2017年10月13日(金)に東京・東急シアターオーブにて『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』SPECIAL SHOWが開幕した(13日は追加公演)。本作の生みの親は、映画監督・俳優・脚本家・プロデューサーなど豊かな才能を発揮するジョン・キャメロン・ミッチェル。今回の上演は、ジョン自身が主人公のヘドウィグ役を演じるスペシャル版だ。この初日の模様をレポートする。
【あらすじ】
自由の国アメリカに渡って「ロックスターになりたい」という夢を抱いた少年ハンセル。彼は幼少時に母親からプラトンの魅惑的な「愛の起源」の物語を聞かされ、自分の“カタワレ”を見つけようと心に決める。ある日、彼は偶然一人の男と出逢い、その男に見初められ、彼との結婚の道を選ぶ。だがハンセルに待ち構えていたのは、アメリカへ渡るための“性転換手術”だった。ハンセルの股間には手術ミスで「怒りの1インチ(アングリーインチ)」が残ってしまう。
その後、ヘドウィグを名乗り渡米を果すも離婚、ベビーシッターなどをして日々の糧を得つつロックバンドを組むも、なかなか成功への道が見えず生活に追われていた毎日だった。やがて17歳の少年トミーに出逢い、愛情を注ぐようになるヘドウィグだったが、トミーはヘドウィグの曲を盗んでビルボードNo.1のロックスターに上り詰める。最愛の人に裏切られたヘドウィグは、自らのバンド「アングリーインチ」を率いて、ストーカーのようにトミーの全米コンサート会場を追い、スタジアム脇の冴えない会場で巡業する。果たして、自分の魂である歌を取り戻し、捜し求めていた“カタワレ(=愛)”を見つけることができるのか・・・?
生バンドのイントロに乗せて、ヘドウィグことジョンがステージ上にセンセーショナルに登場した瞬間、拳を振り上げてジョンを歓迎する観客たち。そこからあっという間に、劇場は「ライブハウス・東急シアターオーブ」へと早変わり。オープニング曲「America The Beautiful」「Tear Me Down」では、手拍子を取りながら、まるで物語の幕開けを祝うような盛り上がりを見せた。
自分の存在価値を探し、愛を叫び求める「ヘドウィグ」。これまで、ポスターや映画などで何度となくヘドウィグのビジュアルを目にしてきたが、ジョンの演じるヘドウィグは、実年齢を想像させない美しさと妖しさ、いい意味での醜悪さ、そして力強さに満ち溢れていた。曲の間にわざと「息が上がってキツイ」と言いたげな素振りを見せることもあったが、その直後、何ごともなかったかのようにスタスタと舞台袖にハケる。そんな茶目っ気たっぷりのポーズを含めて、愛すべき人物だった。
そんなヘドウィグの“かたわれ”であるイツァーク役を演じるのは中村中。トランスジェンダーである中村は、自身の身体的な特徴、特に声を活かした活躍を見せていた。低く太い声から柔らかな声を使い分け、ヘドウィグがこれまでに出会った様々な人物を演じ、時にはヘドウィグの台詞を日本語に同時通訳したりと、休む暇もないといったところ。もちろん声だけでなく、ヘドウィグ自身の「本音」を語る役としてもステージ上にいる中村。この舞台において、ジョンと観客の間にある言葉の壁を崩す重要な役割を担っているようだった。
ヘドウィグの人生は決して平坦なものではない。“怒りの1インチ”を残されたことはもちろん、男に逃げられ、生活は困窮し、せっかく作った楽曲は愛していた男に盗用されてしまう。
ヘドウィグはおおむね下品な表現を用いて語るが、その合間合間に胸に刺さる言葉を口にする。「何かを手に入れる時は何かを捨てなければならない」「なんで笑っているかって?笑っていないと泣いちゃうから」。この言葉を耳にした時、ヘドウィグの人生が凝集されているように思え、ひどく切なさを感じた。だがその一方で、何かを失ったり何度も挫折しても、へこたれず、立ち上がってやろう、という人間の強さや覚悟を感じさせられ、いつしかヘドウィグの言葉一つ一つに揺さぶられていく。
LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)への応援歌としての側面が強調されがちな本作だが、むしろこれはすべての人にとっての人間讃歌であることにもぜひ注目してほしい。
なお、カーテンコールでは、誰もが待っていましたとばかりに立ち上がり、ヘドウィグやイツァークたちと共に縦乗りでライブを満喫していた。約90分という昨今の舞台作品では短い上演時間だが、密度の濃い楽しさを感じられることだろう。
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』SPECIAL SHOWは10月15日(日)まで、東京・東急シアターオーブにて、10月17日(火)に大阪・NHKホールにて上演。
(取材・文/エンタステージ編集部、写真/オフィシャル提供)