2019年3月16日(土)に東京・シアタークリエで開幕した舞台『十二番目の天使』。原作の小説は、全米ベストセラーとなったオグ・マンディーノの代表作。日本でも2001年の刊行以来、多くの人に親しまれている。今回、主演の井上芳雄をはじめ、栗山千明、六角精児、木野花、辻萬長らを迎え、初舞台化。その公演の模様をレポートする(ティモシー/リック役は大西統眞と溝口元太、チームメイトのトッド役は城野立樹と吉田陽登のWキャスト)。
(※取材公演のWキャストは、大西・城野バージョン)
ビジネスで大きな成功を収め、故郷に戻ったジョン(井上)。人々に英雄として迎えられ、妻サリー(栗山)と息子のリック(大西)に支えられ、幸せの絶頂にあった。しかし新生活を始めようとした矢先、サリーとリックを交通事故で失ってしまう・・・。
「サリーとリックのいない人生なんて、もう一瞬も耐えられない」・・・ジョンが絶望し、人生に幕を下ろそうとした時、幼馴染のビル(六角)が訪ねてきた。ビルは地元のリトルリーグのチーム監督を引き受けてくれるよう、ジョンに頼みに来たのだ。そのチーム「エンジェルス」の監督を引き受けることにしたジョンは、ティモシー(大西/二役)という少年と出会う。
ティモシーは人一倍体が小さく、運動神経も悪い。ミスばかり繰り返す彼だが、しかし、決してあきらめることなく練習に励んでいた。その姿にジョンは愕然とする。ティモシーの姿に、リックが重なって見えたのだ。ジョンはチームの監督を引き受け、二人の距離は縮まっていく。しかし、ティモシーはある重大な秘密を抱えていた・・・。
物語は複雑なものではない。すでに原作を読んだことがある方も多いだろう。また、結末も早い段階で予想がつくかもしれない。そんなシンプルな物語だからこそ、“大切なもの”が際立つ。登場人物たちの一喜一憂する姿や、前向きさ、誰かを真剣に思う気持ちが、観る者の心に優しく伝わってくる。
開幕前のコメントで、井上は「他に類を見ない演劇のスタイルと言っていい」と述べている。確かに、台詞にはジョンの内面の心情を丁寧に描写した語りが多い。独白や、収録音声を使って、丁寧にジョンの心のひだを紐解いていく。会話で話を展開したり、人間関係を見せたりする演劇というよりも、心情を丁寧に語る手法は、ミュージカルに近いようでもある。それは、ミュージカル俳優として数々の舞台に立ってきた井上を、主軸に据える配役に合っているのかもしれない。また、小説の中で描かれている登場人物の心情を大切にした脚本からも、原作へのリスペクトと愛情を強く感じる。
また、どう舞台化するのか疑問の声が聞かれていた野球の試合シーンは、舞台中央の回転する盆を活用。ゆっくりと回転するグラウンド、時々差し挟まれる映像によって、試合シーンが日常生活とは少し違う特別なこととして、客席からスピード感や高揚感を想像できる演出となっていた。
物語はジョンの内面を丁寧に伝え、ジョンの視点で進む。その上で、井上の真っ直ぐな演技は、家族を失った苦しみを際立たせる。絶望の淵にあるジョン。ティモシーに出会った驚き。少しずつ野球にのめり込んでいくさま・・・迷い、戸惑い、悲しみ、喜びがストレートに伝わってくるので、こちらもジョンの気持ちに引き込まれる。
さらにジョンは、一人で部屋にいる時は亡くした妻、息子、母、父と会話する。家族の幻影。ジョンとビル以外は俳優が二役を兼ねているので、観客は、視覚的にもジョンの心の深淵に寄り添うことになるのだ。ティモシーとジョンの記憶の中の息子ニックだけでなく、栗山がティモシーの母と記憶の中のジョンの妻、木野がジョンの身の回りのお手伝いさんと記憶の中の母、辻が町を見守る医者と記憶の中の父を演じる。二つの役が重なって、現実と幻影を行き来するジョンの心情が、演劇ならではの手法で表現されている。
井上の野球帽&ジャンパー姿は新鮮に感じるかもしれない。スーツ姿の井上は育ちの良さを感じさせる着こなしとすらりとしたシルエットで、誰にも賞賛される成功者らしく、ティモシーの母親曰く「住む世界が違う雲の上の人」だ。しかし、そのジョンがボールとグローブを握り、試合に熱中する姿は、町の人々との距離を縮めていく様子そのものでもある。
井上と辻と木野は、2013年に上演された『イーハトーボの劇列車』でも、本作と同じ鵜山仁の演出で家族を演じている。再び同じメンバーで家族となることにより、安定感や信頼が感じられる。きっと深く愛し合っていた家族だったのだと、説得力がある。
栗山は数年ぶりの舞台出演にかなり緊張していたようだが、高い集中力で力強く物語の中に立っていた。息子を思うあたたかさ、試合を見守り興奮する様子。一気に感情が高ぶり、涙が溢れでる姿に、言葉にはしないけれど母親が抱えているだろうこれまでの努力が伝わってきた。
ティモシーはこの物語において“十二番目の天使”となる中心の存在だ。大西の素直な演技からは、強さと健気さが漂う。一方で、チームメイトで才能あふれるピッチャーのトッドを演じる城野は堂々とした姿で、良い四番なのだろうとチーム「エンジェルス」の雰囲気を感じさせる。二人の組み合わせには、応援したくなる少年野球チームの魅力があった。
ジョンの親友として物語を動かしていくビルは、独特な六角の佇まいを際立たせる。明るくテンポの良い語り口は、この物語に軽やかさを与え、ジョンを暗闇から引き出す身軽さと感じの良さがあった。彼に誘われたら、うん、ちょっと外に出てみようかな、と思える。
本作はストレートプレイだが、事前に、井上が最後に歌唱することが発表されていた。絶望のただ中にいたジョンにゆったりと寄り添う物語の、その先で歌われる「白いボール 青い空へ」(曲:宮川彬良、詞:安田佑子)。丁寧にジョンの心の痛みを紐解いてきたからこそ、井上の歌にじっくりと聞き入ってしまう。
誰もがいつかは直面する、家族の死。大切な人との別れと苦痛。簡単に乗り越えられるものではないし、乗り越えなければいけないものでもないのかもしれない。けれど・・・傷ついた心にそっと寄り添う物語は、あたたかい。それはただ、前を向いて生きるヒントだけではなく、喜びをも見つけさせてくれる。命のぬくもりを、明るく丁寧に届けてくれる、優しい舞台だった。
『十二番目の天使』は、4月4日(木)まで東京・シアタークリエにて上演。その後、全国ツアーを行う。日程の詳細は、以下のとおり。
◆公演情報
『十二番目の天使』
【東京公演】3月16日(土)~4月4日(木) シアタークリエ
【新潟公演】4月6日(土)・4月7日(日) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場
【石川公演】4月9日(火)・4月10日(水) 北陸新聞 赤羽ホール
【茨城公演】4月13日(土)・4月14日(日) 水戸芸術館ACM劇場
【香川公演】4月17日(水) レクザムホール(香川県県民ホール)大ホール
【福岡公演】4月19日(金) 久留米シティプラザ ザ・グランドホール
【福井公演】4月21日(日) 越前市文化センター
【愛知公演】4月24日(水) 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
【兵庫公演】4月26日(金)~4月29日(月・祝) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
※辻萬長の「辻」は一点しんにょうが正式表記
(取材・文・撮影/河野桃子)