ウィリアム・シェイクスピアの37作品を横糸とし、江戸末期の人気講談『天保水滸伝』を縦糸として見事に織り込んだ井上ひさしの傑作戯曲『天保十二年のシェイクスピア』。音楽・宮川彬良×演出・藤田俊太郎で2020年に上演された本作が、約4年ぶりに再演される。
新たな座組では、2020年版ではきじるしの王次役を演じた浦井健治が、佐渡の三世次に役替わり。きじるしの王次役は、大貫勇輔が新キャストとして演じる。久しぶりの共演となった二人に、本作に取り組む意気込みを聞いた。
※本インタビューは稽古開始前に行われました
『天保十二年のシェイクスピア』出演が決まって「思わず聞き返してしまいました(笑)」
――浦井さんは、初演から役が変わってのご出演になりますが、まず出演が決まった時を振り返っていただけますでしょうか。
浦井:前回、東京公演の残り3公演と大阪公演が中止になってしまったので、まず、再び機会がいただけたことがとても嬉しかったです。志半ばだったので、みんなでまた同じ景色を観ながらリスタートしたいと思います。
でも、今回のオファーは本当に衝撃的すぎて、思わず聞き返してしまいました(笑)。僕は、初演で演じた一生さん(高橋一生)の三世次が大好きでしたし、王次として対峙しながら光と闇の想いのようなものを感じながら演じさせていただいたので、今もまだ、一生さんの演じた三世次と、自分の三世次、二人の三世次がいるような状態です。そういった意味では、初めてのお役なのに、初めてではないみたい、そんな不思議な経験をさせていただいていて、役者冥利につきるなと感じています。
――大貫さんは、浦井さんが演じていた王次を演じることになりますね。
大貫:僕は、4年前の公演を拝見していなかったもので、まずお話をいただいた時は「天保十二年?」「でもシェイクスピア?」「和物なのか?洋物なのか?という状態でした。でも、王次役を前回は浦井さんが演じていたと聞いて、「浦井さんと同じ役をやらせてもらえるんですか?!ぜひ挑戦させてください!」と二つ返事しました。どんな作品なんだろう?という気持ちと、純粋に嬉しい気持ちが同時に発生していました。
――実際に台本を読んでみて、戯曲にどんな魅力を感じましたか?
大貫:最初に通して読んだ時は正直あんまりよく分からないなと思ったんです。全貌が見えなくて、ちょっと難しいお話なのかな?と思ったんです。ぼんやりと物語の輪郭は見えるんだけど・・・という状態で。でも、演出家の藤田俊太郎さんと浦井さんと、ふうか(お光/おさち役の唯月ふうか)でディスカッションしながら、頭から最後まで読んで、説明を受けたら、初めて世界が鮮明に見えて、自分の目指すべき王次像がクリアに見えました。
藤田さんは、「井上ひさし先生は、シェイクスピアというところにフォーカスがいきがちだけれど、天保十二年という時代、江戸時代後期を生き抜いた人たちを描きたいという思いが強くあったと思うんだ」とおっしゃっていたんですね。藤田さんは前回の上演時に、シェイクスピア作品のどの作品のどこの誰の台詞が、どう使われているのか、全部書き出したらしいんですよ。その資料もいただいたんですが、それは一つの資料というだけで、大事なことはそっちではなく「群像劇」であること、この時代を純粋に生き抜いた人々の生々しい生き様だと伝えられて、すごく納得できました。
――確かに、台本で読む印象と、舞台で観る印象はだいぶ違う本ですよね。演じ手が変わることでも、また見え方が変わりそうです。お二人は、それぞれのお役にどんな魅力を感じていますか?
浦井:井上ひさしさんは、この作品を三世次の一代記として描いていると思うんですよね。一幕は一登場人物として登場し、二幕になると、王次が退場してから特に、講談のように一代記としての色が強くなっていきます。
先日のディスカッションで藤田さんが、殺められた人たちを吸収しながら自我を形成し、権力を含めて存在を大きくしていく様がこの役の面白さだとおっしゃっていたのが印象的でした。三世次自体が、いつ死んでも当然、という状況からスタートしているから、ある意味吹っ切れているんですよね。それが、狂気や色気になっていて、人間の奥深くに秘められているものというか、なぜか共感してしまうような、一言で悪と言い切れない魅力的な役になっている気がします。
大貫:僕は、最初に読んだ時はシェイクスピアの要素を大切にした方がいいのかと思って読んでいたので、演じるアプローチがありすぎて分からなくなっていたんですが、藤田さんの解説を聞いて、実際は王次という一人の人間の物語に、たまたまシェイクスピアの『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』のエピソードが当てはまっているだけとも言えるなと思ったんです。だから、もし自分がこの時代に生きていて、似たような境遇にあったとしたら十分に起こり得たであろう、一人の人間の話なんだと。最初に読んだ時と今では、王次の持つ魅力の感じ方や、王次に対しての考え方がだいぶ変わってきているのを感じます。
――大貫さんと浦井さんの間では、ここまでで王次についてお話されることはあったんでしょうか?
大貫:僕ね、初演の映像データ冒頭、王次が歌い出すところあたりまでは観たんですが、そこで「やめておこう!」と思って切った状態なんです。
浦井:うんうん、意図は分かる。
大貫:せっかく再演から参加させていただくのだから、景色を知らないままでいたいと思って。そっちの方が、きっと自分の王次を作れると思ったんです。観たら、きっと浦井さんの王次を追っちゃうから。だから、とりあえず今はいろいろ聞かないで、 ある程度できた頃に続きを再生してみようかなと思っています。
浦井:それおもしろいね。
大貫:僕、今までWキャストで出演する作品が多かったんですよ。Wキャストって、自分がするべき芝居を客観的に見ることができるので、すごく僕は好きなんです。僕にとっては強み。そういうやり方もあるのか、じゃあ僕だったらこうしようかなとか、考えるのすごく好き。でも、今回は浦井さんは現場にいるものの、久しぶりのシングルキャストなので、今は不安と楽しみが混在している状態です(笑)。
新たなキャストを迎えたカンパニー、浦井健治・大貫勇輔久しぶりの共演に期待
――今、新たなカンパニーに期待していることはありますか?
浦井:4年前の上演の時に、隊長役の木場さん(木場勝己)と藤田さんが、井上ひさしさんが書いた戯曲の前に言う前口上を作ったんですね。無観客で収録したDVDで観れるんですけど。その時、アドリブも含めて木場さんが言ってくれた言葉がすべてだと僕は思ったんです。
お客様にどう伝えるか。今の時代、どう思ってどう生きるのか。井上ひさしさんの書かれたことから、今感じることを板の上に乗せることが、我々の使命なんだなって思ったんです。戯曲に忠実でありながら、板の上で暴れ回ってエネルギーを放出することが、この座組の課題かもしれないって。
そこまでたどりつくのは大変なんですけど、今回は4年前にそれを経験している人たちもいるのでそれも強みにしつつ、この顔ぶれだからこその新しい『天保十二年のシェイクスピア』を作ることができたらいいなと思います。
大貫:新しく参加させていただく身としては、全部が楽しみすぎてどれを言おうか迷ってしまうんですけど(笑)。僕は、初めてお芝居をした『キャバレー』という作品で木場さんとご一緒していて、それ以来の共演なんですよ。13年ぶりです。ふうかとお芝居するのも『ピーターパン』以来だし、また皆さんとご縁をいただけたことが一番楽しみかな。浦井さんと絡みがないのだけが残念(笑)。
それから、僕にとっては初めての和物舞台になるので、昔の言葉を生々しい人間の言葉としてどう交わし合えるのかは、挑戦です。意外と、踊りも多いんですよね!大立ち回りがすごいということもお聞きしたのですが、まだ未知なので、そのあたりも楽しみにしています。
浦井:きっと大立回りも今回バージョンで作ると思うから、勇輔はその心持ちでいればいいと思うよ。観ている人が「おおっ!」と驚くものを目指したいって言ってたから、前回とはまたガラッと違うものになるんじゃないかな。殺陣は、その人ごとに違うものになるから、まったく印象が変わると思う。
大貫:前回は、キャストの人数の関係で、大立回りの時に、切って死んだ人が甦っていたって聞いたよ(笑)。
浦井:(笑)!!そうそう、どんだけ強いんだ!って感じだった(笑)。
――お二人のご共演は、『王家の紋章』(2021年)以来になりますよね。お互い、どんな印象をお持ちですか?
浦井:幼少期からダンスと真っすぐ向き合ってこられていて、生き様が素敵な人だなと思いますし、同世代としてもこういう役者がいることが誇らしいですね。一緒にやれる機会を得たことはとても嬉しいですし、これからも増えていくといいなと思っています。
大貫:僕、個人的に初めての役と向かい合う浦井さんを目撃できるのがすごく嬉しくて。『王家の紋章』は再演で同じ役だったでしょう。浦井さんって、みんなに優しいし、なんでも話してくれるんですけど、自分の内側はあまり見せないミステリアスな役者さんの一人だと思うんですよ。だから、そのミステリアスな部分をちょっとでも垣間見ようと、傍で観察させてもらって、どういう風に役を作り上げていくのかを見て吸収させてもらおうと思っています。楽しみというか、勉強させてもらおうと思っています。今、お芝居をすることがすごく楽しくなってきているんですよ。この作品は、もちろん歌もあるけれど、お芝居にかなり振り切っているから、そういう意味でも浦井さんをはじめ、素晴らしい役者さんたちとご一緒できることにワクワクしていますね。
――本作の音楽については、現時点でどのように感じられましたか?
浦井:4年経って分かることが多いことに気づきました。歌唱指導で林アキラさんが入ってくださっているんですけど、アキラさんがもう1回分析しようとおっしゃっていて。音楽の宮川彬良さんが戯曲を読み解いた意図が楽曲の中に散りばめられていることに気づいたそうなんです。講談の特徴や起承転結、役がこう思ってるから音もこう変わるんだ、とか。宮川さんが藤田さんとディスカッションして、時間をかけて出来上がったのがこの音楽なんだということに気づいたとおっしゃっていたのが印象的でした。
大貫:驚きの連続ですよね。だって、殺し合っているのに急にロマンス歌謡曲みたいな感じになったりするじゃないですか。マイナーコードで進行しているのに、ちょっとくすっと笑ってしまうような。でも、王次の死、別れを予感させた時に、どこか物悲しく感じる音楽になる不思議さがありました。
あとは、問題ソングが・・・。王次の曲で、3拍子が急に4拍子になったり、2拍、4拍子、4拍子と続いて、また3拍子戻ってくる、みたいな問題だらけの楽曲があるんですよ(笑)。音符の入り方もすごく独特で、まさに王次の心情を表してるような曲で、この曲を見ただけでも本当にこだわりを持って作られたんだろうなと思いました。
再構築された『天保十二年のシェイクスピア』4年前よりも濃厚なメッセージに
――再構築された『天保十二年のシェイクスピア』を、楽しみにしております。
浦井:藤田さんとお話していて、この作品の持つメッセージが4年前よりも濃厚に感じられました。この4年間で解釈が少し変わるような社会の出来事もたくさんあり、身につまされるというか、時代の変化を感じるこの時期に再演に挑めることは、すごく意味のあることだと思っています。演劇は、時代を映す鏡とも言います。井上ひさしさんの戯曲に込めたメッセージをもう一度受けとって、どうやって生きていくのかという問いを投げかける時間になるといいなと思います。
コロナ禍で不要不急と言われたこともありましたが、やはりこういった生のエンターテインメント、人から人に伝わっていくものは一生の財産だなと。その意味や意義を一層噛みしめていただけるように、我々は精進してまいりますので、楽しんでいただけたら幸いです。
大貫:僕がこのタイトルを聞いた時に「どういう作品なんだろう?!」と思ったように、初めて知る方々はすごく硬い作品に感じてしまうかもしれないんですが、群像劇であり、人間の生々しさを丁寧に描いている作品です。
天保十二年という時代は、江戸時代末期で、下民が上から虐げられている時代です。50年前に描かれていた作品ですが、色褪せず、今の時代と重なるような、まさに“今”やるべき作品だと思います。楽しみながら、いろんなことを感じ、考えて、劇場を後にする時に多くのものを持って帰っていただけたらと思うので、そうなるように、再演組として今できる全てかけて挑みたいと思っています。