小劇場から帝国劇場まで自在に駆け抜ける俳優・成河の一人芝居『FULLY COMMITTED(フリー・コミティッド)』が2018年6月28日(木)に東京・DDD青山クロスシアターにて幕を開けた。全38役を一人で演じて7月22日(日)までの約1ヶ月で30公演こなす。
ゲネプロ前の会見で成河は「今回は、肺活量!」と述べたが、まさにジェットコースターのような怒涛の喋りっぱなしの1時間50分だ。「やったことないことをいっぱいしますし、(お客さんも)観たことのないものを観ることになると思います」と意気込む。本作はアメリカの雑誌「タイム」で2000年に演劇トップテンに選ばれたコメディ。ニューヨーク・マンハッタンにある四つ星レストランの地下の予約電話受付室が舞台だ。
【あらすじ】
クリスマスソングが聞こえ始めた、ある冬の日。クリスマスは恋人と過ごす日本と違い、アメリカでは家族と過ごす大切な日だ。しかし数カ月先まで予約が埋まるセレブも御用達のレストランではクリスマス休みなど望めない。俳優志望で予約受付係のサムは、来たるクリスマスを一緒に過ごしたがる父親をなだめながら、引きも切らない予約電話に追われていた。舞台のキャッチコピーと同じく「超人気!ご予約はお早めに!!」状態である。
しかもこの日は同僚のボブは遅刻し、すべてを一人で対応しなくてはならない!予約電話は、金持ちの社交界夫人、日本人観光客、大柄でタフなフランス女、医者、下っ端のマフィア・・・個性的すぎる面々ばかり。さらにレストラン側の支配人、カリスマ・シェフ、変り者のボーイ長、ドミニカ共和国出身のコック、優しいウェイトレスまで、サムに連絡をしてくる。
次から次へと迫る電話のベルに追い立てられるサム。どれもこれも厄介な内容ばかり。でもサムが待ちわびているのは、俳優としてのオーディションの結果通知だった。だが、その電話だけがサムにかかってこない・・・。
一人38役とはどう言うことだろうと思うが、成河いわく「観ていただいたら分かります。何してんの(笑)!?って思いますから(笑)」。その言葉どおり、観て納得。部屋中の電話の向こうの37人を、口調や仕草を変えて一人で演じ分ける。観客に見えているのはサムだけ。衣装はそのままで、すべての役のセリフを演じる落語のような構成だ。
成河は会見で「一人芝居だけど、これはちょっと変。モノローグ(相手なしに言う独白)がなくて、会話だけで紡いでいく一人芝居なので、非常に無茶をしています。37歳で自分ができる無茶を散々詰め込んでいただきました。ものすごく鍛えられましたね。とくに肺活量!」と本作を説明した。
ニューヨークといえば人種のるつぼ。ヨーロッパをルーツに持つアメリカ合衆国だが、ニューヨーク市における西洋系アメリカ人は全人口の30パーセント強。南米やアフリカ系、超セレブやのんびりした田舎の夫婦などが入り混じり、電話越しの37人も超個性豊かだ。それぞれを特徴的に演じる成河の37変幻と、相手によって見せるサムの対応の変化と慌ただしさに巻き込まれ、客席の熱量も上がっていく。180人ほどの劇場なので、サムの表情や指先の苛立ちまで見える。時には観客のひとりずつに視線を合わせ、直接訴えるように喋ったりと、濃密な臨場感がある。サムが怒ったり泣いたり頭を抱えたりするたびに、客席からは笑い声が上がった。
あまりの忙しさにまかないを食べ損ない、合間に俳優としての自分の悪評を聞かされるなど、散々な一日を過ごすサム。だが逃げ出すこともなく、予約電話を何件も保留にしながら一件一件対応していく。それだけ長時間保留で待たせているなら一瞬抜けても構わなさそうなのに、トイレをギリギリまで我慢したり、家族や困っている人の相談に丁寧にのったり、優しいんだか優柔不断なんだか。ともすれば「サム、かわいそう」と見ていられなくなりそうだが、成河の芸達者がそうはさせない。断りきれずにみんなの無理難題に対応していく合間合間に見せる表情や仕草が、サムの性格を物語る。「あくまでもサムを演じる。38人使ってサムを表現する」と言うように、怒涛の電話ラッシュの中に、完全受け身のサムの人となりが見えてくる。
「体がボロボロなんですよ」と初日前の状態を語る成河。一人で38役をこなすことについては「野田秀樹さんの演劇が好きでコピーをしたりしていたので、一人多数の演劇が好きなんです。劇団時代も落語を題材にした芝居をしたり、北区つかこうへい劇団ではアンサンブルでいろんな役をやりました」と、演じ分けることを楽しんでいる。しかし、例えば過去に『スポケーンの左手』(2015年)でも成河は4ページにわたる怒涛の長ゼリフで観客を惹きつけ驚かせていたが、喋り続ける長さはその比ではない。さらに舞台上を所狭しと動き回る。「自分で喋りながら自分の声を聞くんです。ノッてくると一人芝居をしているという感覚がなくなって、自分と自分が会話できる瞬間があります」。
成河は取材前には客席に降りて、自分の立ち位置や演技が見づらい席はどこかチェックをしていた。「お客さんは共演者だと思うんですよ。お客さんから活力をもらって一緒につくっていけたら」と、俳優・成河らしい観客とのコミュニケーションを大事にする様子が伺える。
また、関わるすべてが演劇をつくっていることにも敏感だ。「美術を見てほしいですね。共演者がいないぶん、空間や電話のベル音とどれだけ一緒にいられるかが大切なんです。一人芝居であることを忘れて観てくれたら」。
ベッキー・モードの脚本は巧みだ。サムは俳優志望で本人の人格ははっきりないが、他の37人を一人の俳優が演じた末にサムの人格が浮かびあがるという構造には、俳優という職業のあり方が感じられる。また、サムが居るのは豪華なレストランのバックヤードである。レストランで優雅で美味しい料理が食べられるように、私たちが見ている演劇の裏側でも、俳優やスタッフがてんやわんやしながら素敵な時間を創っているのかなと思わせる。舞台上からも「ショーマストゴーオン(ショーは続けなければいけない)ですから」と言い切る成河の気合が感じられる。
見どころについては「いろいろ。皆さんそれぞれであってほしい。どんな見方をしてもいい。くっだらないコメディだったなーと思ってもいいし、ものすごくプライベートな記憶に繋がっても素敵ですし、38役に圧倒されてもいいですし」と観客に任せる。
サムは終始、ものすごく献身的(=FULLY COMMITTED)だ。献身的であるがゆえ主体性がなく、自発的に電話をするのは芸能事務所に「オーディションの結果どうなりましたかね?」ということだけ。そのサムが最後に一度だけ、自分から電話をかけて放つ言葉が、サムのこれからの生き方を現していて、この作品を単なるコメディでは終わらせない。
「作品よりも先にその企画自体に飛びつきました。せっかく長期間やるので、ふらっと足を運んでいただけたら嬉しいです」。多くの観客に会い、ひとりひとりに向き合いたいと言う強い思いと舞台への愛情が感じられる成河による、演劇好きなら押さえておきたい作品であった。
『FULLY COMMITTED(フリー・コミティッド)』は6月28日(木)から7月22日(日)まで東京・DDD青山クロスシアターにて上演。
(取材・文・撮影/河野桃子)