2019年2月28日(木)から3月10日(日)にかけて、赤坂RED/THEATERにて上演される『LULU』。霧矢大夢が演じるルルは“ファム・ファタール(男性にとっての「運命の女」)”の代表とも言われるが、今回の舞台では、知的で自由だからこそ周囲を惹きつける、現代的な女性像として描かれる。緊張感高まるその稽古場を取材した。
脚本は、約100年前のドイツに書かれたもの。劇作家フランク・ヴェデキントの『地霊』と『パンドラの箱』の二部作を一作品としてまとめ、ルルと彼女に心奪われた人々の愛憎と破滅の物語に仕立てている。
取材日は初めて稽古場に衣裳が到着した日で、稽古前には「けっこう華やかですね」などと声があがっていた。舞台上には、丸いテーブル。そのテーブルが左右に移動したり、俳優がその下に隠れたりと、ダイナミックに移動する。
本番でも使用されるという美術、小道具、照明などは、100年前のドイツというより、現代的なものも多い。それがまるで、物語が自分の身近に起こっている出来事のように感じさせる。
霧矢の演じるルルは、男性も女性も虜にしていく。でも、けして悪女ではない。素直に行動するルルの甘い蜜に惹かれるように、人々が群がってくるのだ。彼女はこれまで描かれてきた“ファム・ファタール”ではなく、一人の人間として自由に生きるが故に人を惹きつけ翻弄し、また翻弄される。そこに問われているのは、女性の自由とは何か、現代の“新たなファム・ファタール”とは何かという、私たちにとって身近な問いだ。
霧矢はルルを演じることについて、正直なところ気恥ずかしさもあるそうだ。「みんなに『すごくいい女だ』と褒め称えられる役なので、まだ少し照れがあるんです(笑)。でも一瞬でも『いや、私はそれほどでも・・・』と遠慮してしまったらダメ。もっと自分を信じないと」。
霧矢自身がルルとまったく違う性格であること、しかも100年前のドイツ戯曲ということもあり、試行錯誤しているようだ。「私はエンジンがかかるのが遅いんです・・・(笑)。日々の稽古を積み重ねていくと、ある時、自由に演じられるはず」。そう言って、一つ一つ、丁寧に台詞に向かっていく。
共演の多田直人は「ルルはめちゃくちゃ大変な役。過酷というか・・・ルルにかかっています」とプレッシャーをかける。しかし「不安です」と顔をこわばらせる霧矢に対しては「大丈夫だと思いますよ。僕、すごく楽観的な気持ちです」とも笑う。多田はルルに心奪われる二人の男性を演じているが(実際には一人3役)、客観的に霧矢を見て「大丈夫でしょう」と自信を見せた。
演出の小山ゆうなは、ドイツ演劇を専門としている。その演出方法は丁寧で、俳優と一緒に役の気持ちに寄り添っていく。稽古中、役がどういう気持ちなのかを掴みきれない俳優のそばにいき、「その(台詞の)言い方だと意味が分からなくなるかも」と一緒に首をかしげる。
「脚本に書いてある意味と、本心は違うと思った方がいい。それが戯曲のおもしろところ」と声をかけ、「もう一度やってみようか」とシーンを繰り返していく。
小山の演出は、俳優たちにとって「良い意味で俳優任せ」だという。霧矢は「まずやってみてください、と言われます。最終的な立ち位置や、シーンのイメージはあるけれど、そこに辿り着くまでは自由なので、自分で考えないといけない」と身を引き締める。そのやり方は、丁寧に誠実にルルに向き合っている霧矢に合っているようにも見えた。
この日は、ルルがお金を稼ぐために、自ら男性を誘うシーンの稽古をしていた。『魅惑的な魔性の女をめぐる物語』と聞いてイメージする女性像とは違い、霧矢が演じるルルの表情は疲れ果て、やるせなく、生気がない。低く響く声が物悲しい。入れ替わり立ち代わり登場する、ルルに惹かれる男性ら(広瀬彰勇、多田直人、山本匠馬、霜山多加志、中村彰男)と、これまたルルを愛する女性ゲシュヴィッツ(紫城るい)たち。それぞれが複雑な感情を覗かせ、悲しく、重苦しい空気が稽古場に流れていく。
ルルは物語を通して、様々な表情を見せる。というのも『LULU』は、ルルの人生の中のいくつかのシーンを描いているのだ。最初の結婚、二度目の結婚、そしてまたいくつもの出会いの中で、ルルは周囲を翻弄し、自らも翻弄されていく・・・。
物語の展開が早いので、劇中で描かれてないところで何が起きているのかを、創り手が埋めていかなければいけない。時には、話し合いに稽古時間を費やすことも多いそうだ。様々な時代を演じるからこそ「俳優は目の前のことに一喜一憂するだけ」と、多田は言う。「とにかく、役として懸命に生きることがこの作品では大事。そうしている人物たちをどうコーティングするかは演出の小山さんのさじ加減ですし、真剣に生きる僕たちを観て何を思うかは、お客さん次第だなと思います」。
その瞬間を生きようとする俳優たちに、小山は役の気持ちだけでなく、見せ方もアシストする。演技する俳優に対して「その台詞を言われた時の表情、きっとお客さんは気になると思うから、大事にするといいかも」と、観客の視点を伝える。
俳優の自主性にゆだねながらも、客席からの目線を大事にしつつ、同時に役の気持ちに寄り添う演出は、俳優に安心感を与えるのかもしれない。俳優自身から、小山に向かって「このシーンで、どれくらいの気持ちでやればいいかと迷ってるんです」と相談する。演出家と俳優が互いに刺激を与えあい、可能性を探っていくような稽古場だった。
霧矢は、本番間近に迫る今の気持ちをこう語った。「タイムリミットが近づいているという不安と焦りを感じています。脚本や役を理解しようと頭でっかちになっていて、まだ身体の中にストンと落ちてないんです。もっともっと追いこんで、自分の感情と役の感情がリンクしたら楽しくなるはず。そうなるまでは、めんどくさいし、しんどいのは仕方がないですね。でもきっと、いつか霧が晴れる日が来てね、という願望を胸に、誠実に向かっていきます」。
笑顔でゆったりと役について話す霧矢。しかし、ひとたび演技が始まると、その表情と声はガラリと変わる。緊張感の走る稽古場で、俳優たちと演出家の丁寧な作業が続いていった。
(取材・文/河野桃子、写真/宮田浩史)