2017年8月18日(金)より、東京・DDD青山クロスシアターにて『グローリアス!~Glorious!~』が開幕した。本作は、世界一オンチな歌姫を描いた作品で、篠井英介、水田航生、彩吹真央による3人芝居。演出の鈴木勝秀はシリアスな作品を手がけることも多いが、今作は明るくテンポよく、思わず声を出して笑ってしまうコメディタッチな作品に仕上げた。
物語は、1944年ニューヨークで、絶望的なオンチながらもいつでも明るく歌い続け、熱狂的に愛された実在の歌姫フローレンス・フォスター・ジェンキンズの実話を元に描かれている。最近では、映画『マダム・フローレンス!夢見るふたり』でも彼女の人生にスポットが当たり、作品と主演のメリル・ストリープとヒュー・グラントらがゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞を受賞したことで、その存在を知る人も多いだろう。
フローレンス役の篠井は、人が良くて前向きな初老の女性を可笑しみ深く演じた。まさか誰も自分を歌が下手だと思ってはいない、という大いなる勘違いは、嘲笑の的になる。自分の顔写真入りのワインをプレゼントしたり、プロの歌手と自分を比較して「どちらの歌が素敵?」と質問したりと、相手が反応に困ることを次々と畳みかけてくる。
それでもフローレンスを大好きになってしまうのは、篠井演じるフローレンスが明るく、無邪気で、ただただ歌うことを愛していたから。劇中何度も登場する歌のシーンでは、音程もリズムもめちゃくちゃで、音域も狭いフローレンスの歌声をエンターテインメントとして再現。女形だからこそ男性の低い声や高音の金切り声も安定感があるのか、騒音ではなく“オンチの歌”として魅力的な楽曲となった。よく動く表情と華やかな衣装により、聞いて観て楽しい歌唱シーンだ。なにより歌う篠井が楽しそうで、こちらも「また歌わないかな」と心待ちにしてしまう。
水田は、フローレンスのお抱えアマチュアピアニスト、コズメを好演。ド下手なのに笑顔で夢を追い続けるフローレンスに振り回されながらも、少しずつ自分から彼女をサポートするようになる。水田の長身と爽やかな笑顔はアメリカ的な大げさなジェスチャーがよく似合い、より劇をコミカルにする。
映画版ではフローレンスとその内縁の夫を中心としていたが、今舞台はフローレンスと彼女の生涯をピアノ伴奏で支えたコズメの二人をメインに描いている。コズメからフローレンスへの親愛が育ち、その音楽活動を支えるほどに彼女がより輝いて見えてくる。客席の私たちもいつの間にかコズメと一緒にフローレンスを好きになってしまう。
二人の関係を脇から固めるのが、彩吹だ。フローレンスとコズメ以外のすべての役を一人でこなす。フローレンスの友人、コック兼家政婦のメキシコ人、フローレンスを批判する婦人・・・まったくキャラクターも年齢も違うが、どれもコミカルで安定感がある。彩吹は宝塚歌劇団雪組時代から、どんな歌も歌える幅広い歌唱力に定評があった。今作では何役をも声と動きで表現し、3人の芝居を彩り豊かにしている。また同世代の友人としてフローレンスを、彼女は夢を諦めてしまった人の憧れなの、とぽつりと評するなど、フローレンスの魅力を多角的に伝える役として、芝居に幅を与えている。
舞台音楽やコズメの伴奏は、ピアニストの栗山梢が肩代わりして演奏する。時には、コズメ役の水田と栗山が「俺はオンチの伴奏はしたくない」「そっちでがんばってよ」というふうに、目線や表情で会話をする。もちろんジェスチャーだけなので、何と言っているかは観ている側の解釈だが・・・。しかし二人のコミュニケーションは、役者とミュージシャンのコミカルなやりとりでもあるし、音楽家と音楽の対話でもあるようだ。
上演1時間45分、フローレンスとコズメの距離感が楽しい。フローレンスの歌声に頭を抱えるコズメ、コズメの困り顔が目に入らず「ねえ歌いましょう!」と無邪気なフローレンス。出会った頃はすぐにでも逃げ出したい様相のコズメだったが、お金につられ伴奏を引き受けるうちに変わっていく。バッシングを受けるフローレンスをかばい、お客さんと彼女の間に立ち彼女を守る様子はヒーロー的だ。しかし今作はお互いの関係を描くというより、その先にある“音楽を楽しむ”ということを大事にしている。
演出の鈴木は、最近では『ディファイルド』(出演:戸塚祥太、勝村政信)を演出した。主演の篠井とは『サド公爵夫人』などで共に作品を創り、信頼のおけるコンビだ。ゲネプロでは、ステージでただただ楽しそうに歌うフローレンスのように楽しそうに演じる篠井を、これまた楽しそうに演出席の鈴木が見つめていた。好きなことをやり続ける彼らの手による作品だからこそ、よりフローレンスが輝くのだろう。
『グローリアス!~Glorious!~』は、9月15日(金)まで東京・東京・DDD AOYAMA CROSS THEATER(DDDクロスシアター)にて上演。その後、全国5ヶ所を巡演する。日程の詳細は、以下のとおり。
【東京公演】8月18日(金)~9月15日(金) DDD青山クロスシアター
【東京(江東区)公演】9月20日(水) 江東区文化センター ホール
【金沢公演】9月22日(金) 北國新聞 赤羽ホール
【富山公演】9月23日(土) 富山県民会館ホール
【大阪公演】9月25日(月) サンケイホールブリーゼ
【神奈川公演】9月27日(水) 杜のホールはしもと ホール
(取材・文・撮影/河野桃子)