命を燃やすミュージカル 『ミス・サイゴン』観劇レポート!

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10月19日(水)より、帝国劇場で上演中の『ミス・サイゴン』。1992年の日本初演以来、そのスケールの大きさと音楽の美しさ、胸に迫るストーリーとで劇場全体を感動の渦に巻き込むグランドミュージカルだ。

東京公演も終盤に入った本作品の模様をレポートしたい。

ミュージカル 『ミス・サイゴン』(2016)舞台写真_2

1970年代のベトナム戦争末期。フランス系ベトナム人のエンジニアは、自由の国・アメリカに渡ることを夢見ながらサイゴンでキャバレーを経営している。戦火の中、エンジニアに拾われて店に出ることになった17歳の少女・キムは、そこでアメリカ人兵士のクリスと出会い、ふたりは一晩で恋に落ちる。共に生きようと誓い合うキムとクリス。しかしサイゴンは陥落し、互いの消息も分からぬまま、ふたりは離れ離れとなってしまう。

3年後、サイゴンはホー・チ・ミンと名を変え、店を奪われたエンジニアは、キムの従兄弟で、現在は軍の要職に就いているトゥイからキムの行方を探すよう命じられる。バラックで生活するキムを自分と一緒になろうと説得するトゥイ。しかしキムはクリスの帰りを信じてここで待つと告げる。彼女はクリスとの息子・タムを育てていたのだ。キムはタムを手に掛けようとしたトゥイを銃で撃ち、エンジニア、タムとともにボートピープルとしてバンコクに渡る。そこで彼女は思いもかけない状況の中、クリスと再会するのだが―。

ミュージカル 『ミス・サイゴン』(2016)舞台写真_3

初のグランドミュージカル出演となるダイアモンド☆ユカイは、軽やかさをたたえつつ、ギラギラした野望を胸に戦火の中を生き抜くエンジニア像を見事に構築。ビッグナンバー「アメリカンドリーム」では、夢と現実の間を行き来する様をエキサイティングに演じ切る。

ミュージカル 『ミス・サイゴン』(2016)舞台写真_4

2004年の再演版からキム役を演じる笹本玲奈。芯が通った清純さと、美しいソプラノが相まって、劇中で歌われる“月のよう”という表現がぴったりハマる。母として自らの思いを幼い息子・タムにむけて歌う「命をあげよう」はまさに絶唱だ。

ミュージカル 『ミス・サイゴン』(2016)舞台写真_5

アメリカ人兵士・クリス役の上野哲也は、戦争という極限状態の中で揺れ動く心情を繊細に演じ、クリスの戦友・ジョンを演じる上原理生は、女性を“玩具”としか認識していなかった兵士が、アメリカ兵とベトナム人女性との間に生まれた「ブイ・ドイ」救済運動を行う青年に変容する様を、時の流れとともにしっかり魅せた。

ミュージカル 『ミス・サイゴン』(2016)舞台写真_6

キムからクリスの妻・エレンへの役替えとなった知念里奈は、揺れる心の動きと妻としての覚悟、夫への愛情をたおやかに演じ、キムとは違う形の“母性”を表現。キムの従兄弟・トゥイ役の藤岡正明は、以前、クリスを演じた際とは全く違うアプローチで、祖国への愛国心と歪んだプライド、キムへの愛情の間で揺れ動くベトナム人を熱く構築し、ロンドン・WEでもジジ役を演じた中野加奈子は、切なさとたくましさの両方を宿したベトナム人娼婦を魅力的に演じていた。

ミュージカル 『ミス・サイゴン』(2016)舞台写真_7

『ミス・サイゴン』で描かれるのは、戦争という特殊な状況の中、必死で生き抜こうとする人々の“命”の物語だ。死の存在を忘れようとバカ騒ぎするアメリカ兵、彼らを心のどこかで見下しながら、アメリカへの切符をくれるかもしれないと“愛”を売るベトナム人娼婦、いつ果てるかも知れない状況の中、互いの中に希望を見出した一組の恋人たち、そしてどんな手を使ってもアメリカへ渡ろうとする野心家のフランス系ベトナム人。すべての登場人物が、極限状態に飲み込まれ、常にトップギアで感情のやり取りをする展開に、観客は胸を撃ち抜かれる。

ミュージカル 『ミス・サイゴン』(2016)舞台写真_8

胸を撃ち抜かれると言えば、二幕の終盤、キムが息子・タムに着せる洋服にも注目して欲しい。“アメリカの象徴”とも言える“ミッキーマウス”の絵柄がついた子ども服・・・これにはキムの「お前はアメリカ人として生きていきなさい」という命を賭けた決意と祈りとが込められている。だが実は、タムの服の絵柄は偽物のミッキーマウス。多分、キムは本当のミッキーマウスを知らず“夢の国アメリカ”への思いを込めて、その服をタムに着せたのだろう。

ミュージカル 『ミス・サイゴン』(2016)舞台写真_9

今回の新演出版で、ひとつの救いと希望を示唆しているのが、ラストシーンでエレンが強くタムを抱きしめる場面だ。誰もが絶望を胸に立ちすくむ中、エレンは一歩未来へと踏み出し、そこに私たちは一筋の光を見る。

シェーンベルクの美しい音楽と、新演出版でより深く掘り下げられた登場人物たちの感情のうねり、アンサンブルの完璧なチームワークとプリンシパルたちの深く熱い演技・・・それらが最高の化学反応を起こし、劇場に大きな熱を生むミュージカル『ミス・サイゴン』。その命の輝きを、ぜひ劇場で体感して欲しい。

◆ミュージカル『ミス・サイゴン』
11月23日(水・祝)まで帝国劇場にて上演中。
東京公演千穐楽後は岩手、鹿児島、福岡、大阪、名古屋の各地で巡演される。

(取材・文/上村由紀子)
(写真提供/東宝演劇部)

(キャスト名は筆者観劇時のもの)

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