2024年8月23日(金)に東京・博品館劇場にて、井上和彦50周年記念公演 Kazz’s『エニグマ変奏曲』が開幕した。初日前には公開ゲネプロと囲み取材が行われ、井上和彦と関智一が登壇した。
井上和彦の節目に縁のゲストも登場
本公演は、今年に芸歴50周年&70歳という節目の年を迎えた声優・井上と声優・関による2人芝居。井上が50周年イベントの内容について旧知の仲である関に相談したところ、関からの提案によって実現したという。
フランスの劇作家エリック=エマニュエル・シュミット作によって1996年にフランスのパリで初演された本作は、アラン・ドロン主演で好評を博して以降、世界各国で上演されている。イギリスの作曲家エドワード・エルガーの「エニグマ変奏曲」をモチーフとし、ノーベル賞作家アベル・ズノルコの元へ取材のため訪れた地方新聞記者エリック・ラルセンが、ズノルコの謎めいた著書に迫るという巧みな会話のやり取りで、心理をさぐりあう2人の会話劇だ。
出演は、1973年のデビュー以来、数多くのアニメ作品や吹替作品だけでなく、舞台・映像作品にも出演しており、その活動は多岐にわたる井上と、声優として数多くのアニメ作品や吹替作品に参加し、また俳優としても舞台やTVドラマへの出演だけでなくバラエティ番組の司会などもこなす関。そして、演出は野坂実が務める。
すべての公演後には、井上と縁の深いゲストが登場しアフタートークも実施される。8月23日(金)のゲストは、井上が主人公・山岡士郎を演じたアニメ『美味しんぼ』のヒロイン・栗田ゆう子を演じた荘真由美。井上との共演は実に約30年ぶりとなる。8月24日(土)14:00公演のゲストは三ツ矢雄二と日髙のり子の2名。8月24日(土)19:00公演は置鮎龍太郎、8月25日(日)12:00公演は佐藤拓也、8月25日(日)16:00公演は堀内賢雄となっている。
井上和彦、思い出の地・博品館で関智一との共演に思いをはせる
膨大な台詞量の会話劇である本作。稽古について、井上は「台詞を覚えるのに3日前まで苦労していました(笑)。でも、絶対に初日までにはなんとかすると思いながら、皆さんの協力もあって、なんとかできました」と振り返りながら、「関さんが台詞を早く覚えたので、それがすごいプレッシャーでちょっと危機感を感じましたね(笑)」と胸の内を明かし、笑いを誘った。
その関は「井上さんの50周年の公演だから、立ち稽古の時に井上さんが全部台詞を覚えていたらヤバイなと思って、ちょっと頑張ってみました(笑)」と答えながら、「でも、すぐには覚えられなくて苦労しました。覚えようという気持ちになかなかならないぐらい台詞量が多かったので。勉強になりました」と稽古の苦労を語った。
本作の見どころについて、関は「タイトルにもなっている『エニグマ変奏曲』という実際にある変奏曲が、元になっているメロディはあるけど、それがなんのメロディなのかが分からない謎に包まれた曲で、それをモチーフにしたお話なんです。そういう曲をモチーフにしているので、演じていてもこの話の中でどれが本当でどれが嘘で、最終的に観客側もどういう話だったんだろうという内容になっていて、セリフにもあるんですけど、見るとおぼろげに形が現れるけど消えてしまうみたいなものになっています」と説明し、続けて「何十回も稽古をしている我々が、いまだにみんなで議論を交わすような、そのぐらい奥深いお話が見どころです」と語った。
その関の言葉を受けて、井上は「5回観ると分かると思います(笑)」とアピールすると、会場は笑いに包まれた。
ノーベル賞作家アベル・ズノルコを演じる井上は、役の魅力について「島に1人で隠れるようにして暮らしていて、全体的に超変人なんです。でも、その頑固じじいが、人としてだんだんと可愛いところもあるなとなってくるんです。やってることはあまり褒められたもんじゃないけど、なんだか憎めないところもあるので、そういうところをポイントです」とコメント。
地方新聞記者エリック・ラルセンを演じる関は、自身の役柄について「『エニグマ変奏曲』みたいな謎の人物なんですけど。感情移入できるところもありますし、なんかちょっと難しいところもあります。一見すると怖い部分もあるかもしれないけど、でもそこは本当に怖いところなのか、愛しいところなのか。本当に表裏で、そういうところが魅力でもあるのかなという感じです」と語った。
そんな関の演技に対して、井上は「普通の役者さんが演じたら、ちょっと暗い感じの役になってしまいがちなんですけど、関さんがやることによってすごいパワーがあって、明るい方向に出てきているので、観ていてとてもいいなと思っています」と褒め讃えた。
共演した印象に関して質問を受けた2人。井上に対して、関は「プライベートでも自転車で走ったり、海でヨットに乗ったりとアクティブで、『風まかせ』という自伝を書かれていますけど、そういう風まかせな雰囲気のイメージを持っていたんです。だけど、意外と台詞への取り組み方とかがすごく真面目で、しっかりと丁寧なんです。ご本人もおっしゃっていましたけど、根が真面目なんだそうです」と答えると、井上は「そんなこと言った? 冗談で言ったんだよ(笑)」とはにかんだ。
一方、関に対して、井上は「関さんは僕より19歳下なんですけど、前からずっと頼りにしている人で、イベントでもなんでも昔から頼りにしていて、相談にのってもらったりとかしています。たぶん年齢を間違えているんじゃないかな(笑)。演劇のことになると全て把握していて、舞台に出る時って緊張して、間違えたらどうしようとか思って出るじゃないですか。だけど、関さんは何もしないでスッと出ていくんですよね。これはすごいなと思います。いつか僕もそうなれたらいいなと、あと50年ぐらいかかると思いますけど(笑)」と冗談を交えて、称賛した。
そして、芸歴50周年で70歳という節目を迎えた心境を尋ねられた井上は「皆さんのおかげで50年やらせていただいて、本当に皆さんに感謝をしています。その気持ちをちょっとでも返せるようにしたいと思っています」と思いを述べ、「もうこれは2度とできないかもって思いながら稽古をしていたんですが、やっぱり50周年という節目で頑張っているうちに、これは少しでも舞台に立つということを続けていかないとダメだなって思うようになりました」と心境の変化を明かした。
井上が60歳の時に3人芝居をした話題を挙げながら、関は「70歳で僕と2人芝居だから、80歳になったら1人芝居ですね」と笑うと、井上が「そして90歳で誰もいなくなる(笑)」と反応し、会場から笑いが起こった。
さらに、50年にもわたって最前線で活躍してきた秘訣を質問されると、井上は「分かりません」と笑顔で即答しながらも、「そんながっついていたわけじゃなくて。自分で思うのは1つ1つちゃんと取り組もうとしていたのかなというのはあります。だけど、みんなそれはやっていることですけどね。それと、年を経るごとに役も変わってくるじゃないですか。その変わり時に役を振られて、今までやったことがない役だなと思うんですけど、そこから先の年齢の役にシフトしてくれていっているんだなっていうのを自分で感じて、そこにちゃんと追いついていけるようにしなくちゃなというのはありましたし、若い時からいずれそうなるだろうから、そういう風にしとこうという研究心は持ってましたね」と思い返していた。
最期に、関は「井上和彦さんが活躍されているのを子供の頃から見て、ある種ファンのような立場からこうやって一緒にお仕事をするようになって、記念すべき公演を一緒にやらせていただけるということは、すごく自分にとっても嬉しくて光栄なことです。これからお客様が入って本番ということになりますけれど、なんとか成功で終われるように力を尽くして頑張りたいです」と意気込み、「そして終わったら銀座ですから、井上さんの有り余るお金で美味しいものをご馳走してもらおうという気持ちでみんなはサポートしてます(笑)」とコメント。
その言葉に、井上は「有り余ってはないよ」と苦笑しながら、改めて「この芸歴50周年記念公演をやるにあたって、本当にたくさんの方に動いていただいて、ありがたいなっていうのは常に思っています」と感謝を述べ、「しかも、この博品館は45年前に僕がソロライブをやらせてもらった場所なんです。その後もここで『タップ・ジゴロ』というミュージカルをやらせてもらったり、朗読劇で何度もお世話になっている場所なので、とても思い入れのある、自分にとってはとても大事な劇場です。そして、ここで芸歴50周年の記念公演をやらせていただけるというのは、とても嬉しいです。一生忘れられない場所で関さんと一緒にできるのは本当に幸せだなと思います。だから、これで終わりじゃなくて、この幸せをもっと続けていけるようにまた精進しなくちゃなって思っているので、頑張ります」と意気込みながら笑顔を見せた。
真実と嘘が混濁し、謎を秘めた2人の会話が様々に変奏していく会話劇『エニグマ変奏曲』
ノルウェーの孤島で孤独に暮らすノーベル賞作家アベル・ズノルコ(井上)のもとへ、エリック・ラルセン(関)という地方新聞記者が訪れる。ズノルコの最新作『心に秘めた愛』についての取材のためだ。
これまでのズノルコの作品は哲学的小説が多かったが、今回は、ある男女の手紙のやりとりを作品にした恋愛小説で、これまでの最高傑作と評価されていた。登場人物には実在のモデルがいるのだろうか? なぜ手紙のやりとりが突然終わってしまったのか? ラルセンはそんな疑問をインタビューしていく。しかし、ズノルコの返答は納得のいくものではなく、謎めいている。
一方で、ラルセンの質問もどこか意味ありげなものが多く、ズノルコを戸惑わせる。白夜が終わり、半年ぶりの夕方がおとずれるとき、2人をめぐる衝撃的な真実が明かされていく・・・。
ズノルコの住む屋敷のリビングを舞台としたワンシチュエーションの2人芝居となる本作。エリックのズノルコへのインタビューという形式で、落ち着いたテンポの中でストーリーは展開する。しかし、謎めいた実在の変奏曲「エニグマ変奏曲」をモチーフとした物語には真実と嘘が混濁し、やがて徐々に明かされていく2人の過去と真実によって緊迫した展開へと移り、思わぬ方向へと会話が変奏していく。
さらに、白を基調とした家具などの調度品の数々と、その部屋を覆う壁を模した薄暗い布。それはまるで秘密を抱える2人の心の底に秘められた純粋無垢な真実と、それを覆い隠す嘘という対比にも思えてくる。
ノーベル賞作家という知的で落ち着いた振る舞いを見せながら、突拍子もないことを突然してしまうズノルコを、芸歴50周年を迎え、さらに円熟味を増した演技で魅力的に演じる井上。一見すると平凡な一般人の新聞記者だが、徐々に謎めいた存在となっていくエリックを、劇団ヘロヘロQカムパニーの主宰として精力的に舞台活動もこなす関が巧演。
声のプロフェッショナルであり、舞台も経験豊富な俳優でもある2人が、時にヒートアップし、時に共感し合っていく会話劇となっており、2人の一挙手一投足から目が離せない。加えて、緊迫したシリアスな展開の中でも、言葉巧みにウィットに富んだセリフ回しや演技で笑いを巻き起こせるのも実力派の2人ならではだ。
謎を秘めた2人の会話が様々に変奏し、徐々に明かされていく2人の目的と絡み合う人間関係。2人に待ち受けるものは何か。井上と関の白熱した演技合戦が繰り広げられ、井上の芸歴50周年を祝うにふさわしい見応えのある舞台作品となっている。
井上和彦 50周年記念公演 Kazz’s『エニグマ変奏曲』は、8月23日(金)から8月25日(日)まで東京・博品館劇場にて上演。
井上和彦 50周年記念公演 Kazz’s『エニグマ変奏曲』公演情報
【公式サイト】https://b-box-box.com/kazuhiko_50th/
【公式X(Twitter)】@kazuhiko_50th
(取材・文・撮影/櫻井宏充)