中村勘九郎と七之助の兄弟が、男と女の絡み合う業を演じる赤坂大歌舞伎『夢幻恋双紙(ゆめまぼろしかこいぞうし) 赤目の転生』が幕を開けた。2017年4月6日(木)より東京・TBS赤坂ACTシアターにて開幕した本作は、作・演出を蓬莱竜太(劇団モダンスイマーズ)が手掛ける新作だ。台詞は現代語なので、歌舞伎を見慣れない方でもすんなりと楽しめる現代のエンターテインメントとなっている。歌舞伎の醍醐味や魅力が詰まった、赤坂大歌舞伎の魅力をお伝えしたい。
時代は江戸。一本の大木の下で遊んでいるのは、12歳の剛太(市川猿弥)、末吉(中村いてう)、静(中村鶴松)。そして、のんびりしているから「のび」とあだ名のつけられた太郎(勘九郎)。彼らのキャラクターや衣装は、人気猫型ロボットアニメを彷彿とさせ、観客は一気に舞台に引き込まれる。
少年たちは皆、長屋に住む美女・歌(七之助)に心奪われていた。しかし歌は、寝たきりの父と、博打に溺れる兄•源乃助に苦労している。成長した太郎は「歌ちゃんの傍にいるから!」と夫婦になるが、仕事が上手くいかず引きこもり状態に。何をやってもダメな太郎は、歌に迷惑をかけ続けた挙句、悪事に巻き込まれ殺されてしまう・・・。
しかし、気づくと太郎は12歳の頃に戻っていた。しかもどうやら、のんびり太郎ではなく、子分を従える屈強な男になっている。今度こそ歌を幸せにする、そう心に誓った太郎は、暴力もいとわず金を手に入れるために悪事に手を染めていく・・・。
愛した女を幸せにするために、転生を繰り返す男。冒頭では頼りない少年と青年を演じたのに、次の場では強気な悪党の顔を見せる。母性本能をくすぐられたかと思えば、男気あふれる姿には恐さを感じる。様々な勘九郎の多彩さを楽しめるだけでも、お得な気分だ。
会話は現代の若者言葉のため、聞き取れない歌舞伎的な台詞回しなどはない。現代風にアレンジされた時代劇を観ているようでもあるが、そこは歌舞伎俳優たちによる“赤坂大歌舞伎”。刃物片手に暴れる立ち回りや、ここぞというシーンできる見栄は、まさに歌舞伎の醍醐味である。
太郎が一途に求める女、歌を演じる七之助は、迫力ある色気と業を感じさせる。男の人生を狂わせ、己の人生をも狂う、男にとっての「運命の女」を体現する。その所作には歌舞伎の女形の技術が用いられ、数秒かけて七之助が振り返った時のしぐさと声と少しの衣装の変化で、数年経ったことが分かる。瞬時に時を飛び越える、それもまた歌舞伎の技だ。
男を魅了する魔性の女について、七之助は「歌は、心の中では人間の生々しい感情が渦巻いている人。ストレートに自分の思いを言う女性なので、あんまり古典歌舞伎に出てくる女性っぽくないかもしれませんね」と分析する。
また、松井るみの美術が美しい。切り絵のような装置で、天井から刺すように落ちる雨を表現する。重みがあるのに幻想的な美術は、転生を繰り返すというファンタジックな物語に合っており、歌舞伎の持つ生々しさと夢のような美しさが同居した世界観を創り上げている。勘九郎はその美術について「お客様一人一人の思いを、装置があまり説明していないので、(観ていて)気持ちを乗せることができると思います。ぜひ、生で観ていただきたいです」と語った。
現代演劇的な表現と、歌舞伎の表現が混じりあった空間には、ピアノの音色が響く。「こんなに歌舞伎の物語とピアノが合うんだ!」と驚いたと言う勘九郎。ピアノの音は、おそらく現代人に馴染み深すぎて、古典の世界でも違和感がないだろう。またピアノ以外にも、歌舞伎お馴染みの2本の木を打ち合わせる拍子木(ひょうしぎ)も聞こえる。
2008年9月、十八代目中村勘三郎の“芸能の街•赤坂で歌舞伎を!”という一言から始まった赤坂大歌舞伎。歌舞伎初挑戦となる蓬莱は「(出演する)歌舞伎の役者さんが『新しい歌舞伎だね』と言ってくださる」と嬉しそうだ。
念願叶って蓬莱の作・演出が実現したことについて、勘九郎は「良い稽古時間を過ごせました。後はライブ感を大切にするだけ」と意気込む。作品については「まず台本が素晴らしいです。耳で台詞を楽しめて、目で美術を楽しめる。演劇として完成度が高い舞台です」と紹介した。七之助も「自信を持ってお届けできます」と頷く。
見どころについて、蓬莱は「演劇好きの人が観ると歌舞伎のおもしろさを、歌舞伎好きの人が観ると演劇を、それぞれ味わえる舞台です」と言い、古典と現代の舞台芸術の融合に手ごたえを感じたようだ。
好いた者のために何度も人生を繰り返す。愛とは、欲とは、人とは一体何なのか。赤坂大歌舞伎『夢幻恋双紙 赤目の転生』は、4月25日(火)まで東京・TBS赤坂ACTシアターにて上演。
(取材・文・撮影/河野桃子)