『たとえば野に咲く花のように』『パーマ屋スミレ』『焼肉ドラゴン』と、日本の影の戦後史を描いてきた鄭義信(チョン・ウィシン)が手掛ける舞台『赤道の下のマクベス』が、2018年3月に東京・新国立劇場 小劇場にて上演される。これに先駆けて2017年12月18日(月)に本作のトークイベントが同劇場にて開催され、鄭と、出演者より池内博之、平田満が登壇した。
物語の時代は、1947年の夏、第二次世界大戦が終結した頃。シンガポールのチャンギ刑務所は、BC級戦犯の死刑囚となった朴南星(パク・ナムソン/池内)ら朝鮮人の元捕虜監視員たちと、元日本軍人の黒田(平田)など、複雑なメンバーで構成されていた。BC級戦犯の彼らは、わずかばかりの食料に腹を空かせ、時には看守からのリンチを受け、肉体的にも精神的にもぎりぎりの日々を送っていた。死刑執行をひたすら待ち続ける日々・・・そして、ついにその日を迎えた彼らは―。
もともと、2010年に韓国・ソウルにて現地の劇団のために鄭が書き下ろした本作は、今回日本版として大幅改訂して日本で初上演される。改訂について、鄭は「初演では、冒頭に現代の話があり、そこから1947年の話にさかのぼる展開にしていたんです。でも日本のお客様は現代の話がなくてもきっと理解してくれるはず。そう思って削除しました」と説明した。
池内は、台本を読んだ感想を「このような史実を知らず、恥ずかしかったです。自分の勉強不足を指摘されたようでした。学ぶ機会をくださった鄭さんに改めて感謝を伝えたいです」と述べながら、隣に座る鄭に頭を下げていた。それに対し「いえいえ・・・」とちょっと照れたように、鄭もお辞儀を返し、舞台上にはほんわかとしてムードが流れた。
平田は、台本を読み「ドキュメンタリーや映像作品などで、BC級戦犯という人がいることは知っていたんですが、その実体までは知らなかったんです。実は昔、父が戦争に駆り出され、沖縄に送られました。傷痍軍人として戻ってきましたが、一切戦争や戦地のことは語ろうとはしませんでした」と、自身の父の姿を思い出したという。
鄭は「歴史に翻弄される、消えてしまいそうな人たちが、そこで生きたということを記録として留めたいという思いで戯曲を書いてます。それが私にとって演劇の目的なんです」と言葉に力を込める。その話を受け、鄭の作品の魅力について「とても優しさを感じます。今回むさい男たちの過酷な極限状態が描かれるのに、どこか詩的なところがあり、美しさがあるんです」と平田。池内は「明るく強く生きるって綺麗だな・・・もっと自分もちゃんと生きなければと感じますね」とコメントしつつ、「実は最初、カフェで何気なく台本を読み始めたんですが、途中から本当に涙が止まらなくなってしまって!その場で号泣してしまい、これはまずい、と途中で読むのを止めたんです」と、作品が胸に刺さりすぎてしまった状況を照れながら語っていた。
鄭は、本作の上演に向けスケジュールの合間を縫って、シンガポールに今も存在するチャンギ刑務所の見学や当時の資料を探しに行ったという。鄭が語った「戦争中に日本軍がどれだけひどいことをしたのかを語るものはたくさんあるんですが、BC級戦犯の収容の話・・・弁護人もおらず、それぞれの国がそれぞれの法律やルールで戦犯を裁いていたという資料がまるで残っていなかったんです。それを知り、ますます演劇という形で記録を残したい、と思ったんです」というエピソードからは、鄭がこだわり続ける「記録する演劇」の一端が垣間見えるようだった。
話題は、鄭の稽古場の話へ。鄭自ら「僕の稽古は長いし、アジアで2番目にしつこい演出だと思います(笑)。何度も何度も繰り返しますから。そのせいか辛い思いを共有したキャストたちが結束し、舞台が終わってもことあるごとにチームで会っているみたいですよ」と言うと、近い将来の自分たちを想像したのか、顔を見合わせて笑い合う池内と平田。
最後の挨拶で平田は「60代というこの年齢で兵隊役をやることは、そうそうないと思います。今この作品をやれることを楽しみたいです」と笑顔を見せ、池内は「今、この舞台をやることの意味を感じて欲しいです。特に若い人に観に来ていただきたいですね」とアピール。最後に、鄭は「この作品が観た方の心に残る作品の一本になってくれれば嬉しいです」とメッセージを送っていた。
なお、イベント当日には本作の全出演者が公開された。出演は、池内、平田のほか、浅野雅博、尾上寛之、丸山厚人、木津誠之、チョウ ヨンホ、岩男海史、中西良介。
『赤道の下のマクベス』は、2018年3月6日(火)から3月25日(日)まで、東京・新国立劇場 小劇場にて上演される。
(取材・文・撮影/エンタステージ編集部)