8月13日(木)、シアタークリエにて東京公演初日の幕を開けたミュージカル『貴婦人の訪問』。シアター1010でのプレビュー、金沢、大阪各公演を経て満を持しての東京上陸だ。今回日本で上演されているのは、2014年にウィーンのローナハ劇場で上演されたバージョンを下敷きにしたもの(今年のトニー賞・ミュージカル作品賞にノミネートされた『THE VISIT』と同じ原作ではあるが、ミュージカルとしては別作品)。寓話的な要素も強い戯曲とドラマティックな楽曲を演出の山田和也がどう立体化しているのか…シアタークリエでの公演の模様をレポートしよう。
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ヨーロッパの小都市・ギュレン。工場は閉鎖され、街には失業者が溢れて財政は破綻寸前のこの街で雑貨店を営むアルフレッド(山口祐一郎)と妻のマチルデ(春野寿美礼)。ある時ギュレンに“救世主”がやって来るという報せが入る。その救世主とはかつてこの街で暮らし、今は大富豪の未亡人となって巨万の富を手にするクレア(涼風真世)だ。市長(今井清隆)、校長(石川禅)、警察署長(今拓哉)、牧師(中山昇)ら町の有力者たちは、クレアにギュレンへの資金援助を頼むようアルフレッドを諭す。アルフレッドとクレアはかつて恋人同士だったのだ。
クレアは街の人々の前でギュレンへの20億ユーロにも及ぶ財政支援を約束するが、それには一つの“条件”があった。その条件とは「アルフレッドの死」。最初は悪趣味な冗談だとクレアの言葉を笑って聞き流していた人々だったが、次第に状況は変わり、誰もがアルフレッドの死を願うようになる…。
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まずアルフレッド役の山口祐一郎が“普通の人”を演じているのに良い意味で驚かされる。これまで『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンや『ダンス・オブ・ヴァンパイア』のクロロック伯爵、『ジーザス・クライスト=スーパースター』のジーザス、『オペラ座の怪人』のファントムなど、何かを超越したキャラクターを多く演じてきた山口が、本作では明るさと天然さを併せ持ち、見えない死の恐怖におびえる雑貨屋の主人を自然に体現。10代の頃、クレアに酷い仕打ちをしておきながら、再会した彼女に「一日も君のことを忘れたことはなかった」と無垢な笑顔で伝える無自覚の残酷さが胸に刺さる。
涼風真世は自身の代表作である『レベッカ』のダンヴァ―ス夫人とも一味違う、強さと冷徹さを兼ね備えたクレア役を好演。アルフレッドの前で一瞬折れそうになるものの、ラストまでほぼ険しい表情を貫き、凛として立つ彼女の背中に孤独と哀しみとが見えた。
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そして山口祐一郎、涼風真世という圧倒的な歌声と存在感を持つ二人を取り巻くキャスト陣も超実力派揃いだ。アルフレッドの妻・マチルデ役の春野寿美礼は夫を支えながらどこか心の内を明かさない複雑な人物を見事に演じ、ギュレンの重要人物である市長・今井清隆、校長・石川禅、警察署長・今拓哉、牧師・中山昇は四者四様のキャラクターを作りながら、安定感抜群の歌声を響かせる。終盤の「投票」で、この4人がどういう態度に出るのかぜひ注目して欲しい。
傷付けた側と傷を負わされた側との思いの行き違い、自らの罪をやり過ごそうとその咎(とが)を一人の人に押し付けようとする人間の弱さ、個人から集団になった時の人々の恐ろしさ、悔いても取り戻せない時間のもどかしさ、理性で片づけられない男女の愛憎…。
哲学的なテーマを含みながら、ベテランのキャストたちが極上のエンターテインメントに仕上げたミュージカル『貴婦人の訪問』。劇場でその濃密な人間ドラマとゴージャスな歌声とを共に体感して欲しい。
◆ミュージカル『貴婦人の訪問 THE VISIT』
8月31日(月)までシアタークリエ(東京・日比谷)にて上演。
東京公演終了後は福岡、名古屋で上演予定。
(文/上村由紀子)