2023年3月19日(日)に、舞台『カスパー』が東京・東京芸術劇場 シアターイーストにて開幕した。初日前日に公開舞台稽古が行われ、会見には寛一郎、首藤康之、ウィル・タケット(演出)が登壇した。
本作は、日本でも大ヒットを記録したヴィム・ヴェンダース監督作『ベルリン・天使の詩』の脚本家としても知られ、2109年のノーベル文学賞受賞作家であるペーター・ハントケがドイツ人孤児のカスパー・ハウザーを題材とした創作戯曲。社会と隔絶されていた青年カスパーが突然、社会に現れ、突然プロンプターと呼ばれる謎の男たちに「言葉」や「社会のルール」を教え込まれ、自分が「社会」の中で生きていること、その中で生きていかなければならないことに気がついていく。この様子を社会にとらわれていく1人の青年として描き、個人と社会、そして教育とは何かについて現代に突き付けてくる。
主人公カスパーには、映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『菊とギロチン』などで数々の賞を受賞し、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にて公暁役の好演も話題になった俳優の寛一郎。寛一郎は、これが舞台初出演にして初主演となる。
そのほかに、バレエやコンテンポラリーダンサーとしての華々しいキャリアを持ちながら、昨今は俳優としての活動でも注目されている首藤、昨年『ピサロ』で今作の演出のウィルとも組み、大いに信頼されている下総源太朗、そして文学座若手俳優の萩原亮介がカスパーを「言葉」の世界へと誘い、調教する3人の謎の男“プロンプター”として出演する。さらにカスパーの分身役として、小野寺修二作品の常連俳優でもある王下貴司、麿赤児率いる舞踏集団の大駱駝艦から、高桑晶子、小田直哉、坂詰健太、荒井啓汰といった精鋭艦員も出演。
演出は、渡辺謙主演の舞台『ピサロ』や堤真一主演の『よい子はみんなご褒美がもらえる』などで日本でも人気の英国人演出家ウィル・タケットが務める。
囲み取材では、まず寛一郎が「やれることはやったのかなと思います。1か月間、本当に皆さんに助けられ、恵まれた環境の中で、やっと初日を迎えられるなという気持ちです」と初日を迎えて心境を語った。
首藤は「とても難しい芝居なので、最初は台本を理解するまですごく時間がかかりました。すべてを理解しているかどうか、不足している部分もあるかもしれませんが、本番が始まって学ぶことも出てくるなと思いながら、とにかく稽古したことを出していきたいと思います」と意気込んだ。
演出における苦労について、ウィルは「稽古場に入ってからは苦労はありませんでしたが、イギリスで1人で台本に向き合っていた時が一番大変でした(笑)。幸運にもスタッフとキャストに恵まれて、日本に来てからは大変なことはなかったです」と答えた。
初舞台ということで、映像の仕事との違いについて、寛一郎は「芝居の仕方というのはそこまで違いはないです。だけど、1か月間、稽古をして、2週間ぐらい本番があるというシステム自体の経験は初めてですし、映像では瞬発力みたいなものが必要ですけど、舞台は持続性と持久性と自分を客観視しながら常にやらなきゃいけないという戸惑いと違和感が最初ありました」と説明し、「それに、ウィルから愛のある教鞭をとっていただきました。稽古場では『なにくそ!』と思いながらやっていましたけど(笑)」と稽古を振り返った。
寛一郎にとって「最初で最後の舞台」と本作で銘打っていることについて、寛一郎は「『カスパー』という作品に本当に惚れ込んでいたというのもあるので、この公演が終わったら僕の中でも舞台はもういいかなと(笑)。それはネガティブな意味ではなくて、本当に恵まれた環境の中でできたので、意気込みということで、“最初で最後”という思いでがんばりたいと思います」と明かした。続けて、再演となった際に出演の意志を尋ねられると、寛一郎は「絶対にいやです(笑)」と即答し、笑いを誘った。
そんな寛一郎について、ウィルは「初舞台が僕と一緒で本当にかわいそうでした。申し訳ないです(笑)」とジョークを飛ばすと、寛一郎も爆笑。改めて、ウィルは「彼は素晴らしい演技をしてくれています」と称賛を送り、「たぶん映像の仕事に早く戻りたいと思っているかもしれないですけど、また舞台をやってほしいです。もう(映像の世界に)戻っちゃダメ」とコメントすると、会場から笑いが起こった。
本作の本質的なテーマについて、ウィルは「この芝居自体は『自分たちが、なぜ人間であるか』という要因であったり、『なぜ人間が社会に入れるか、社会でやっていけるか』ということを問いかけるということが本質的なテーマです。言葉は、お互いに攻撃し合うことにも使いますし、お互いに励まし合ったりすることにも使うと思います。今の社会ではSNSで、皆さんは言葉の選び方というのを気をつけながら生きていると思いますが、そういったことにも共通する部分があると思います」と解説。
寛一郎も「この戯曲は言葉を大事に扱っていて、普段、僕らが普遍的に使っている言葉というものの本当の意味を、ちゃんと理解したうえで、僕らは言葉を使っているのか、ということも含めて、この舞台を、今これをやりたいという僕自身の思いがあります」とウィルに同調しつつ、思いを明かした。
この作品の魅力について、首藤は「16年間、牢獄に閉じ込められて、社会から遮断されて生活している中で、そこから一つずつ『言葉や様々な社会のルールや秩序』を学んでいくという話です。そこで我々が、カスパー自身が何を思い考え、何を見ていたかという物語だと思うんです。今の情報過多な社会の中で生きている僕たちに必要なテーマを投げかけていて、僕はこれを読んだ時は、「皆、一回カスパーに戻らないといけないな」と思いました。そんなことを観に来ていただける方にも考えていただけたら嬉しいなと思います」と期待を寄せた。そして、バレエダンサーとして活躍する首藤は、記者から「バレエを披露するシーンは?」と質問を受けると、「ないです!」と即答し、会場は爆笑に包まれた。
ステージ上には、中央にカスパーが文明社会に適合するための教育を受ける場所として、ソファー、テーブル、イス、洋服タンス、そして下手に、首藤らが演じるプロンプターたちが着くテーブルというシンプルなセットが組まれており、転換なしのワンシチュエーションとなっている。
舞台は、暗闇の中に横たわるカスパーが、プロンプターたちが見守る中で、まるで操り人形のごとくカスパーの分身たちに体をぎこちなく操られながら始まる。16年もの間、世間から隔離され、地下の牢獄に閉じ込められていたというカスパー。それは、カスパーのぎこちない振る舞いと、まるで獣かのごとく言葉にならない言葉を発する姿からもはっきりと想像させられる。やがて、プロンプターたちの調教により、言葉を知っていくカスパーだが・・・。
囲み取材で登壇者たちが“言葉”の重要性を語ったように「言葉の拷問劇」とも呼ばれる本作。まるでカスパーが囚われていた地下牢獄のような隔絶された空間で行われる、プロンプターたちによる「調教」というの名の言葉の拷問。プロンプターから次々と投げかけられる“言葉”によって、カスパーが意志を持った時に、彼に待ち受けるのは、自由への扉なのか、それとも悪夢の始まりなのか。
このカスパーという難役を、舞台初出演にして、初主演の寛一郎が、迫真の演技で見せてくれている。外界との接触、他人との接触がまったくなかったカスパーが保護され、「言葉」の意味を知り、文明社会に突然放り込まれていく中で、カスパーに訪れる変化と、そこから生まれる叫びと訴え。それを寛一郎が言葉と身体表現を駆使して、まざまざと見せつけ、観る者の目を奪う。
カスパーは何と出会い、どこへ向かい、そして何を手に入れ、何を失うのか。明確な答えは手に入らないかもしれないが、社会で当たり前のように暮らす我々にとって根本から考えさせられ、内面をえぐられるような観劇体験が得られる奥深い作品となっている。
『カスパー』は、3日31日(金)まで東京・東京芸術劇場 シアターイースト、4月9日(日)に大阪・松下IMPホールにて上演。上演時間は約75分を予定。
(取材・文・撮影/櫻井宏充)
舞台『カスパー』公演情報
上演スケジュール
【東京公演】3月19日(日)~3日31日(金) 東京芸術劇場 シアターイースト
【大阪公演】4月9日(日) 松下IMPホール
スタッフ・キャスト
【作】ペーター・ハントケ
【訳】池田信雄
【演出】ウィル・タケット
【出演】
寛一郎 首藤康之 下総源太朗 王下貴司 萩原亮介
大駱駝艦/高桑晶子 小田直哉 坂詰健太 荒井啓汰
公式サイト
【公式サイト】https://tspnet.co.jp/whats-ons/kaspar-2023/
【公式Twitter】@TSP_produce