2016年9月に上演される、韓国発の大ヒットミュージカル『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』の日本初演版公演が期待を集めている。実在のゴッホ兄弟がやりとりした手紙をもとにした二人芝居で、兄弟それぞれをトリプルキャストで演じる。兄であり画家のヴィンセント役は、橋本さとし、泉見洋平、野島直人。弟で画商のテオ役は岸祐二、上山竜治、入野自由だ。
今回のインタビューでは、兄弟役としてコンビを組む、橋本さとし、岸祐二、そして演出の河原雅彦に話を聞いた。
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二人芝居・実在の人物・・・・・・初めてづくしの舞台
――公演はトリプルキャストで、全5チームの組み合わせがありますね。
河原:役者が違うので、それぞれ表現の仕方が変わってくるでしょうね。舞台での2時間をどう生きるか・・・・・・いろんな人物の捉え方があります。役を深めていく中で、自然とカラーが出てくるでしょう。
岸 :とくにソロで歌うシーンでは個性が出そうですね。
河原:やはり舞台は俳優さんで変わりますからね。5チームそれぞれ、また韓国版とも違うものが観られると思います。
橋本:楽しみですね。僕がお客さんだったら全部の組み合わせを観ないと気が済まない。コンプリートしたくなる!
――橋本さんと岸さんだけは、固定の組み合わせなんですね。
橋本:バランスの問題かな?
岸 :さとしさんと(入野)自由の組み合わせだったら親子になっちゃう(笑)。実際のゴッホ兄弟が死んだ歳よりも僕らは遥かに上ですしね。
橋本:ヴィンセントは37歳だった。
岸 :ノジ(野島直人)が35歳だから、実年齢は一番近いですね。
橋本:泉見(洋平)は?
岸 :彼は僕とほぼ変わらないので・・・・・・。
橋本:嘘だ!?もっと若く見える!
――回想シーンでは10代や20代の頃も演じることになりますが。
岸 :ゴッホが絵を始める前のシーンですね。
橋本:その部分は直人にやってもらおうか。
岸 :なんで自分の負担を減らそうとするんですか(笑)。
橋本:いや、できるかなって・・・・・・もはや二人芝居じゃなくなっちゃうか。
河原:(笑)。
――二人芝居、プレッシャーもありますか?
橋本:僕、二人芝居初めてなんだよね。ちょっと怖い。
岸 :僕は先日『アップル・ツリー』で50分の二人芝居をやりましたけど、今回は倍以上の長さだから気が抜けないですね。たぶん一人芝居の方がまだ楽なんですよ。一人だったら自分が話せばなんとかなるけど、二人だと相手にちゃんと台詞を渡さないといけないから、間違えることができない。それはすごく緊張しますね。音楽も今回は生演奏ではないので、流れてくる音楽からずれちゃいけない。難しいですね。
橋本:単純に、覚える量も多いですからね。だから、ちゃんと自分に染み込ませてから稽古に行かないと追いつかないだろうな。宿題の多い舞台です。
――二人芝居もそうですが、今回は実在の人物を演じるんですよね。どんな役作りを?
橋本:僕は基本的に、役に関係することを調べずに稽古をするんですよ。現実にあるものをなぞりたくないし、自分の中から生まれてくるものじゃない何かに引っ張られるのは、すごく嫌だから。でもゴッホ兄弟は実在の人物だから、誰もがそれぞれのイメージを持っている。だから今回、僕にしては珍しく「ゴッホの気持ちになろう」と、絵を見たり生い立ちを調べたりしていますね。資料がいっぱい残っているので、それを掘り下げていく作業はけっこう楽しいです。皆さんが共感できるキャラクターに、できるだけ自分のカラーを乗せられたらいいなと思っています。
岸 :僕も同じですね。本来は、時代背景とかを調べるのはあまり好きじゃないんです。でも、ゴッホ兄弟について調べたり、その作品に触れたりしています。僕も絵を描くのが好きなので、ヴィンセントがどうやって絵を描いているのか、そこにどんな時代背景があるのかを知るのはとても楽しいです。
とはいえ、過去の事実や、韓国版の原作がどうだったかということはあまり気にしていません。台本に描かれている人物やイメージを受け取ることが大事なので、韓国版の映像を観たうえで「自分がやるならこうしよう」と思うものを選択していきます。
橋本:役について事前に調べたりするのは、役者人生で初めてだよ。
河原:あと、ヒマワリの種も蒔いたんでしょう?
橋本:そう。絵は描けないから、とりあえずヒマワリの種を植えてみた。
岸 :ヴィンセントはヒマワリを植えてはいないんですけどね、描いただけで(笑)。
河原:まあでも、大きな一歩ですね。
橋本:2週間くらい前に植えたらもう15cmくらいに育ってるよ。ヒマワリがちょっとずつ大きくなっていくのが楽しくて毎日見てる。「これが咲く頃には本番が始まるんだな~」って。
岸 :絵を描くこととあまり関係ないじゃないですか。
橋本:ヒマワリの成長とともに、本番に向けて俺も花を咲かせるぞ~って。
岸 :なるほど、そういうことか。
河原:季節を感じるという発想は日本人らしくていいね。でも、枯れたりしてね。
橋本:それは落ち込むよ!枯れたらもう僕、ヒマワリ描けない。
河原:それは頑張ってよ(笑)。
“何役も演じる”演劇ならではの面白さ
――ゴッホ兄弟の手紙が、物語のベースになっているんですね。
河原:二人が交わした700通の書簡をもとに物語が展開します。でも実際はもっとたくさんのやり取りをしているんですよ。テオはヴィンセントから届いた手紙を大事に残しているんですけど、ヴィンセントはテオの手紙を捨ててしまったらしいので、本当なら倍はあるはず。
橋本:いい加減な兄ちゃんだ。
河原:でも芝居としては残ってないのが良かった。テオの手紙が存在しないから、その人柄がわからなくて想像力が膨らむよね。兄のことを想った手紙を送っているかもしれないし、もしかしたら「いい加減にしろよ」って書いてあるのかもしれない。
橋本:そういう手紙だからヴィンセントは破って捨ててるのかもね。テオに説教されて「はいはい」みたいな(笑)。
河原:たまに会うと喧嘩もしてたみたいですしね。
岸 :実はテオが変人だったっていう考え方もできますよね。自分の家庭を犠牲にしてまで画家の兄を支えるのは、献身的な美談にもとれるけど、実はかなりの共依存なんじゃないかと僕は思ってるんです。ただの美しい兄弟愛ではなく、ギスギスしたり、二人の関係が人間の生き様として見えたら良いな。
河原:韓国版ではテオは良い人なんだよね。台本そのものに兄弟愛が強く描かれている。だからテオの演技だけで「互いに依存してます」と表現するのは難しいかもしれない。でも、ここで面白いのが、テオ役の役者は他の役も演じるということなんですよ。
――橋本さんはヴィンセント役だけで、岸さんは一人で何役も演じる?
河原:ヴィンセントを追い詰めるキャラクターが3~4役登場するんですよ。それをテオと同じ役者が演じる。なんか、ちょっと意味がありそうだよね。
岸 :そうですね。テオ役の時はヴィンセントを守って、他の役の時には責める。
河原:メリハリがあると、なにか意味が生まれそうだよね。例えば、テオは兄を支援しているけど、心の裏では「堕ちろよ」と思ってるのかもしれない・・・とかね。一人が何役も演じ分ける面白さだけでなく、テオ役の役者が真逆の役割も演じることで、物語の隙間から滲み出るものがあるかもしれない。こんなことができるのが演劇のからくりの面白さですよね。いろいろ試しながら作っていきたいです。
――ゴッホ兄弟以外に、どんな役が登場するのでしょう?
河原:ゴーギャンとかだね。史実でも、ヴィンセントと一緒に暮らしていた友人の画家です。
岸 :友人だけど、この舞台では一方的にヴィンセントを責めてますよね。
河原:そう、めっちゃ嫌な奴として描かれている。実際はそんな悪い人じゃないはずなのに。
橋本:そうなの?
河原:もちろん価値観の違う二人だから喧嘩もしていますけど、お互いに認め合っていた友人ですからね。ゴーギャンはヴィンセントの面倒を見たりもしているんですよ。それも、お金の無いゴーギャンに、テオが「ゴーギャンさん、ちょっと兄の様子を見に行ってもらっていいですか?お金払いますから」って。
橋本:うわー、テオってヴィンセントのためにそんなことまでやってるんだ。
河原:そうなんですよ。それでゴーギャンがヴィンセントを訪ねて様子を見たりしているんです。でも台本だと、訪ねるやいなや「お前のここが悪い」みたいにものすごくヴィンセントをバカにするんだよね。感じ悪いんですよ。
橋本:それは・・・・・・史実を知らない人が舞台を観たら、ゴーギャンが嫌な人だと信じちゃうね。
河原:まあ、舞台はひとつの作品だから、現実と違っていていいからね。それに実際、ゴーギャンはヴィンセントにものすごく迷惑をかけられていただろうから、本当に責めてたかもしれない。迷惑というか、ありがた迷惑だよね。例えば、ゴーギャンをもてなすために良い家具を買い揃えたりして一生懸命準備してるのに、ヴィンセント自身の部屋はすっごく質素なの。さらに、よかれと思って大量にヒマワリの絵を描きまくって部屋に飾って・・・・・・僕ならそんな部屋行きたくないよ(笑)。
橋本:念がすごい(笑)。たぶん、人のために何かしてあげたいっていう気持ちが強過ぎるんだろうね。相手が引くほどにやり過ぎちゃうから、女性にもフラれっぱなしなんだろうな。
河原:いやあ、本当にそうですよ。実際のエピソードで、ゴッホ兄弟のお父さんが、夫を亡くして傷ついた知り合いの未亡人を「うちで養生したらいい」と呼ぶんだけど、ヴィンセントがその女性をめちゃくちゃ好きになってストーカーみたいになって怒られたらしい。
橋本:ええ!?
河原:その未亡人も「もうあの人嫌だ」って怖がっちゃったみたい。
岸 :行き過ぎちゃうんだろうなあ。
橋本:本人は守ってるつもりなんだけど、相手からすると怖いだろうね。かなり極端な人だったんだろうなあ。
映像との共演で、ゴッホの芸術を表現する
――今回の舞台において、映像がとても重要だそうですね。
河原:そうですね。映像がこの作品のアイデンティティの大部分を占めています。本物のヴィンセントの絵が浮かび上がったりと、彼の描く絵の世界観をめくるめく映像で見せることができる。芸術家の心の中にあるイメージを視覚化するのに、プロジェクションマッピングはすごく相性がいいんです。
岸 :特にさとしさんは、自分で描いた絵が目の前に広がるから楽しいんじゃないかなあ?
河原:ほんとに絵を描いている気になれるかもね。
橋本:たしかに!
岸 :自分が行動すると、音楽や映像が動いてバーチャルな世界が現実に広がっていくのはすごく楽しそうですね。
橋本:そうだね!二人しか出ない舞台だからこそ、映像も、三人目の共演者として密接に寄り添っていくことになると思う。お客さんも二時間ずっと、ものすごく楽しめるんじゃないかな。
河原:ただ、役者さんは大変なことが多いかもね。映像に合わせて、決められた立ち位置にいなきゃいけないし。
橋本:ちょっと演技の足枷になる可能性もあるのかな。「俺、今ここでじっとしたくない」と思っても動くわけにいかないから、そこは稽古で合わせていかなきゃいけないね。
岸 :ソロで歌うシーンだったら、少しは自由に動けるでしょうね。
河原:もちろん。「映像が始まる時にここにいさえすれば、他は自由に動いて」というシーンもたくさんあるから。キャストそれぞれの個性が出れば、自然と韓国版の『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』とはまったく違う、僕たちならではの作品になると思いますよ。
<プロフィール>
橋本さとし(ヴィンセント役)
大阪府出身。1989年、劇団☆新感線の公演でデビュー。同劇団退団後はミュージカル『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』などで活躍し、『アダムス・ファミリー』で第22回読売演劇大賞・優秀男優賞受賞。ストレートプレイでは『8月の家族たち:August Osage County』『時計じかけのオレンジ』『ロミオ&ジュリエット』『NINAGAWA・マクベス』など多数出演。また、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』のナレーションも担当。
岸祐二(テオ役)
東京都出身。TV『激走戦隊カーレンジャー』主演で注目を浴びた後、舞台や映像で幅広く活動。主な出演舞台に『レ・ミゼラブル』『Honganji』『BIOHAZARD THE STAGE』『ネクスト・トゥ・ノーマル』『モンテ・クリスト伯』『三銃士』『ミス・サイゴン』『エリザベート』など。声優として『ストリートファイター』『世界名作劇場 レミゼ少女コゼット』などにて活躍。絵やイラストを得意とする。
河原雅彦(演出)
福井県出身。1992年、マルチライブ集団「HIGHLEGJESUS」結成。2002年の解散まで、総代として構成・脚本・演出を手掛ける。宮藤官九郎作・演出舞台『ウーマンリブ発射!』出演以降は俳優としても活動。演出では、『鈍獣』残酷歌劇『ライチ☆光クラブ』などで活躍し、『父帰る/屋上の狂人』で第14回読売演劇大賞・優秀演出家賞受賞。嵐主演映画『ピカ☆ンチ』シリーズ(堤幸彦監督)で脚本執筆のほか、エッセイなどの連載も多い。
<ミュージカル『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』公演情報>
【東京公演】2016年9月7日(水)~9月24日(土) 紀伊國屋サザンシアター
※プレビュー公演 2016年9月2日(土) かめありリリオホール
作:チェ・ユソン 音楽:ソヌ・ジョンア 映像:コ・ジュウォン
上演台本・演出:河原雅彦 訳詞:森雪之丞
出演:橋本さとし 岸祐二 泉見洋平 野島直人 上山竜治 入野自由(トリプルキャスト公演)
公式サイト:https://musical-gogh.themedia.jp/
(撮影/原地達浩)