映写機の廻る音、スクリーンに点滅する光、カウントダウンが始まる・・・。映画への憧憬がスウィートかつビターに展開する『キネマと恋人』が、2019年6月8日(土)に世田谷パブリックシアターにて開幕した。本作は、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)が、ウディ・アレンの映画『カイロの紫のバラ』(1985)にインスパイアされ書き下ろしたロマンティック・コメディ。2016年の初演ではハヤカワ「悲劇喜劇」賞、第51回紀伊國屋演劇賞個人賞、第68回読売文学賞を受賞。多くの観客や批評家を唸らせた。
待望の再演を迎えた『キネマと恋人』には、妻夫木聡や緒川たまき、ともさかりえなど初演時からのオリジナルキャストに加え、映像監修の上田大樹、振付の小野寺修二など、KERAの世界観をさらに強靭なものとするスタッフ陣も再集結。さらに、会場も初演時のシアタートラムより一回り大きい世田谷パブリックシアターに移し、さらにダイナミックな上演が可能に。
今回の再演版の初日について、KERAは「俳優たちは初演より深く人物を演じてくれていて、格段に『深化』したものになっていると思います」とコメントしていた。果たして、本公演ではどのような深化が見られるのだろう?その模様をレポートする。
(以下、物語の一部に触れています)
舞台は1936年(昭和11年)のとある日本の架空の島「梟島(ふくろうじま)」。そこで暮らす森口ハルコ(緒川)の生きがいは映画を見ること。その日も、島に一つしかない映画館「梟島キネマ」でお気に入りの映画『月之輪半次郎捕物帖』を観ていると、スクリーンの向こうにいたハルコの大好きなキャラクター・間坂寅蔵(妻夫木)がハルコに話しかけてくる!?さらに、寅蔵は飄々とスクリーンの向こう側から出てくるのであった。何度も映画を見てくれるハルコにいつしか恋心を寄せていた寅蔵は、ハルコを映画館から連れ出しどこかへ。映画の登場人物も映画館の観客も大パニック。
その頃、寅蔵役を演じた鳴かず飛ばずの俳優・高木高助(妻夫木)は『月之輪半次郎捕物帖』の新シリーズ撮影のため梟島に来ていた。しかし、高助は寅蔵がスクリーンから飛び出したことを聞き、急遽、寅蔵の捜索を開始。その過程でハルコと出会った高助は、映画を愛するハルコに惹かれていくのであった。映画の登場人物である寅蔵と、寅蔵を演じる高助という奇妙な関係の二人の間で板挟みになるハルコは戸惑いつつも、夢のようなひと時に身を沈めていき・・・。
本作は、まさに総合芸術の名にふさわしい演技とテクノロジーが融合したイマジネーション豊かな演劇。一流のクリエイターによって生み出される映像や舞台美術、照明、音響といったさまざまな舞台要素は、KERAの演出手腕と俳優によって一つの舞台空間の中で統合され、舞台に現れていた。
特にオープニングのクレジットシーンは圧巻だ。俳優がついたてを動かしながら、入れ替わり立ち替わり現れるのだが、ついたての動きに合わせて映像が投影され、音楽と照明も相まって、カットが変わるように場面が次々と展開する。また、それらテクニカルな要素を演技のなかに取り入れながら、KERAが書いた不条理でチャーミングで文学的な設定や台詞の数々を戯れるように演じる出演者の姿が印象的であった。
中でも、一人二役を演じる妻夫木の演技がなんとも楽しい。高木高助は、プロデューサーの注文を無視してでも、コミカルなアドリブをいれてお客さんを楽しませたい生粋の喜劇俳優だが、人気はイマイチ。そんなうだつが上がらない喜劇俳優の哀愁を、妻夫木は等身大の人間味をもって表現。しかし、スクリーンから逃げ出した寅蔵を演じさせたら一変する。達者な口上にハツラツとした動きで、まさに映画のなかの人物のような突飛な振る舞いで舞台を魅せる。このコントラストが非常にユーモラスで、どちらの役からも香りたつ茶目っ気が何ともかわいらしいのだ。
緒川が演じるハルコが、妻夫木演じる二人の人物をさらに引き立てる。竹下夢二の絵から飛び出してきたような、無垢で妖艶な女性を演じる緒川の姿はうっとりするほど美しい。また、寅蔵の出現によって現実の不満を忘れ乙女のように笑う緒川を見ていると、観客も童心に戻って、高助を含めた3人の恋模様にドキドキさせられる。
ハルコの妹・ミチル役を演じるともさかのコメディエンヌっぷりも必見だ。悲劇的な設定であるにも関わらず、それを笑いに変えるともさかの振る舞いに、客席は幾度となく沸いていた。また、“KERA語”と呼ばれる、架空の方言で炸裂する緒川とともさかのオトボケ姉妹の様子もぜひ楽しみにしてほしい。
ハルコの夫で現実逃避をしているようなダメ亭主を演じる三上市朗や鼻持ちならない人気若手俳優を演じる橋本淳、生真面目な高助のマネージャー役や娼婦おさじなど、幅広く演じ分ける佐藤誓、ことあるごとについてない映画館の支配人の尾方宣久らが絶妙な掛け合いで脇を支え、コミカルとシリアスの緩急を舞台上に放つ。さらに、KERAの劇団「ナイロン100℃」に所属する廣川三憲と村岡希美の演技で、舞台上は絶妙な安定感が生まれていた。また、身体能力の高い崎山莉奈、王下貴司、仁科幸、北川結、片山敦郎の息のあったムービングでシームレスに舞台空間を変容していくのも本作の見どころだ。
俳優それぞれの魅力とともに、映像と俳優の掛け合い、空間と俳優の創造性など、KERAの嗜好を詰め込んだおもちゃ箱のような舞台を存分に楽しんでほしい。本公演では誰もが、夢と現実が溶けあうとびきりロマンチックな時間を味わうことができるだろう。
世田谷パブリックシアター+KERA・MAP #009『キネマと恋人』は、以下の日程で上演。上演時間は、1幕95分、休憩15分、2幕95分の計3時間25分を予定。
【東京公演】6月8日(土)~6月23日(日) 世田谷パブリックシアター
【北九州公演】6月28日(金)~6月30日(日) 北九州芸術劇場 中劇場
【兵庫公演】7月3日(水)~7月7日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
【名古屋公演】7月12日(金)~7月15日(月・祝) 名古屋市芸術創造センター
【盛岡公演】7月20日(土)・7月21日(日) 盛岡劇場メインホール
【新潟公演】7月26日(金)~7月28日(日) りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場
(取材・文/大宮ガスト、撮影/御堂義乘)