荒井敦史、藤間爽子らが向ける他者を渇望する視線――『いとしの儚』稽古場レポート


2021年3月6日(土)より東京・ザ・スズナリにて開幕する『いとしの儚-Dearest Hakana-』。横内謙介の名作戯曲を、横内に師事し、演劇ユニット「東京夜光」を主宰する若手演出家・川名幸宏のもと、荒井敦史藤間爽子らで上演する本作の稽古場を取材した。

『いとしの儚』は、劇団扉座で2000年に初演された作品。その後、PARCO劇場や明治座、2010年には韓国で3ヶ月のロングラン公演が行われるなど、様々な形で上演されてきた名作だ。

物語の中心となるのは、負け知らずの博打打ち“鈴次郎”と、墓場の死体を集めて鬼が創った絶世の美女“儚(はかな)”。鬼との勝負に勝ち、鈴次郎は儚を手に入れる。しかし、儚は創られてから100日間経たずに抱いてしまうと水になってしまうという。穢れを知らない幼子のような儚は、鈴次郎と共に人間として生きていくことを夢見る。

だが、孤独に生きてきた鈴次郎は儚の思いに戸惑い、博打をやめられなかった。負け知らずのはずの鈴次郎だったが、ツキの神様に見放されたかのように負けが続いてしまう。最後の勝負にも負け、儚を遊郭へと売り飛ばす羽目に・・・。

出演者には、天涯孤独な博打打ち・鈴次郎役を演じる荒井、鬼に創られた絶世の美女・儚役の藤間のほか、鈴次郎のライバルである千里眼のゾロ政役に七味まゆ味(柿喰う客)、鈴次郎と儚の運命を転がす赤鬼・鬼シゲ役に市川しんぺー(猫のホテル)など、総勢12名の俳優が集う。

取材時、稽古が行われていたのは、遊郭に売り飛ばされてしまったが、“させず太夫”と呼ばれるほどの手練手管で自らを守り抜いた儚に、100日の期限が近づく時。儚を取り巻く人間の様々な欲望と、儚の真っ直ぐな想い、そして鈴次郎が心の奥で本当に求めるものを表現するための、模索が続いた。

おもしろかったのが、稽古前のアップの様子。コロナ禍で「会話」というコミュニケーションが難しい時勢だが、本作では作品を表すキーワードの一つである「博打」になぞらえて、賭けごっこをしながら身体を動かし、稽古場を温めていた(賭けていたのは、なんと子ども銀行券!)。

稽古では演出の川名が、何度も場面を繰り返しながら調整していた。女郎屋のお鐘(砂田桃子)とその旦那・長治(草野峻平)には、「行儀が良すぎるので、小市民の緊張感がほしい」とオーダー。コミカルにしようと思えばいくらでもできそうな場面も、安易になりすぎないように、それぞれが抱える欲望を丁寧に生身の人間の皮膚の下に収めていく。

藤間は、本作の中で急成長し、一人の男を慕う女の純真を終幕に向けてどんどんと高めていかなければならない。一方荒井は、破滅へと向かう男の中に残る最後の夢を、心身共にボロボロになる中からぽろりとこぼさなければならない。互いの熱量をどうぶつけ合うか、2人は頭を悩ませていた。

そんな中、鈴次郎と鬼シゲの再会するシーンでは、川名から「自由にやってみてください」と言われた市川がここぞとばかりにテンション高く見せると、芝居を観ていたスタッフも、控えていた共演者も大笑い。作品の中で鈴次郎役の荒井が見せる絶望と相まって、市川の思い切りの良さが“鬼”という存在の異質さを際立たせていた。

最後、鈴次郎と儚の再会のシーンでは、荒井と藤間が「どう触れ合うか」と試行錯誤を繰り返していた。そのもどかしさは、ソーシャルディスタンスを求められる現代の私たちの姿にも通ずるようだった。

稽古も、マスクを常時着用しているため、俳優たちは互いの目しか見ることができない。真っ直ぐに見つめる藤間、その目を見たい、でも直視する勇気がない荒井、それでも決して目を逸らさない藤間・・・それは「他者を渇望する視線」。目は口ほどに物語るというが、2人の俳優の視線は、互いに強く惹かれ合いながらも交わることができなかった2人の心を雄弁に物語る。

この細かな感情表現は、小劇場ならではの醍醐味だ。まつげの震え一つも伝わってくるような濃密な空間に、演劇を渇望する人たちの視線が集まる瞬間が楽しみだ。

『いとしの儚-Dearest Hakana-』は、3月6日(土)から 3月14 日(日)まで東京・スズナリにて上演される。

(取材・文・撮影/エンタステージ編集部 1号)

コメント紹介

◆川名幸宏(演出)
師匠である横内さんの本を演出できること、とても光栄です。コロナ禍、こんなにも自分が、人恋しくなる生き物なんだと驚きました。人の心の中には、人と触れ合わざるをえない“何か”が“ある”と私は信じて疑いません。今、「いとしの儚」を読んだとき、抱き合いたくても抱き合えない鈴次郎と儚が、その信じる気持ちを後押ししてくれた気がしました。密を避ける日々に極限の密の物語を。ご期待いただければ幸いです。

◆荒井敦史(鈴次郎役)
鈴次郎を演じます荒井敦史です。作品としてその時その瞬間に、何度でも変化していく可能性があるなと感じています。それを繊細に時に大胆に表現する。自分にとっても挑戦です。川名さん演出『いとしの儚』がどう皆様に届くのか。自分自身もとても楽しみです。劇場でお待ちしております。観劇に来てくださる方、そして自分達も健康で駆け抜けられる様に精一杯がんばります!

◆藤間爽子(儚役)
これまで幾度となく演じられてきた『いとしの儚』。どこをどう探しても、今の私の中に儚はいない。追い求める愛もない。こんな時、どうやってこの世界に飛び込んでいけばいいのだろう。そうか、儚のように人を信じ、言葉を信じ、その場を生きることができれば、私はわたしの儚を見つけることができるかもしれない。こういう状況下の中、芝居ができることを幸せに思います。よろしくお願いいたします。

【公式サイト】https://hakana2021.com/

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