辻本知彦と森山未來のダンスユニット「きゅうかくうしお」は、ダンサー二人のほか舞台監督、照明、音響、映像、宣伝美術、制作、制作助手ら7名がフラットな関係で作品を立ち上げる団体だ。2年前の前回公演以降、辻本は米津玄師『LOSER』『パプリカ』など振付家としても活躍し、森山はNHK大河ドラマ『いだてん』など映像や舞台への出演が続くなど、忙しくしていた。その間も9名はSNSで情報を交換し続け、ついに本公演が実現する。
辻本と森山に、2019年11月22日(金)から始まる公演『素晴らしい偶然を散らして』について聞くと「全スタッフが出演する」「会場で米を炊く」・・・ダンスとは思えないアイデアが飛び出してきた。もともと稽古取材の予定だったのだが、「今日は踊らないことにしました」と二人はテーブルに座っていた。森山はパソコンに向かい、辻本はマッチ箱をいじって遊んでいる(ように見えた)。取材になるのか?!と少々不安になったが、それから始まった二人の話は、まるで稽古そのもののように入り込んでいったのだった・・・。
「きゅうかくうしお」は二人でスタートし、今回から9名体制になった。しかし「9名全員が出演する」とはどういうことか。辻本は「今年5月に愛知県西尾市の田んぼでパフォーマンスをしたんです。青空の下だから、ダンサー以外も全員がお客さんから見える。その時の緊張感がよかった。全員が真摯に作品に向き合っているのが感じられて、みんなをステージにあげたらおもしろいなと思ったんです」と語る。
公演では照明や音響がオペレーションしているところも見せる予定だそうだが、宣伝美術や制作はどうなるのか? 制作の村松氏曰く、「制作助手の石橋穂乃香と照明の吉枝康幸は稽古場で踊っています。実際に本番で踊るのかはまだ分からないですけど・・・。私は制作なので、普段の本番は朝はやく来て、ケータリングを用意して、チケットの準備をして、当日運営スタッフを配置して、開場してお客さんが劇場に入ったら、その間にご飯食べたりしてるから・・・自分が出演するイメージはまだできていなくて」。
そこで出ている案の一つが「米を炊く」だ。5月にパフォーマンスをした愛知県の田んぼでもち米が収穫されるということで、それを入手できないかと目論んでいる。すると、森山が「僕が今メモしたアイデアを読み上げますね。・・・寝転んでる村松、おもむろに米を炊く村松、おにぎりを握る村松→食べる村松」。どうやら森山は、ずっとパソコンで湧き出てくるアイデアを書き留めていたようだ。
さて「今日は踊らない」ということなので、いつもはどんな稽古をしているのか質問してみた。「2年前の公演の時は、『あそこはこうだ』『いや知さん、こうや』とお互いにずっと思想のぶつけ合いをして、内容を固めてから身体を動かして振付していったんです。でも今回はまだそんなに会話をしていないから、本番に向けていろいろ話したい」と辻本。
しかし“振付”と言っても、辻本が普段アーティストのPVなどでおこなっているものとは違う。二人は「新しい感覚を提供しようとしてる」と言う。見たことがないもの。これまでにない不思議な感覚を受け入れられるもの。それをおもしろく創りたい、と言う。「未來とだったらできる気がする」と辻本は強く言った。
信頼関係ができあがっている二人だが、作品への向き合い方がまったく違う。ロジカルに組み立てようとする時や、テンポよく進めたい時は森山が舵をとるが、立ち止まった時には辻本が急に「相撲やろう」などとポンと停滞を切り開く。
取材時も、森山は話しながらも「浮かんだことを文字にして頭を整理しています。ただ、やりすぎると説明的になるので、動く時は忘れますけど」とパソコンに向かう。
一方の辻本は「僕はまったくメモしないですね。残るものは残るかな」と言いながら、私物のマッチを箱から出したり入れたりして「ん~、この形が一番気持ちいいかな?」と並べている。どちらかというと感覚的な辻本は、それを活かしてグッズのイラストも手がけている。また「イラストを踊りにしてみようか」とのアイデアを受け、その場でスラスラスラと書き上げたりすることも。
二人から生まれてくるものがそのまま作品を構成するヒントになる。では、今二人の頭の中にあることはなんだろう? 質問してみると、取材・・・のはずがクリエーション(作品づくり)のようになっていった。
辻本は、作品の中で絶対に「時間軸/時系列をずらしてやろうと思っているんですよ」と語る。「あと、多様性。本番で実現できるかはわからないけれど、座席を移動できたり、動かしてみたりするのもいい。観客はパフォーマンスを見てもいいし見なくてもいい。来た人が選べる、何か新しい感覚になれたらいい。そこに気になっていることを入れていく。政治、食、LGBT・・・気になる話題を投げ入れていくと、だんだんテーマが濃くなって作品のコンセプトが定まってくる。未來はたぶん『知さん、そういうのいいねん、めんどくさいから』と言いながらも考えてくれる(笑)」。
話している辻本に、森山が「知さんって、小さい頃に生きづらさを感じてた?」と質問する。それに対しては「普通!でも中学生くらいの時はあったかな。みんな黒髪だったから、俺は金髪にした。みんなと違うことにおもしろみを感じると思ってた。でももしその時に先生に『ルールを守っておしゃれしてみ?』と言われたらドキッとしてただろうな。そしたら、黒髪のまま、歩き方を変えたりしてたかも」と振り返った。
森山は「そうなんだ(笑)。俺も歳上だからって偉そうにする人とは付き合わなかったなぁ」と答えながら「知さんがそう思うようになったきっかけはある?」と話を引き出していく。
一方で森山は、今気になってるものについて“舞踏”をあげた。「海外に出た5~6年前から“舞踏”というものが意識に引っかかっていたんです。“舞踏”って日本ではアングラで定義が曖昧なのに、海外では日本のオリジナルのダンススタイルとして認識されている。このギャップはなんだろう。以前、『六本木アートナイト』(毎年3月に行われる一夜二限りのアートの響宴)の野外パフォーマンスで、川口隆夫さん(伝説の舞踏家・大野一雄の動きを“完全コピー”するなどのパフォーマンスをしているパフォーマー)が針金か何かでできた輪っかを、パンツ一丁でもぞもぞしながらツチノコみたいに這って進んでいくだけのパフォーマンスを観て、最高におもしろいなと思ったんですよ。それが舞踏なのかは知らないけれど、踊ることって“身体に正解はない”と感じさせてくれる。最近は神楽にも興味があって“日本における身体とは何か”をイメージしていけば、自分の体も自然と変化していくのかなと」。
この日、お互いの頭の中にあることを話すのは久々だったようだ。それぞれの話に「へえ!」と頷く。また、稽古場にいる他のメンバーも耳を傾けている。森山は「こうやって話すのも、テレビやラジオに出るのも、取材を受けるのも、ぜんぶクリエーションに繋がっている。そこでうまれたものが作品に反映される」と言う。
そしてこの本番までに至る過程は、きゅうかくうしおのインスタライブ(https://www.instagram.com/kyukakuushio/)などで定期的に配信されてきた。事前にインスタライブを見た人たちに、本番で「あれがここに繋がっているのかな?」などと想像できる楽しみも感じて欲しいそうだ。けれども、この日のトークやインスタライブがいったいどうダンス公演に繋がるのだろう?
すると辻本がニヤリと笑った。「俺にとってはすごく嬉しいことなんですけど・・・前作の時、ずっと稽古を見ていた制作助手の石橋が、いざ本番で『あのリハーサルがこんな本番になるのか!』と驚いていたんです。クリエーションの過程からはどんな作品ができるのか想像できなかったんでしょうね。今回も想像できないものになると思いますけど、見たことないものを創ろうとしていますから。洒落た感じの、いい時間にしますよ」。
しかしテレビに音楽にと忙しく活躍している二人だが、なぜダンス公演をするのだろう?これに対し、森山は「仕事じゃない。単純に、僕らが今“美しい”“興味がある”“これが問題だ”と強く感じてることを表現します。自分が“こうだ”と信じる想いが強いほど、作品に反映されるはず。それってアーティストと呼ばれる人がまず絶対に持たなきゃいけない概念だと思うんです。アートってその人の人生観を少しでも深くするもの。見たことによって、生活が少しでも変化するものがアート。もちろん人によってはものすごく変化する人もいれば、まったく変化しないこともあるだろうけど、やる側としては強く信じることが大事だと思ってやっています」と断言。その言葉に、辻本は「よし、全部言ってくれた!」と納得の相槌を打っていた。
きゅうかくしお新作公演『素晴らしい偶然をちらして』は、11月22日(金)から12月1日(日)まで、神奈川・横浜赤レンガ倉庫1号館3階ホールにて上演される。
※辻本知彦の「辻」は1点しんにょうが正式表記