2017年10月8日(日)から11月18日(土)まで東京・帝国劇場で上演されているミュージカル『レディ・ベス』。2014年の初演に続き、メインキャストのほぼ全員が続投となった今回の再演。ミヒャエル・クンツェ(脚本/歌詞)、シルヴェスター・リーヴァイ(音楽/編曲)、小池修一郎(演出/訳詞)による日本初のミュージカルとして、初演時には雑誌「ミュージカル」の2014年ミュージカル作品部門1位にも選ばれた。
レディ・ベスは、たった一人で結婚もせず45年もの長きにわたり英国を治めたエリザベス1世のことだ。彼女が25歳で即位するまでの物語がこの『レディ・ベス』である。この作品を知る時、タイトルデザインやWEBサイトなどあらゆる場所に添えられる一輪の黄色の花が目につく。この花“イモーテル”については記事の最後で触れたい。(これから先は一部、物語の内容・作品の解説に触れている。また、キャストの表記は初日を迎えた順である)
頭上には、エリザベス1世の父王ヘンリー8世の時計塔をモデルにした文字盤がある。デザインはホロスコープ(占星術で用いる天体配置図。「時の見張人」の意味)のようでもあり、そこに天文学を得意とするロジャー・アスカム(山口祐一郎)が登場し、物語を語り始める。・・・星がベスの人生を示している。しかしそこに至るまでに命の危機があるだろう、と。頭上の時計塔が、まるですべて決まっていると言わんばかりに人々を見下ろしている。
ベスを演じるのは、花總まりと平野綾。純真無垢な花總と、勝ち気な平野。国王の娘としての誇りが異なる見え方で表現されているのがおもしろい。花總は透明感のある華やかな歌声で惹きつけ、平野は芯の強さを感じさせ真っすぐに歌い上げる。ベスはプロテスタントへの信仰が厚く、アスカムやキャット・アシュリー(涼風真世)に大切に育てられている。しかし、塀の外ではベスをめぐる思惑がうごめいている。
当時、国を支配するのは17歳年上の異母姉メアリー(未来優希、吉沢梨絵)。メアリーは母の信仰したカトリックを守るため、プロテスタントを無理やりに禁じている。だが、あまりに過酷な取締まりをおこなったため、彼女についたあだ名は“ブラッディ・メアリー(血まみれのメアリー)”。民衆はメアリーの迫害に怯え、ベスを女王に、と望む声が出始める。作中には出てこないが、メアリーは民衆に望まれ、前女王ジェーン・グレイを退けて王位についた女王だ。それなのに、また民衆は別の女王ベスを望む。彼女もまた皮肉な立場である。未来は不遇な環境で歪んでしまった女を大迫力の熱演で魅せ、吉沢は周囲に翻弄されつつ倒れることのできない悲しい姿を演じた。
そんな民衆を愛しつつ、しかし一歩距離を置くのは吟遊詩人のロビン(山崎育三郎、加藤和樹)。身分の異なるベスと偶然出会い恋に落ちていく。山崎の軽やかな存在感や加藤の真っすぐな情熱は、がんじがらめの貴族にも、弾圧される民衆にもない自由な風だ。ベスを翻弄する権力者でも民衆でもないロビンだからこそ、ベスが惹かれるのは当然かもしれない。
民衆が苦しむにつれ、ベスは政治に翻弄されていく。メアリーに諫言するカトリック司祭ガーディナー(石川禅)らはベスの命を狙い、またメアリーとスペイン王子フェリペ(平方元基、古川雄大)との政略結婚をはかるスペイン大使シモン・ルナール(吉野圭吾)もベスを亡きものにしようと図る。命の危機が迫る中、アスカムには未来が見えているのかもしれないが、ベスに何も強制はしない。常にベスの気持ちを尊重し、優しく見守る。長身の山口が静かに微笑む姿が優しく物語を包んでいた。
それぞれの思惑のなか、ベスにはなすすべがない。彼女が自ら主体的に行動するヒロインではないが、その心の揺れ動きを役者二人が魅力的に演じる。花總は「私は王の娘よ」と気丈に振る舞い、そこには王女としての誇りや資質のほか、プロテスタントへの信仰心なども感じられる。日本人にはあまりない感覚かもしれないが説得力をもって体現している。平野は押しつぶされそうになる自分を奮い立たせ、国家や政治という巨大な存在の前に立とうとする。気丈に振る舞うからこそ、ベスが恋するロビンを支えに強くなる気持ちにもとても共感できる。
そんなベスを、山崎演じるロビンはあたたかく包み後押しし、加藤演じるロビンは激しく求めて力づける。
また、ベスに興味を持ち、ことあるごとに命を救うフェリペが今作に刺激を与える。初演と比較するとベスとフェリペのシーンは減っているものの、だからこそ演じる平方と古川ふたりの役者の色が強く出る。同じセリフでも、そこから滲み出るベスへの気持ちが違って聞こえるのがおもしろい。また、時代の中で揺れ動くベスと英国をあらわすような壮大な音楽の合間に、フェリペとルナールらスペイン勢による情熱的でキレのいい楽曲が挿入され、物語を引き締める。
相手役が変わることは、複数キャストの楽しみだ。それぞれのベスとロビンで演技が変わり、物語の印象も変わる。もちろんベスとメアリーとの姉妹関係も違えば、フェリペは異なる存在感で外の国から影響を与えてくる。それぞれの組み合わせによる化学反応と、これから本番を重ねることによる変化を比べてみたい。
レディ・ベスという同じ人生を生きた女性だが、花總と平野では異なる歩み方を感じられる。どちらの舞台を観るか迷う方には、日々仕事に力をそそぐ方には花總のベスを、恋愛を充実させたい方には平野ベスを・・・と言いたいところだが、自分とは違う人生にどっぷり浸れるのも演劇の楽しみである。両方を観劇して、一人のベスの違う生き方というパラレルワールドのような体験も欲張りたくなってしまう。
そして、ベスの髪に飾られた黄色い花“イモーテル(永久花)”にも注目しながらご覧いただきたい。ベスの青春のシンボルでもあり、花言葉には「不滅の愛」「黄金の輝き」などがある。その花の意味に思いを馳せると、なにげない日常や大きな選択が、ベスにとってどれほど大切なものかがわかる気がする。イモーテルを自慢するベス、つぶさないよう大事に手にするロビン、花飾りを馬鹿にするメアリー。誰から誰の手にわたり、永久に枯れない花としてどこで輝くのか・・・女王エリザベス1世の青春を、わたしたちも共に劇場で大切にしたい。
ミュージカル『レディ・ベス』は、10月8日(日)から11月18日(土)まで東京・帝国劇場にて公演後、11月28日(火)から12月10日(日)まで、大阪・梅田芸術劇場メインホールにて上演される。
(取材・文/河野桃子)