演出家・蜷川幸雄氏の遺作となった舞台『尺には尺を』が、5月3日(水)午後10時より、衛星劇場にてテレビ初放送される。
’16年の5月から6月にかけて彩の国さいたま芸術劇場 大ホールで上演された本作。喜劇でもあり、シェイクスピアの“問題劇”とも評される作品の世界を藤木直人、多部未華子、辻萬長らの魅力的なキャストが構築し、大きな評判を呼んだ。
舞台はウィーン。この街を治める公爵のヴィンセンショー(辻萬長)は、全権をアンジェロ(藤木直人)に委任し、外国に出かける振りをして変装した姿で国内にとどまる。公爵は身分を隠して民の声を直接聞こうとしていたのだ。法に対して寛容な公爵の統治に不満を持っていたアンジェロは、婚約者を妊娠させた若い貴族に死刑を宣告する。貴族の妹・イザベラ(多部未華子)は、兄の死刑の取り消しを求め、アンジェロに面会するのだが、何とアンジェロはイザベラに恋をしてしまい・・・。
本作で物語の芯となるヴィンセンショ―公爵を演じた辻萬長は「今までの50年以上に渡る役者人生の中で、初日を迎えることがここまで怖いと思ったのは初めての経験・・・とてつもないプレッシャーだった」と、当時を振り返る。「蜷川さんがいなくなってしまったのは寂しいし、本当に悲しいことだけれど、稽古場や本番中に出演者同士でそのことについて語る機会はほぼなかったと思う。それよりも、心の中で蜷川さんのことを偲びながら、何とかこの作品を成功させようとそれぞれが必死に戦っていたんじゃないかな」
シェイクスピアの喜劇でもあり問題作とも評される本作。「あんなとんでもない結末を迎えるだけに、初日の幕が下りる時までは、お客様の反応が予想できなくて、正直不安な思いもあった。だけど、初日のカーテンコールで“良かったね、良かったね”と、皆さんが笑顔で拍手をしてくださって・・・それがとても嬉しかったなあ。また、この作品の大きな魅力のひとつがイザベラの存在。ホン読みの段階からとにかく多部さんが素晴らしくてね。カンパニー全員が彼女の虜になっていたと思うよ(笑)」
自身が演じた公爵については「最初はもっと、しかつめらしい人物かとも思っていたんだけど、途中から“待てよ、こいつ、本当は人に好かれたい八方美人じゃないのか”と稽古場で気付き、それからは俄然、視野が広がった。この作品の構造として面白いのは、お客様は全員、公爵が変装していることを知っているのに、登場人物たちはそれを知らず翻弄されるってところだよね」
舞台上では軽々と、若々しく立ち回っていた公爵だったが「体力的にはキツかったよ(笑)。体を鍛えるのは好きだけど、持久力は落ちていくからね(笑)。だけど、ラストに説得力を持たせるためにも、そこは頑張った!」
蜷川氏との縁も深い。「最初に蜷川さんの演出作品に出させてもらったのは、平幹二朗さん主演、築地本願寺で上演した『オイディプス王』の時。急遽呼ばれて出演することになったから、いろいろ大変なこともあってね。それから二作品くらい、応援みたいな形で出演して、蜷川さんから“この借りは必ず返すから”って言われていたんだ。だけど、芸能界の約束なんていい加減なことも多いから、あまり真剣には聞いていなかった。だけど蜷川さんはちゃんとそれを覚えていて、浅丘ルリ子さん主演の『欲望という名の市電』にミッチ役で呼んでくれてね・・・あの時は嬉しかった」
蜷川幸雄という存在について「僕にとって蜷川さんは“演出家”そのもの。他の誰にもできないスタイルを確立してそれをやり遂げた凄い人。多分、蜷川さんは僕の芝居に“純粋さ”を求めていたんだと思う・・・稽古場で怒られた記憶もないんだよ」と語る辻。最後に笑顔でこう締めくくった。「シェイクスピアの問題劇・・・なんて聞くと、難しい芝居を想像する人も多いかもしれないけど『尺には尺を』は若い世代の人にも思いきり楽しんで貰える作品。ぜひ、肩の力を抜いて観てもらいたい」
蜷川幸雄演出『尺には尺を』は、5月3日(水・祝)午後10時より衛星劇場にて放送される(再放送は5月14日(日)午後4時より)。
(取材・文/上村由紀子)
(舞台『尺には尺を』 撮影/渡部孝弘)
(辻萬長 撮影/宮田浩史)