2017年12月14日(木)から神奈川・KAAT神奈川芸術劇場を皮切りに、富山、長野、大阪、名古屋、東京にてミュージカル『HEADS UP!』が上演される。本作はミュージカルの“舞台裏”を舞台にした、いわゆるバックステージ・ミュージカル。原案・作詞・演出のラサール石井が構想に10年を費やし、倉持裕が脚本を務めた作品だ。
一つの舞台を作るために集結した“裏方のプロたち”の熱い職人魂を描き切った本作は高い評価を受け、初演時には第23回読売演劇大賞・演出家部門・優秀賞を受賞。再演にあたり、初演に続いて劇場付の雑用係・熊川義男役を演じる中川晃教に話を聞いた。『ジャージー・ボーイズ』はじめ、様々なミュージカル作品で主演を務めてきた中川が、この作品の出演に込めた思いとは―。
『HEADS UP!』の「レシピ」をしっかり作りたい
――初演より再演は緊張する、と製作発表の時に話していらっしゃいましたね。
オリジナルミュージカルということで、2年前の初演の時は、本も音楽も衣装もすべてが初めて作られるもので、事例があるようでないものでした。キャストやスタッフにはもちろん、それぞれに積み上げてきた経験はありました。そういったクリエイターが集結して作り上げる作品なので、絶対に形になるはずと思ってはいましたが、幕が本当に開くまでは不安でした。そんな中で幕が開いた時の感動・・・あの時のことを皆、口を揃えて言うんです。「奇跡の初日だ」、「化けた」と。お客さんが入って分かった、その実感を口にするんです。「これまでやってきてよかった」と言う人もいれば「なぜこんなに化けたんだろう?」と過程を振り返る人もいました。それを反芻していると「なるほど、ラサール(石井)さんはこういう作品を作りたくて、そしてお客様はこんな作品を求めていたんだな」と分かったんです。
その時の様々な思いが2年の間、薄れることなくちょうどいい感じで皆の心に残っている状態で再演が決まりました。となると、初演の奇跡が今は少し重く感じたりもして(笑)。あの時の感覚を呼び起こせるのか?今回も再現できるのか?・・・作品を作るための「レシピ」が皆の中にあるはずなんだけど、それがちゃんと残っているだろうか?って。
――作品を作るための「レシピ」、おもしろい表現ですね。
この作品にお客様が心を奪われる魅力の一つに、「この作品は僕らの日常そのものであること」「僕らが演じている世界にいるスタッフさんがいること」「その舞台を実際に作っている“本物”のスタッフさんがいること」この二重、三重構造があると思います。お客様にとっては「なんだ、このワクワク感は?なぜこんなに通いなれた劇場なのに、いくつもの演目を観てきたのに、なぜこんなにもワクワクさせられるんだろう?」そんなお客様の心を、再演でも僕らがしっかりとレシピを持って、揺さぶることができるのだろうか?そう思うと、再演できる興奮と共に緊張しましたね。ほかの再演とは明らかに違う感覚だったんです。
――中川さんが出演される作品は海外作品が多いように思うのですが、そういった作品と『HEADS UP!』と比較して思うことは?
最近ですと『ジャージー・ボーイズ』や『ビューティフル』といったミュージカルに出させていただいていますが、僕らが出演しているこれらの作品は、もちろんゼロから作り上げた人たちが別にいるわけで、僕たちはそこで出来上がったものをいただき、僕たちなりにやらせていただいています。そこにはすでに「レシピ」があるんです。作品のシステムや熱といった「レシピ」がね。でも『HEADS UP!』はオリジナル作品であり、それを立ち上げるスタートから経験しました。日本でやる時はもちろん僕らがやりたいと思いますし、作品を作る1ピースとして僕がそこにはまりたいです。
でも、もしこの作品を海外に持っていくことがあれば、変わらないための「レシピ」をしっかり作って渡せるようにならないといけないでしょうね。フォーマットという表現でもいいでしょう。誰が演じても、演出家が変わっても、この作品が観たいと望まれ、上演され続けるものになるよう、この再演で「レシピ」を完成させたいです。
――本作で中川さんが演じる熊川義男は、劇場付の雑用係であり、本作のストーリーテラーの役割も果たしていきます。初演で役作りをされる際、演出のラサールさんや脚本の倉持さんとどのようなお話をされましたか?
まず、僕は倉持さんの作風がとても好きなんです。言葉にするのは難しいんですが、音楽のような表現をするなら、そこにギターがあって、ポロンとフィーリングで弾くとどこにいてもストリートにいるような気持ちになり、そしてその音色が人間の心の声のようにも聞こえてくる感じ。ピアノをポロンと奏でるだけでもその音色の中に何かを感じさせてくれるような、そのくらい感じるものが倉持さんの作品の中にあるんです。倉持さんと劇場、倉持さんと演劇、倉持さんとラサールさん・・・そこにも何か近しいものが響き合っているように思えて。
ラサールさんからは「この役を、アッキーにやってほしいんだ」と直接お電話をいただきました。そして、熊川という役について「ミュージカル」もしくは「劇場」そのものだと感じました。「ラサールさんの思い」と言ってもいいでしょうね。かつて多くの観客が来ていた劇場が、今はさびれて朽ち果てそうになっている。そこで『ドルガンチェの馬』1001回目という公演をすることになるんですが、誰もがその作品を忘れておらず、誰もが成功させようと前を向いている。今なお舞台に立ち続けている人たち、支える人たち、それを待ち続けている観客、そんな人たちの姿を描こうと思ったラサールさんの思いの中から、熊川という人物が出来上がってきたのかなと感じながら、役作りをしてきました。
『HEADS UP!』の魅力と重なる、職人への尊敬と憧れ
――初演時、再演時と「もし自分が舞台のスタッフをやるなら?」という質問に「音響さん」と答えていた中川さんですが・・・。
最初はそう思っていたんです。が、皆の話を聞くにつれ「舞台美術もやってみたい」と今は思っています。KAAT館長の眞野純さんの奥様・松井るみさんの作りだす舞台美術が大好きなんです。同時に、舞台監督や技術監督としての眞野さんの現場もいろいろと見せていただき、そちらの仕事にも興味が湧いているんです(笑)。
舞台って、アイディアとテクニカルなことがいっぱい詰まっているんですよね。何もない空間に森を作るとか、映画の1シーンのような場所を作りだすとか。現実からお客様を一瞬にして飛躍させる・・・それって最初は「演出」の仕事だと思っていました。実際、「演出」の仕事と言っても間違ってはいないんですが、それを具体的に形にするテクニカルな部分は、眞野さんのような方がなさってきたこと。舞台監督よりも、技術監督のお仕事かな。それをやってみたいですね。
――役者の芝居を作るのが「演出家」であるならば、舞台上で見えるすべての物を考えるのが「技術監督」という役割の違いでしょうか。
技術監督がいることで、お客様に「見せたい」ものを100%作り出せるんです。すると、その舞台に出る役者も自然に高揚するんです。あたかも19世紀の街にいるような気持ちにさせられます。あのセットにこんな照明をこの角度で当てて、そこから出てきた役者の見え方のタイミングをぴたっと合わせる・・・もう技術監督というより、眞野さんそのものになりたいです(笑)。
――中川さんご自身もかなりの職人肌のアーティストだからこそ、眞野さんに惹かれるんでしょうか。
こういう方々がいるから、舞台の幕が上がる・・・それがわかっているからこそ心奪われるんですよね。それこそ『HEADS UP!』の魅力と同じで。
――最後になりますが、この再演に向けての意気込みをお願いします。
初演はオリジナル作品でしたが、この再演もまた、オリジナル作品という位置づけになると思います。それならばオリジナルって何だ?という話になると思いますが、この作品が日本で新しいエンターテイメントになる、それが立ち上がる瞬間になると思うんです。海外のミュージカル作品があって、その再演が決まっていく・・・その再演と『HEADS UP!』の再演は異なる。そのことに気が付いたり何かを感じたり目撃した瞬間、日本のミュージカルシーンはもっとオリジナル作品を欲していくと思うんです。お客様も、その醍醐味を味わってしまったら「もっと作って!もっと観たい!」と思ってくださるんじゃないかな。再演の瞬間に立ち会わないと、きっと損しますよ(笑)!
◆作品情報
ミュージカル『HEADS UP!/ヘッズ・アップ!』
【神奈川公演】2017年12月14日(木)~12月17日(日) KAAT 神奈川芸術劇場<ホール>
【富山公演】2018年1月20日(土) オーバード・ホール
【長野公演】2018年1月26日(金)・1月27日(土) サントミューゼ 大ホール
【大阪公演】2018年2月2日(金)~2月4日(日) 新歌舞伎座
【愛知公演】2018年2月15日(木)・2月16日(金) 刈谷市総合文化センター アイリス 大ホール
【東京公演】2018年3月2日(金)~3月12日(月) TBS 赤坂ACTシアター
【脚本】倉持裕
【原案・作詞・演出】ラサール石井
【作曲・音楽監督】玉麻尚一
【振付】川崎悦子
【公式HP】http://www.m-headsup.com/
【公式twitter】@KAATHEADSUP
【出演】
哀川翔/相葉裕樹、橋本じゅん、青木さやか、池田純矢
今拓哉、芋洗坂係長、オレノグラフィティ、陰山泰
大空ゆうひ、中川晃教、ほか
(撮影/エンタステージ編集部)