2015年11月8日(日)より、東京・世田谷パブリックシアターにて、野村萬斎の立ち上げた人気シリーズ、現代能楽集Ⅷ『道玄坂綺譚』が幕を開けた。この『現代能楽集』は、能の物語をベースにさまざまな劇作家・演出家が新作をつくりあげてきた企画。今作は劇作家・演出家のマキノノゾミが作・演出を務め、平岡祐太、倉科カナ、眞島秀和、一路真輝ら、豪華なキャストが名を連ねる。
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物語のベースになっているのは、三島由紀夫の戯曲『近代能楽集』に収められた短編『卒塔婆小町』『熊野(ゆや)』の二作品。そのふたつをまぜあわせ、ひとつのエンターテインメント現代劇として生まれ変わらせる。
舞台は渋谷・道玄坂らしき場所のネットカフェ。従業員のキーチ(平岡祐太)は今日を最後にバイトを辞め、映像作家として作品を撮る予定だ。最後の出勤日に異臭を放つ年齢不詳のコマチ(一路真輝)に話しかけ、絶世の美女だったという彼女の過去を聞くことに・・・。
キーチを演じる平岡は、その甘いマスクを封印し、恋や夢に焦がれる若々しさを溢れさせていた。物語の前半を引っ張る重要な役だ。
対する一路は、ネットカフェでは腰の曲がったダミ声の老婆を演じていたが、自身の過去のシーンでは由緒ある華族の娘や美しい映画女優を、洗練された仕草で表現した。姿勢や声の出し方で年齢が変わっていく様は見事だった。また途中、鍛えられた歌声も披露した。
また時を前後して、もうひとつの物語が交差していく。
同じネットカフェでその日暮らしをしている家出少女ユヤ(倉科カナ)は、謎の大金持ちの宗盛(眞島秀和)にある「契約」を持ちかけられる。
倉科は、はすっぱな家出少女と、その12年後に美しい仕草と言葉を操る女性に成長した様子を別人かのように演じ分けた。渋谷をうろつく少女のぞんざいな言い方も、高層マンションの最上階で暮らすセレブで礼儀正しい言葉遣いも、どちらもリアリティに溢れ、その確かな演技力が発揮される。
また、今回の舞台でテレビや映画とは違う魅力を発揮していたのが眞島。気まぐれだけで大金を使う孤独な大富豪はまるで「神」のように格好良い。しかし一方で心の中は屈折しており、哀愁や厭味さえも生々しい独りの男だった。感情的に怒鳴ったかと思えば、コメディタッチな演技で観客を沸かせたりと、物語に流れる空気に緩急をつける。
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1幕ではゆっくりと展開されていた物語も、2幕が開いたとたんに一気に加速する。展開はどんでん返しの繰り返しで先が読めない。腕の確かな役者たちが脇を固め、不思議な物語に説得力を持たせる。世田谷パブリックシアターの高い天井の下、時には客席に向けられる照明が、観客を妖しげな世界へと引きずり込んでいく・・・。
演出のマキノノゾミが公演パンフレットに寄せたように、これは「人間の幸福について」の物語だ。金か、恋か、夢か、愛情か、信念か・・・さまざまな幸せの形を見せられ、どんな生き方が幸福なのかがわからなくなってくる。幕開けには予想もつかなかったストーリー展開に、見終わった後には、今がいつで、ここがどこで、どこまでが夢だったのか・・・幻を見ていたかのような気分になる。格差社会、戦争、デイトレードなど今の問題も取り上げられ、まさに現代の奇譚であった。
現代能楽集Ⅷ『道玄坂綺譚』は、2015年11月21日(土)まで、世田谷パブリックシアターにて上演。
写真提供:世田谷パブリックシアター 撮影:細野晋司