杉本彩×相馬圭祐『いなくなった猫の話』至近距離で種を越えた「愛」を目撃する2人芝居

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2018年8月12日(日)まで、東京・Performing Gallery & Café 絵空箱にて『いなくなった猫の話』が上演されている。本作は、2017年8月に「森奈津子芸術劇場 第一幕~パトス編~」で上演された同名の1作品を、2人芝居にしたもの。出演は、前回も主演を務めた杉本彩と相馬圭祐。

会場である「絵空箱」には大きな常設カウンターがある。きっと、通常はそこにスポットライトが当たることはないのだろうが、この2人芝居は、いわばこのバーカウンターが「舞台」である。

ゆったりと設けられた客席は、そのカウンターに向かって、Lの字型に設置されている。繊細な表情一つ見逃したくない2人芝居において、見える角度はとても重要だ。ましてやこの舞台、客席とステージに境目がないのだ。

『いなくなった猫の話』舞台写真_2

原作者でありバーテンダー経験もある森奈津子氏考案レシピによる、物語にちなんだウェルカムドリンクをサーブしていたバーテンダーが姿を消し、客電が落ちる。そこへ黒いドレス姿で現れる美しい女性。アンニュイな雰囲気でカウンターの中に立ち、L字型の客席に座った“店の客”に向かってくだけた口調で語りかける。

彼女の名は小夜(杉本)。紅桜共和国第一宇宙空港近くの古いビルの一階にある、このバー「微睡亭(まどろみてい)」の女主人である。一日の接客を終え、そろそろ店じまいのようだ。ジンを一杯、また一杯とあおるように飲み干したところへ、時間はずれの客が訪れる。

姿も見ずに追い返そうと振り返った瞬間、小夜は思わず言葉を飲み込む。立っていたのは、老年の猫型ハイブリッド(相馬)。小夜はかつて、彼と同じ猫型ハイブリッドを育てたことがあったのだ。自分と同じ人間のように老猫ハイブリッドに接し、小夜は昔語りを始める。

『いなくなった猫の話』舞台写真_4

上演時間は1時間。そのほとんどが小夜の語りによって進行していく。杉本演じる小夜の感情表現は、驚くほどに豊かだ。ひとりぼっちで生きてきた小夜。早熟にならざるを得なかった孤独な少女時代の暗い目。そして偶然拾い育てることになった幼い猫型ハイブリッド“影郎”との出逢いの場面では、まるで慈しむべき小さな命が目の前に存在するかのようなまなざしを。また、人間とは異なる時間軸で姿形を変えていく影郎に当惑する場面では、息を呑むような色気を。その声色で、表情で、色彩豊かに表現していく。

そんな小夜の一人語りに耳を傾ける老猫ハイブリッド。演者である相馬のきめ細かな表情や仕草も見逃せない。ほとんど台詞のない、受けの芝居。彼は小夜の言葉を聞きながら、その一言一言に対し、その老猫ハイブリッドにしか知りえない心の襞をふるわせる。そこに言葉はなく、大きな身振りもなく、しかし、それがひしひしと伝わってくるのは、彼の表現力と、この小さな劇場の距離感が生み出す奇跡であるようにも思える。

『いなくなった猫の話』舞台写真_5

2人芝居は初挑戦という杉本と相馬。共に猫好きで知られ、「人見知り」という共通点もあるという。この2人の研ぎ澄まされた演技を、まばたきの音も聞こえるような至近距離で体感することができる。

しかし、この芝居、静けさだけではない。演出の古川貴義は、この地続きの臨場感を、音と光を巧みに使い、戦場にも変えてみせる。そしてそこで2人が見せる緩急が、ドラマとしての高揚をぐいぐいと引き上げていくのである。場所と時空を軽々と行き来し、本来そこにはいないはずの人格を浮き彫りにしてみせる演出の魔法は、2人芝居であることをもいつしか完全に忘れさせた。

小夜の吐露する最後の台詞について、杉本は「生きとし行けるものすべてが知るべき真理」と語っている。もがきながら、声をうわずらせなから、それでも伝えたかったその言葉とは。小夜の勇気に、老猫ハイブリッドならずとも心が揺さぶられる。

『いなくなった猫の話』舞台写真_3

「もう一回観たい、こんどは別の角度から見える座席で」。終演後、涙を拭きながらそんなことを考えていた。この2人のこと、きっと回を重ねるごとに、より一層心の機微を深めてくるに違いない。残席僅かとのことであるが、当日枠も用意されているという。次はどんな感情を発見できるだろうか。

Zu々プロデュース 森奈津子芸術劇場 第1.5幕 2人芝居『いなくなった猫の話』は、8月12日(日)まで東京・Performing Gallery & Cafe 絵空箱にて上演。

(文/吉野淡雪、写真/NORI)

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