2019年5月10日(金)から5月19日(日)まで東京・紀伊國屋ホールにて上演されている舞台『+GOLD FISH(プラスゴールドフィッシュ)』。本作は、演出家・西田大輔が描く本格派ミステリ作品『ONLY SILVER FISH』(2017年に映画、演劇ともに連動公開したプロジェクト)に続く第2弾で、ある一匹の不思議な魚をめぐる会話劇が展開される。
今作でも松田凌らが出演し、舞台美術も共通。しかし物語は独立しているので、前作を観ていなくてもひとつのミステリとして楽しめる。過去作を観ている人にとっては、パラレルのような感覚も楽しめる一作に仕上がっていた。
出演は松田のほか、清水葉月、樋口日奈(乃木坂46)、伊万里有、神永圭佑、高柳明音(SKE48)、伊藤裕一、西丸優子、大村わたる、竹井亮介、川本成、粟根まこと。
『+GOLD FISH』としては、2013年に音楽劇として同じく紀伊國屋ホールで上演されている。それを今回はワンシチュエーション会話劇として上演。テーマを“上質なミステリ”とし、舞台はイギリスということで、まるでアーサー・コナン・ドイルやアガサ・クリスティやドロシー・L・セイヤーズなどの英国ミステリ作家たちのもつ不穏で美しい雰囲気を醸し出している。
その世界観に、西田大輔らしく軽快な演出が盛り込まれる。緊迫したシチュエーションのなか、個性の立った登場人物やネタ的な笑いが散りばめられ、深刻になりすぎずに楽しめた。また、その先には登場人物それぞれが抱える悲しさが浮かび上がってくる。
物語は、イギリスの片田舎にある古い洋館。一人の執事が見えざる主人に仕えるその洋館に、11人の男女が集まってくる。彼らは、とあるミステリ小説の謎を解いて集まっていた。目的は「オンリーシルバーフィッシュ」という魚の本当の名前を知ること。その名前を知ることができれば、“過去を振り返ることができる”と言われているのだ。しかし、その権利はたった一人にしか与えられない・・・。
しかし、物語は、思わぬ方向へ。隣町で殺人事件が発生し、銃を持った犯人がこの屋敷に紛れ込んでいるかもしれないというのだ。マーティズ(松田)は偶然出会ったクラリス(清水)とシンシア(樋口)と共にに、犯人と思われる人物を探ろうとする。登場人物の中で、唯一はからずその場に居合わせることになってしまったマーティズ。休暇をとって一人でのんびりしに来たはずだったのに、「オンリーシルバーフィッシュ」の攻防に巻き込まれてしまう。
一人だけ部外者という立場のマーティズは、互いに探り合い貶め合う必要がないからこそ纏う空気が違う。喜怒哀楽激しく、予定外のことに憤ったりと騒いだり、危機感がないからかひどく酔ったり、協力を求められ真剣な表情を見せたりする。その役どころだけでなく、松田は俳優としても、場を揺さぶったり、時にギャグをぶち込んだり、不穏さを漂わせたりとさまざまな表情を見せる。コミカルさとシリアスさの多彩な松田をたっぷり堪能できる。
樋口と清水は、対照的な二人の女性だ。樋口の演じるシンシアは、冒頭から自信がなくおどおどし、人の目を見ないわりに頼りっぱなし。おまけに何が起こっても役に立たない。一方で清水が演じるクラリスは、余裕があって冷静で、トラブルもうまくあしらう身なりのいい女性。内気なシンシアをうまくフォローする。
樋口が、受け身ながらも内面にはゆずれない想いのある女性として物語の展開に一本の芯を通せば、清水が、疑心暗鬼なみんなを受け止めて物語の根底を支えるような役目を担う。
“過去を振り返る”権利と、隣町の殺人事件。そこにクセのある登場人物らの思惑が重なっていく。
ひときわ背の高いベントー(伊万里)は、その体躯に反して引っ込み思案で人前に出ることを嫌がる。言葉ではまったく語らないが、その仕草から、本人にとってとても大事な“過去”を感じさせる。口数少なくつっけんどんなアーシュラ(高柳)は、表情を崩さないためその真意は見えない。だからこそ些細な変化がその心情を物語る。アーシュラに同行しているペイトン(神永)は、自信ありげでいかにも頭の切れそうな好青年。まっすぐに状況を見つめる表情はベントーと対照的だ。
見るからにアンバランスな夫婦。気の強いエヴリン(西丸)と、彼女の言うことならなんでもヘラヘラと従うビクトール(大村)も、なにやら歪(いびつ)な関係。夫婦二人の個性が強く、他の登場人物らとは一定の距離を保つ。一方で、独り身のワイズナー(竹井)は年齢も重ねた余裕か、マイペースを貫きながらも適度に場の空気を壊さない安定感で存在していた。
おしゃべりで場をまぜっかえすポロット(伊藤)や、正体は不明だが人当たりのいいブラント(粟根)など、幅のある俳優たちが物語を広げる。すべての登場人物についてもともと個性的なキャラクター設定がなされているが、彼ら舞台経験の豊富な俳優が、その場で起こる会話で舞台の空気を引っ張る。
そして、ただ一人。屋敷の執事パーカーが「オンリーシルバーフィッシュ」をめぐる展開を先に進めていく。果たして「オンリーシルバーフィッシュ」は誰の手に渡るのか、殺人犯人はここにいるのか。二つの軸と、それぞれの過去の願いが網の目のように織り成されていく。
どこか仄暗くも美しい衣装や舞台美術が、英国ミステリの雰囲気を練り上げる。ミステリ好きが集まって場のため、会話にちょっとした“推理ゲーム”が盛り込まれるのも楽しい。
入り乱れる会話や人間関係を追っているうちに、いつしか物語は進んでいく。洋館の居間というワンシチュエーションを舞台にしているため、観客はみんなが集まるその部屋を覗き見している気分になる。さながら、ミステリ小説を読んでいる読者の気分だ。しかしミステリ小説には思わぬところにヒントが隠されているのが定石。舞台は小説と違って、物語を進めるスピードを自分で選べない。見落としていると、後半一気に謎が紐解かれるにつれ「そういえばそうだった!」と膝を打つことになる。
思い返せば、ちょっとした立ち位置、目配せ、小道具の位置ですら意味があったのではと想像できる。登場人物たちの思惑や関係とは別に、西田や各技術スタッフが仕掛けた演出に、『+GOLD FISH』というひとつのミステリを作る鍵が隠されていると思える。それが深読みのしすぎなのか、ヒントなのか・・・観終わった後に誰かと答え合わせをしたくなるのも、ミステリの楽しみだ。
また、詳しくは触れないが、実はこれは実在の出来事が元になっている。舞台をご覧になった方はぜひその事件を調べてみてほしい。現実の事件と物語が重なった時、想像力が広がるのはフィクションのマジックであり、楽しさだ。さらに、もし昨年の映画か舞台を観ていたなら、より時代や人間関係が重なって感じられるだろう。
西田はいくつものフィクションと現実を絡め合わせ、エンターテイメントに仕上げた。観劇の2時間だけでなく、帰宅後も思いを馳せられる仕掛けでもある。この舞台自体が、幾重にも張られたミステリといえる。
今作は2017年の映画&舞台に続くプロジェクトの第2弾だが、今後も続いていくとすれば、さらにこの世界は広がっていくだろう。「オンリーシルバーフィッシュ」のミステリは、まだ始まったばかりだ。
(取材・文・撮影/河野桃子)