面から滴る汗に「これこれ!演劇だ!」とこちらも興奮してくる。今、そこで、目の前で、人が演じて、キャラクターや物語が立ち上がる生(ライブ)感!はじめは少し気になっていた周囲の車や人通りの音なども、俳優が目の前の観客に届けようと全身から発するパワーを浴び、だんだん気にならなくなった。
ただし上演中、観客はマスク着用が必須だ。野外で明るいこともあり、ステージ上からは観客の顔も見えているだろう。こちらが楽しんでいるのか、マスクで顔が覆われている分分わかりにくいはずだ。そう思うと、つい大きく頷いたり、手を叩いたりと、舞台上になにか返したくなる。トラックの舞台と、パイプ椅子の客席、両方向の熱量が上がってくる。
もう1本は、作・演出を山本タカが手掛ける『口火きる、パトス』。演じるのはコロ。これまた全身全霊の熱演で、恋のときめきを初めて知った男子高校生の熱血青春物語。恋愛に現を抜かす人たちをバカにしていた弁論部部長が、あっという間に恋に落ち、のぼせ上がり、のめりこんでいく。
弁論部には欠かせない原稿用紙や、登下校に必要な自転車のハンドルなど、小道具を使いながら男子高校生のジェットコースターのような恋愛感情がぶちまけられる。路上のシーンでは「こんなに交通音が大きかったか?」と周囲の車の騒音を活かし、臨場感が増す。
暗転シーンも、屋外だから暗くはならないものの、「暗転を見せる」という演出がまた生々しさを増していた。時に客席とやりとりすることもあり、その場で、生身の人間が演じているという演劇ならではの瞬間もいくつか味わえ、あっという間の上演時間だった。
“あなたのもとへ、「生の演劇」をお届け”。それを実現するためには、企画をした有限会社ゴーチ・ブラザーズや、集った俳優・スタッフだけでなく、様々さな団体が関わっている。
今回の会場となったNext(ネビュラエクストラサポート)は、チラシ折込業務など舞台制作者支援をおこなう会社。当日配られたフェイスシールドや、会場に置かれた消毒用アルコールはNextが演劇公演に際してできることをと考え、受注販売しているものだ。また、2tトラックは、舞台装置・イベント関連の輸送・運送会社である株式会社マイドのものだ。
演劇に関わってきた人々が、4月中旬から「お客さんに演劇を届けることができない中、何ができるか」を考えはじめ、そして「いや、届けられないなら、届けよう!」との思い至ったその前向きさと可能性に賛同し、さまざまな人々が集まってきてこのような形になった。
いまや、緊急事態宣言が解除され、少しずつではあるが劇場にまた集える日が来るかもしれないという兆しも見え隠れする中、関係者たちは「この企画をコロナだけで終わらせたくないね」と、試行錯誤を重ねている。なぜならそこに「今まで触れなかった人にも届けられるのではないか」という可能性があるからだ。
「配達演劇」の購入者は、ソーシャルディスタンスを踏まえて、一人や家族を対象に検討している。しかしいずれは、学校のグラウンドなどで上演することもできるかもしれない。遠くの町の公園や海辺、劇場がない地域にも、トラックならば演劇を配達できる。料金は未定だが、照明や音響の機材ももっと減らし、できるだけ身軽で購入しやすい上演に近づけようとしている最中だ。今後も試演会を開き改良していく。
そして「ゆくゆくは『配達演劇』をおもしろがってくれるクリエイターと、トラックだからできることをやりたい」と意気込んでいる。前向きな可能性を実現していこうとする人たちがいるからこそ、演劇の上演が実現していくのだと目の当たりにしたプレ公演だった。このトラックに乗って、さまざまな場所、いろんな人に、演劇が届くことを願う。
◆「THEATRE A/way(シアター アウェイ)」検証プレ公演 ※終了
【実施日】2020年6月20日(土)
【会場】Next(ネビュラエクストラサポート)株式会社マイド 2tトラック特設ステージ
※関係者向けの試演会として検証プレ公演を実施
【演目と時間】
14:00 『ときめきラビリンス』(作・演出:中屋敷法仁、出演:永島敬三)
16:00 『口火きる、パトス』(作・演出:山本タカ、出演:コロ)
18:00 『ときめきラビリンス』(作・演出:中屋敷法仁、出演:永島敬三)
【公式サイト】https://theatreaway.amebaownd.com/
(取材・文・撮影/河野桃子)