2016年10月5日(水)、ブロードウェイ・ミュージカル『キンキーブーツ』が初来日し、初日から全席スタンディングオベーションが起きる大盛況となった。7月から9月にかけて三浦春馬、小池徹平主演で<日本版>が上演され話題となった本作は、全曲の作詞作曲をシンディ・ローパーが書き下ろし、2013年のトニー賞において6部門を受賞。現在もブロードウェイでロングラン上演が続き、さらに世界中でツアー公演も行っている。
物語の舞台はイギリスの田舎町。チャーリーは代々続く老舗の靴工場「プライス&サン」を継がず、婚約者とともに華やかなロンドンへ旅立つ。しかしその矢先に父が急死、突然工場を継ぐことになってしまう。しかも、工場は倒産寸前だった。なんとか工場を救おうとチャーリーが選んだ道は「ドラァグクイーンのための“キンキー(奇妙な)ブーツ”を作ること」。偶然ロンドンで出会ったドラァグクイーンのローラをブーツのデザイナーに迎え、起死回生を図るのだが・・・。
ローラを演じるJ・ハリソン・ジーの存在感が圧倒的である。190cmはあろうかという長身に15cmのヒールと真っ赤なドレスを身をつけ、ドラァグクイーンたちを引き連れ、笑顔とパワーで人々を魅了する。しかし、ひとたび男性用のスーツを着れば、自信なさげに肩を落としてしまう。そのギャップからは、必死で「自分という“生”」を生きようともがく、一人の人間としての苦しみが伝わる。また、ローラが白いドレス姿で切々と歌う『Hold me in your Heart/心で抱きしめて 』は圧巻。歌の後には客席からの拍手が鳴り止まず、次のシーンに進むまでの時が止まったようだった。
一方チャーリーは、やりたい事がわからない典型的な若者だ。大都市ロンドンに出たものの、工場が倒産危機と知ったら従業員のために必死に働く。アイデアを思いついたら「世界を変える!」と興奮する姿はまるで大型犬。がっちりとした青年が無邪気にはしゃぐ様子に、「しょうがないわね」と肩をすくめてしまいそうになる。かと思えば、うまくいかなくなると焦りで周囲にやつ当たりしてしまう。何者でもない若者が、焦りと苦しみを抱え、なんとかしなければともがく姿に勇気づけられる。
この二人の交流が物語の軸である。父の望みどおり靴工場を継ごうとしなかったチャーリーと、ドラァグクイーンである自分を父に認めてもらえないローラ。父へのコンプレックスを抱えた二人が「僕たちって似ているね」とお互いの共通点に気づき、心を通わせていく。
また、チャーリーに恋する従業員ローレンも魅力的だ。日本版ではソニンが演じたこの役は、主人公の若き社長を支える可愛らしいヒロインではない。がさつで、妄想癖もあって、ちょっとお馬鹿で一生懸命。でも、とってもキュートなのだ。彼女がセックスアピール以外の魅力を発揮するからこそ、ローラの妖艶さが際立つ。
他のキャストも個性的でパワフル。ローラの存在を認められない工場の従業員ドンや、たくましい工場の女性たち、華やかな長身のドラァグクイーンたち。誰もが笑顔で明るく、観ているだけで楽しくなる。さらに次々と流れる楽曲の応酬で、ゆったり浸っている暇はない。観客はチャーリーやローラと一緒に、工場の再建に向けて手に汗握ることになる。
日本版では、ダンスのキレの良さや丁寧に揃った動きが目を引き、社会に対してもがく若者の実直さが大きな魅力だった。一方で来日版は、長身にヒールで踊るという体格的な迫力と、客席を包み込むような安心感があった。それは、長期間にわたり世界各国でツアーしてきた安定感と深みだろう。歌が終わるたびに拍手と声援が飛び、客席には曲に合わせて肩を揺らす人の波が見える。今にも一緒に歌い出しそうな気配さえ漂っていた。
舞台が終わると、誰もが先を競うように立ち上がり、大きな拍手と歓声が鳴り響いた。初日には日本版キャストたちも駆けつけ、カーテンコールでは客席から高く手を掲げ、ステージに拍手と声援を送っていた。
観客が徐々に帰り始めても、拍手は鳴り止まない。長い手拍子の後、チャーリー役のアダム・カプランが現れ、照れた表情を浮かべてお辞儀をした。客席から「こんなに良いなんて想像もしてなかった」と呟く声が聞こえる。それはそうだろう。まさか東京から一瞬でブロードウェイに来た気分になれるなんて、思ってもいなかっただろうから。
ブロードウェイ・ミュージカル『キンキーブーツ』<来日版>は、東京・東急シアターオーブにて10月30日(日)まで、11月2日(水)から11月6日(日)まで大阪・オリックス劇場にて上演。お見逃しなく!
(取材・文/河野桃子)