2017年3月から5月にかけて、東京・新国立劇場ではシリーズ「かさなる視点—日本戯曲の力—」と銘打ち、日本近代演劇の礎となった昭和30年代の名作を、30代の気鋭演出家3名を招き連続上演する。2016年11月28日(月)には取材会が行われ、新国立劇場演劇芸術監督を務める宮田慶子、『白蟻の巣』を手がける谷賢一、『城塞』の演出を担当する上村聡史、『マリアの首—幻に長崎を想う曲—』の小川絵梨子が作品への思いを語った。
演劇芸術監督の宮田は「日本の戯曲を大切にしたいと思っていますが、これまで、なかなか日本の戯曲を取り上げてこられなかったんです。同時に、30代で脂が乗っている(谷、上村、小川)演出家たちに、日本の演劇界を引っ張っていってもらいたいという思いもあり、いい場所を提供したいとこの企画を立ち上げました」とその意図を明かす。今回取り上げる3作は、いずれも戦後から高度成長期へ向かう時代の中で執筆された名作であるが、これについては「今、平成の時代を中心に活躍している彼らが、どういう風にこの作品群に切り込んでいってくださるのか。それが今回の一番の見どころになってくれたらいいなと思っています」と期待をのぞかせた。
谷が担当する『白蟻の巣』は、三島由紀夫の長編戯曲デビュー作で、敗戦から10年後の1955年に書き下ろされた作品。ブラジル・リンス郊外の珈琲農園を舞台に、元華族の農園主・苅屋義郎、かつて心中未遂を起こした妻・妙子と運転手の百島健次、百島と結婚した啓子の4人の思惑が絡み、奇妙で複雑な三角関係へと発展していく様を描く。
谷は、今回の企画への参加について「二つ返事でお答えしました。もう一回、文化を掘り起こす作業をしたいと思っていた矢先でしたので、とてもハートに合致しました」と明した上で、「当時の現実に、べったりと貼りつく必要はないと思っています」と、自身の考えを語った。
上村が演出する『城塞』は、安部公房が1962年に書いた戯曲。戦争によって富を築いたブルジョア階級の責任を問う、痛烈な視点が際立つ作品だ。戦時下、「和彦」と呼ばれる男とその父が言い争っていた。父は「和彦」とともに内地に脱出しようとするのだが、「和彦」は母と妹を見捨てるのか、と父に語る。しかし、それは「和彦」と呼ばれる男が、父に対して仕掛けた、ある“ごっこ”だった。
上村は「自分の中で『戦後』というテーマを掲げて上演していこうと決めました。今、グローバルな世界の価値観と民族性、日本人の価値観がきしみ始めている印象があります。それを演劇でどう表現するのかを考えた時に、戦後の日本に目を向けることで、そのきしみを紐解く糸口になるのではないかと思い、この作品に決めました」と本作を担当するに至った思いを語り、「今、上演することで進化が発揮できる作品だと思います」と難しい作品に挑む高い意欲を見せた。
小川が担当するのは、1959年に岸田演劇賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞した、田中千禾夫による『マリアの首—幻に長崎を想う曲—』。同作は長崎を舞台に、戦争や被爆の体験を忘れようとする人々、その爪痕を残し記憶を風化させまいとする人々、さまざまな思いを詩的に、時に哲学的に描く。
小川は、「自分の中でも挑戦なので、プレッシャーや不安もあります。作品としても難しいものだと思うので、どう切り込んで行くか、今すごく考えています」と吐露。そして「(私の)父が今、75歳なので(戯曲の舞台の時代に)生きていたんです。そう考えると、ここがとっかかりになるのではと思いました。市井の人々のお話なので、生活臭をきちんと描いていくことが大切だと思います」と演出プランを明かした。
新国立劇場 2016/2017シーズン「かさなる視点―日本戯曲の力―」Vol. 1『白蟻の巣』、Vol. 2『城塞』、Vol. 3『マリアの首ー幻に長崎を想う曲ー』は、新国立劇場 小劇場にて上演される。各作品の上演日程は以下のとおり。
『白蟻の巣』 2017年3月2日(木)〜3月19日(日)
『城塞』 2017年4月13日(木)〜4月30日(日)
『マリアの首ー幻に長崎を想う曲ー』 2017年5月10日(水)〜5月28日(日)
なお、この3作品をまとめて鑑賞することができる「特別割引通し券」が、2016年12月18日(日)10:00より前売り開始(すべてA席)。申し込み方法などの詳細は、公式ホームページにてご確認を。
【かさなる視点 ―日本戯曲の力― 特別割引通し券発売のお知らせ】
http://www.nntt.jac.go.jp/play/news/detail/161011_009183.html
(取材・文・撮影/嶋田真己)