元劇団四季の後輩から、吉原光夫の下に届いた、1通の手紙。そこには手書きで、「プペル&ブルーノ」を演じて欲しい理由が、びっしりと書かれていたという。鼻つまみものとして世間から忌み嫌われる、プペル。演劇界の異端児、吉原光夫。「彼にしか、この役は演じられない」と考えたアシスタントプロデューサー小野功司さんの想いに応える形で、『えんとつ町のプペル』、初ミュージカル化への実現は動き出していった。
西野亮廣による絵本『えんとつ町のプペル』が、ミュージカルとして2021年11月14日~28日にて、東京キネマ倶楽部で上演される。主演を務めるのは、ここ数十年演劇業界のトップランナーであり続けた吉原光夫。劇団四季ライオンキングのムファサ役、『レ・ミゼラブル』歴代最年少32歳で主演ジャン・バルジャンを演じるなど、その演技力・歌唱力、表現は誰もを魅了してきた。
そんな彼が、プペル出演を発表。演劇業界の異端児とも言われる彼は、「異端として思われたくて生きてきたわけではない(笑)、疑問を疑問のままにしたくないだけ」と、穏やかに語る。
初台本読み合わせの有料配信など、新たな挑戦を続けるミュージカル「えんとつ町のプペル」。この新たなアプローチを、演劇界の重鎮はどう受け取っているのか。「変わらなければいけないところまで来ている」と話す、本人の言葉に耳を傾ける。
人生2度目となる、手書きの手紙でのオファー
――ミュージカルに出演することになったきっかけを教えていただけますか?
今はアシスタント・プロデューサーに入っている小野君が、以前所属していた劇団四季の後輩で、在団中は認識していなかったんですけど、ラブコールをいただいたんですよね。
今までの俳優人生20年で、一度だけ手紙をいただいて出演を了承したことがあったんですけど、それ以来二度目となる、長文の手紙で依頼をいただきまして。その手紙に、熱い想いや、それにかける情熱。プペル&ブルーノをなぜ吉原光夫にやらせたいのかなど、すべて事細かく書いてあったんです。
今時、手書きの手紙で想いを綴る人って、結構減ってきている。その想いには答えなくちゃいけないのかなと思ったんです。変な奴だったら嫌だなと思って、劇団の知り合い何人かに連絡して、ちゃんと確認はしましたよ。そうしたら人間性も評価がすごく高かったので、想いを受けて立とうと思ったんです。
――可能な範囲で、そこに書かれていたことをお聞かせいただけますか
彼がこの作品に携わって舞台化できるとなったとき、プペル&ブルーノ役で浮かんだのが俺だったんですって。もしかしたら劇団四季の頃から、結構“異端的”だったからかもしれないですね。
――そのイメージがシンクロしたと
別に逆らうつもりはなかったんですよ。でも、よく考えてみると小学生の頃から反抗的な子といわれた、というか、不思議なことを不思議なままで、しまいたくない性格というか。なんでそうなのか、知りたくなる性格かもしれないですね。その辺を小野くんが、会ってもないのにそう感じているのが、面白いなと思いました。
あと、演出上プペルとブルーノを同一人物が演じるのに、僕は違和感があったんです。でも、ブルーノの魂をプペルが引き継いでいる、1人が2役演じることでその血の流れをしっかり見せたいと言われて、俳優として面白いなと思ったのもあります。
――原作はもともと知っていましたか?見た印象を教えてください
全然知らなかったです。その小野くんの手紙と一緒に絵本が送られてきて、その絵本を見て知りました。僕は「はねトび」を見ていた世代なので、あの西野さんがこんな繊細な絵を書かれるんだなと、びっくりしました。
悪いところも持っているのが人間
――「えんとつ町のプペル」は、裏側にある西野さんの挑戦ストーリーも魅力のひとつです。作品を通して、批判や賞賛に触れてどう感じましたか?
キャスティングやスタッフクレジットが発表された時、皆さんバッシングを受けたんですよね。まず思ったのは、会ったことも直接話した事もない人をバッシングすること、そしてその方と仕事をする人も纏めてバッシングするのもなんか興味深く感じました。世間での西野さんは、評価とともに酷評もしっかり持っている方なんだなと思ったんです。
俺は人生において思うんですけど、誰からも嫌われていない人って怖い。やっぱり悪いところも持っているのが人間で、嫌われているのは、そういうところをさらけ出している人。僕も叩かれがちな俳優なので(笑)、西野さんの気持ちが全てではないですけど、わかるなと思いました。
――プペルに出演しますというツイートにも、いくつか批判的なコメントが来ました。これに関してどう受け取りましたか?
批判の中にお金を稼ぐ事に対してのネガティブな意見もあったのですが、それは違うのかなと感じました。
芸能やエンターテイメントをやっている人は、沢山お金をもってるイメージがあるかもしれないですが、やはりみんなお金を稼がなければやっていけないし、どこのプロダクションも制作費用を捻出するために、日々試行錯誤している世界。。新たな試みをリスペクトしたいと自分は思います。そして他の作品は良くて、この作品はダメと言われるのは、面白いなと思いました。
ただ、「稼ぎ方」についてはまだ議論の余地はあると思います。
プペルの面白さは、その世の中の構図を明確に表しているところ。搾取される側と搾取する側に対して、ベラールという人がいて、見せてはならないものを煙で隠す。その問題点をすり替えて、そこだけで論争させるのは、まさに日本的だなと思います。書きづらいでしょ(笑)。
演出家は全ての答えを持っている人ではない
――役のお話をお伺いします。プペル&ブルーノは今回同一人物が演じますが、演じるうえでどのようなことを意識されていますか?
まず全体として、ファミリーミュージカルであるのをすごく意識しています。いつも自分がやろうとしているものより、ポップでなくちゃいけないし、わかりやすくあるべきだと思う。よりお客様が思うエンターテイメントに近いほうがいいだろうなと、心がけています。
もう一つは、西野さんが「絵本よりも映画の方が今回の舞台の原作に近い」と言われたので、映画のマクロな世界を、この舞台でどう表現するかですね。役柄や役の特徴・世界感を舞台上でどう変換して表現するかは意識しています。舞台で映画はできないから変えようではなく、原作を違うテイストでどう表すか、西野さんとお話ししながら考えています。
――映画と舞台のプペルで自分でも違うなと思うところは?
僕の感覚としては、演じる人が変われば絶対変わると思っているので、窪田さん(映画のプペル役)に寄せようとは思っていません。
僕の場合は今43歳で、世の中で起きていることは大体わかっている状態。でも、プペルは何も知らない。何か言葉を聞いたときにおうむ返しするとか、“知らない”行動などは、自分の子どもの反応から引っ張ったりしていますね。
――周りには一流の役者さん、スタッフがいます。一緒に作品を作り上げる中でどういった手ごたえを感じていますか?
西野さんが初演出で、舞台の経験もあまりない。だから、そこから出てくる突拍子もない発想や、お笑いの独特な感性や間、笑いに対する集中力や執着は、エッセンスとして取り入れています。
逆にデメリットは舞台演出をやったことがないので、稽古場がいい意味でも悪い意味でもとっちらかるんですよ(笑)。それを、僕も含めたみんなで意見を出し合いながらやっている感じですね。序盤は喧々囂々というか、色々な意見が出て崩れ去りそうな雰囲気もありましたが、それはどこの稽古場もそう。カンパニーがみんなの意識や鼓動を感じ始めて、シーンもひとつずつ落ち着いて作り始められてからはうまくいってます。
――吉原さんは超一流の現場で演じられてきた役者さんです。西野さんや瀬戸口プロデューサーは当然、舞台に慣れていない中で作品を作りあげるわけですが、その進行に関しては楽しんでいる形ですか?
勘違いしてはいけないのは、演出家は全ての答えを持っている人ではない、ということ。自分がわからないものはわからないと言っていいし、みんなから答えを探りたい、やってみて生まれるものもあるわけです。それなのに、演出家は先生でなくちゃいけないみたい風潮が、日本の演劇にはまだ少し残っている。
そうではなくて、役者さんやスタッフさんとバディを組んで、わからないものはわからない。演出家が困った時は役者がパスを出すのもあっていい。どうしても日本の演劇の現場はディスカッションが少ないから、みんなで後から居酒屋で文句を言ったりする文化がある。でも、稽古場で演出家にわからないと言ったり、演出家がわからないことに対してみんなでこうじゃないかと話すのは、当たり前だと思うんです。僕は割とそこにワクチンを持っているので、嫌ではないですね。それが、すごくストレスフルな人もいると思いますけどね。
――社会の縮図のようなものですよね
めちゃくちゃ似てますよね。スムーズに行った人生ほど面白くないのと一緒で、スムーズに行った稽古ほど面白くない本番だったりもするんですよ(笑)
新たな取り組みへの挑戦。もう興行収入だけでは良い舞台は作れない
――台本読み配信があったじゃないですか。「俺は嫌なんです」とおっしゃっていたと思うんですけど。
嫌です。ほんとに嫌です。
――やはりそれぐらい、台本読みは大切なものですか。
内部でも賛否が出たんですが、本読みって役者にとってすごく大切な時間なんですよ。演出家と勝負するじゃないですけど、そこにブレが生じるのは、 役者としてしたくない。
初本読みとか初日とか、役者は強がりますが、みんなすごくビビるもの。まさに“清水の舞台から飛び降りる”って言葉ぐらい怖いもの。だから、その配信に価値を求めるなら、それが本当の稽古初日であるべきか?など疑問は今でもあります。
ただ、セトちゃん(瀬戸口プロデューサー)や、彼らのやろうとしていることには賛成なんです。我々はチケット代の収入だけで良い舞台をお客様に届けれるのか限界を感じる時がある。だから他の価値を生んで、それを商品化していかないといけない。でも、その商品が役者やスタッフの重荷やストレスになるようなものであるべきなのかは、考えなければいけないと思っています。
――個人的にそのSNSのメッセージは、ベテランも新たな文化を取り入れて前進しなければいけない、新しい観点を持つべきなんだとのメッセージと受けとりました。
ある種、やるって決めたからには嫌な顔してやりましたけどね。嫌な顔して稽古場に行って、やりましたけど(笑)。やらなきゃいけないことはわかっているし、やらなくちゃいけないところまで演劇が来ていると思いますが、そのやり方を試行錯誤するにはもっとみんなの知恵が必要だと思います。
何か1つ、守りたいと思うものを見つけて欲しい
――非常にメッセージ性の強い作品だと思うんですけども、吉原さんが作品から受け取ったメッセージはどんなものですか?
青臭い本だと思うんですよ。言っている言葉も西野さんが思っていることも、今の世の中は、ホントに本通り。叩かれるようなことを口に出して、真っ正面からズバっと切っている。声を上げるというのは、自分にリスクを持つということ。実際は、無言実行の方が楽ですよね。できなかったら、言わなかったで済ませられるから。ただ、口に出すことで、すごく力になっていくのはある。
我々は常にストレスを持って生きている。でも、それがなくなったら解放されるのかと言ったらそうじゃない。ストレスってある程度かかっていないとダメらしいんですよ。期待やプレッシャーは、かかって当然。ただ、今の世の中はプレッシャーやストレスをハラスメントと捉え始める。だからそれによって人が切り返す力・受けて立つ力が弱くなっている気がしているんです。上の人たちがストレスをかけないようにすると、人は受けて立たなくなってくる。確かにそのほうが楽ですよね。
でもやっぱり西野さんを見ていると、立ち向かうことの重要性がわかる。僕も“響人(ひびきびと)“という集団を持っていますが、人が受けて立ってくるとこっちも疲れる。自分がプレッシャーを与えた分、返ってくるんです。それをまた受けて立つから、すごく疲れる。
んで、やっぱり楽がしたくて生きてるわけではないのならば、生きる事とは疲れる事だと思うんです。
本当に青臭い言葉で時代遅れかもしれないですけど、「星はあるのか?見たのかよ?」って一人ひとりが言い出したら、この日本という国はいい意味で“疲れる国”になると思います。
――このミュージカルを見てお客様にどのようなことを感じて欲しいですか?
深く掘ると色々難しいことも出てきますが、何か1つ、守るものを1つでいいから見つけて、それに向かってまっすぐ上を見て進むことは、大事なんじゃないかなと思います。
俺は、自分なんかにはもったいない素晴らしい家族に恵まれていて、
全てを失っても家族がいる。その1つを守れば良い。主人公のルビッチは、プペルに出会ったことで、その何か一つ守るものが明確になった人だと思うんですよね。その守りたいものを、ずっと持っておくのは大事なこと。たくさん友達を作ったりコミュニティーを広げるより、何か1つ守るものを見つけてもらえたらいいかな。
それも青臭いですかね。でも、今回は「臭い」っていうセリフがいっぱいあるから。そんな感覚を持つミュージカルではあるとは思います。
そんなこと言っても伝わらないかな?どうなんだろう。でも、全然面白いと思いますよ(笑)。
【公式ホームページ】https://poupelle-musical.com/
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ミュージカル『えんとつ町のプペル』公演情報
上演スケジュール
2021年11月14日(日)~11月28日(日) 東京キネマ倶楽部
キャスト・スタッフ
プペル&ブルーノ 吉原光夫
ルビッチ 笠井日向
ベラール 岡幸二郎
ローラ 知念里奈
スコップ 藤森慎吾
レベッカ 田野優香
アントニオ 竹下瑠花
ダン 宮川浩
スーさん 乾直樹
ダンサー 杉原由梨乃
ダンサー 加賀谷一肇
【原作・脚本・演出】西野亮廣
【作曲・音楽監督】Ko Tanaka
【英歌詞】Jessica Wu
【オーケストレーター】August Eriksmoen
【訳詞】長島祥
【振付】SHOJIN