2019年11月30日(金)から、東京・DDD青山クロスシアターにてミュージカル『(愛おしき) ボクの時代』の本公演が上演される。本作では、欧米の舞台演劇の手法を数多く取り入れており、オフ・シアターからオン・シアターへのステップアップを前提に、本公演前に2回のプレビュー公演を実施。スウィング(出演中のキャストが急なアクシデントや故障などによって代わりに出演する俳優)制度の導入、キャストの代わりにスウィングが出演する回を設けるなど、様々な試みが行われている。そんな“日本発”のオリジナル・ミュージカルを作りたいという意欲溢れる本作の稽古場を取材し、脚本・演出の西川大貴に話を聞いた。
本作は、翻訳劇、ストレートプレイ、ミュージカルなど多岐にわたる舞台を手がけるシーエイティプロデュースが企画・主催を務め、俳優・アーティスト・演出家・脚本家・タップダンサーとマルチに活躍する西川が脚本・演出を手掛ける日本発オリジナル・ミュージカル。加えて、桑原あい(音楽)、加賀谷一肇(振付)という西川と同世代のクリエイターが集い、公募オーディションで選ばれた風間由次郎、梅田彩佳、天羽尚吾、岡村さやか、塩口量平らと新作を作り上げる。
【あらすじ】
子どもの頃に「ステージに立ちたい」という憧れを抱きながらも、窮屈な東京の片隅で、会社員として楽しくない毎日を送る主人公・戸越。出張で伊豆を訪れるが、辺りの様子がおかしい。携帯の電源も入らず戸越は途方に暮れ、周りに流されるまま辿り着いたのはエンターテインメントの歴史が詰まった妖怪たちの街だった・・・。
西川、桑原、加賀谷らが並ぶ稽古場では、主人公・戸越の都会の息苦しい通勤と父親が経営する会社の中で働く姿を通して、閉塞感と葛藤を感じさせる序盤のミュージカルシーンと芝居が公開された。本番と同じピアノの生演奏に乗せながら披露されたミュージカルシーンでは、戸越を演じる風間をはじめとした都会での毎日に対して鬱屈な想いを綴る歌詞や、ボックスをさまざまに用いるダンスが目を引く。
シーンが終わる度に、西川と加賀谷によってダンスの振付や動線、ボックスの扱い方など細やかな指示が行われ、そのつどシーンを繰り返していく。その合間にも、キャスト同士で熱い議論が交わされるなど、「日本発」のオリジナル・ミュージカルを作りたいという目標に向かって進むキャスト・スタッフ一同の熱気に満ちた空間が目の前に広がっていた。
ここからさらに伊豆での奇妙な冒険が始まり、ポップなミュージカルシーンや、風間が西川と一緒に稽古の合間に振付を確認していたタップダンスも繰り広げられるという。公開されたシーンは序盤でありながらも、そこからの展開に対してワクワクをかきたてる熱量溢れる稽古場となっていた。
西川は「本当にゼロから作っているので、ある意味では自由です。バッと変えることもできるし、縛りもない分、ゼロからイチにする作業を探りながらやっていくのは難しいかな」と苦労を明かしながらも、「でも本当に楽しいですよ。日本人のための日本語で書かれた作品が1本でも生まれてほしいとずっと思っていたので、今こうして形にしていく喜びもあります。脚本を書いている時間が一番しんどかったですが、音楽と、演じる皆さんの声と動きがついて、どんどん具現化していくことにとても大きなものを感じています」と手応えを感じている様子。
オリジナルとなる物語に関しては「ナンバーの中に“妙な閉塞感”という歌詞があるんです。今の日本、僕たちの身の回りにある出来事で話を作りたいという思いがありました。ただ、そういう題材を描くにはストレートプレイや音楽劇のほうがフィットするようにも思うんですが、それをミュージカルとして成立させるにはどうしたらいいのか。稽古場では、いろいろなプランを試しました」と説明。
「ミュージカルって、冷たい題材を“映え”させるようなものなのかなと思っているんです」という西川。「例えば“インスタ映え”と言われている表現は、何てことないものにフィルターをかけることで、パッとそこに興味を持たせることじゃないですか。それと同じように、リアルにあるものを“映え”させるために、ミュージカルというツールを使えないだろうかとと考えました。そこに、おもしろさを見いだしているんですよね」と打ち明けた。
本作では、海外の視点も取り入れるため、日本においても『ミス・サイゴン』『ゴースト』など有名ミュージカルを演出し、本場のミュージカルを熟知しており、海外における小規模トライアウト公演の実績もあるダレン・ヤップをスーパーバイジング・ディレクターとして招いた。
中でも、スウィング制度の導入について、西川は「Wキャストだと、物理的に稽古時間が2倍かかるなど、オリジナル作品をクリエイトしていくにはあまり向かないので、海外でベーシックなスウィング制度を導入することで、シングルキャストがいて、それをカバーする人がいるという状況が作れます。絶対的ではありませんが、それが一つの理想型ではあるだろうと考えています」という見解を示した。
欧米の手法を取り入れつつも、物語の随所に日本らしさを感じさせることに対しても「海外公演も視野に入れていることもありますが、音楽もストーリーも振付も、日本らしさということは意外と考えてないんです。そう見せかけておいて、実は意識していない。ナンセンス感やシュール感も演出するために、わざとこういう題材を使っているという部分もあります」。
また、オーディションで選ばれたキャストとスウィングたちについて、「今回、17人のキャストと3人のスウィングと創作ができて良かったなと思っています。というのも、興味の幅が広くクリエイトすることをおもしろがってくれるアーティストに集まってもらったので、そういう方たちとの作業はとても有意義なんです。オーディションから稽古を経て、こういう一面もあるんだということがたくさん見えてきています」と笑顔を浮かべる。
さらに、新たな面が見えてきたことで演出プランにも変化が。「それを変えていけるのがオリジナルの強みです。海外作品だと版権元に許可を取る必要があって、許可が下りないということもあるんです。だけど、今作では作曲家も含めてスタッフが全員現場にいるので、その場ですぐに変えられる。それは本当にあるべき姿で、ありがたい時間です」。
最後に、「日本を舞台とした作品で、しかもトライアウト公演があるということで、『何だろう?』と思っている方もいるかもしれません。ですが、ミュージカルとしてポップ・ソングが多く入っている作品です。後半にはファンタジックでもっとポップな曲が出てくるので、ミュージカル・ファンの方にも楽しんでいただけると思いますし、王道ミュージカルがあまり好きじゃないという人にも楽しんでいただける作品になっています」と語っていた。
キャスト・スタッフ全員の想いと熱量によって活気に満ちた稽古場は、新たな「日本発」のオリジナル・ミュージカルの誕生を期待させるものとなっていた。
ミュージカル『(愛おしき)ボクの時代』本公演は、11月30日(土)から12月15日(日)まで、東京・DDD青山クロスシアターにて上演。日程の詳細やアフタートークなどの情報は公式サイトにてご確認を。
【公式サイト】https://www.bokunojidai.com/
(取材・文・撮影/櫻井宏充)