カーネギー賞を受賞し、挿絵を担当したジム・ケイもケイト・グリーナウェイ賞を受賞した、パトリック・ネスの児童文学『A MONSTER CALLS(怪物はささやく)』。映画化もされた世界的な児童文学が、音楽座ミュージカルの手によって初めてミュージカル化される。作品の全貌が明かされていない段階から大きな注目を集め、東京公演のチケットは全席完売、急遽追加公演の実施が決定するなど、開幕前から異例の盛り上がりを見せている。
今回、エンタステージでは本番を間近に控えた音楽座ミュージカルの稽古場に密着。「新作を作る」という緊張感の中で繰り広げられる様子を、主演の山西へのインタビューを交えながらご紹介する。

なぜ今『カイブツはささやく』を舞台化するのか?作品に込められた想いとゼロからの創作劇

稽古場に一歩足を踏み入れると、そこにはいつも以上に張りつめた空気が漂っていた。カンパニーメンバーからは口々に「新作づくりをこんなに短期間でやったことはないんです」「時間が足りない…」という声が上がるほど、今回の制作スケジュールはタイトだ。約1ヶ月という超過密日程の中で、未完成の楽曲や演出を同時並行で組み上げていく作業はまさに綱渡りだ。
音楽座ミュージカルにおける「新作づくり」とは、既存の台本をなぞる作業ではない。劇団独自の創作システム「ワームホールプロジェクト」のもと、演出陣とキャストが一体となり、時に台本を解体して問いを重ねながら、生身の人間ドラマへと昇華させていく試行錯誤を重ねる創作プロセスだ。

そうした過酷な制作環境にあっても、なぜ音楽座ミュージカルはこの作品の「世界初ミュージカル化」に挑むのか。その背景には、劇団が長年大切にしてきた芸術的テーマと、作品に対する強い情熱が存在する。
『怪物はささやく(A MONSTER CALLS)』は、病に倒れた母親を持つ13歳の少年が、夜な夜な現れる怪物との対話を通して、胸の奥底にある“向き合えない真実”と対峙していく姿を描いた感動の物語だ。
「喪失と再生」――それは、音楽座ミュージカルが結成以来、一貫して作品創造の核に据えてきたテーマにほかならない。相川タロー代表自身、かつて劇団の創業者(先代オーナー)を亡くし、深い喪失感と重責の中で葛藤していた時期にこの原作小説に出会ったという。母親の死という現実に苛まれる少年の叫び、愛ゆえの葛藤と罪悪感、そして痛みを受け入れて前へ進む姿は、自らの心情と強く重なり合い、深い救いと共感を覚えたという。

「この物語は、今を生きるすべての人にとって必要な本だ」――。来たる40周年に向け、劇団が培ってきたエネルギーを結集し、この名作を歌とダンス、そして独自の演出表現でミュージカルとして結実させること。それこそが、今回の挑戦の大きな原動力となっている。
音楽座ミュージカルは、近年YouTubeなどを通して積極的に発信し、新たな認知とファン拡大に成功している。それが、今回はチケットが全席完売し、急遽追加公演が決まるという結果を生み出した。この期待に応えるため、新作を成功させるため、妥協なく高みを目指す真剣勝負の空気感。これこそが、音楽座ミュージカルが新作を圧倒的なエネルギーで満たす源泉なのだ。
キャスティングにもドラマが!固定観念を破った24歳・山西菜音の「復活当選」と激闘

本作の配役オーディションには、18歳から73歳まで総勢32名のカンパニーメンバーが挑んだ。元エンジニア、元ラガーマン、20年以上のキャリアを持つベテランまで、多様なバックボーンを持つキャスト陣が役に挑んだ。
その中で最大のドラマを生んだのが、主人公・江崎夜凪(ヨナ)役のキャスティングである。

当初、演出陣の間では「13歳の少年と母親の深い葛藤を描く物語であり、ヨナ役は絶対に男性俳優で行くべきだ」という強力な固定観念が存在していた。しかし、そこに猛然と食らいついたのが、入団6年目・24歳の女性俳優、山西菜音(やまにし なお)だった。
山西は当初、ヒロイン・リリ役のキャストに入っていたが、主役・ヨナ役の本読みで見せた迫真の演技が演出陣を驚愕させた。「僕たちが『男の子でなければ無理だ』と決めつけていた固定観念を、彼女が軽々と乗り越えていった」と相川代表に言わしめ、一度は他候補に傾いていた流れを劇的に覆す「復活当選」で主役の座を射止めた。

しかし、主役の座を掴んだ後の道のりは、山西にとってさらなる激闘の連続となった。山西自身、直面している大きな壁についてこう明かす。
「思春期の男の子を演じるというのは、私にとってかなりハードルが高い挑戦です。思春期男子特有の他人との接し方や、斜に構えた距離感は、私の素の性格(両親が大好きで人が大好きなタイプ)には全くありません。しかも『死に向かう母親がいる』という極限状態の13歳。自分の記憶を掘り起こし、代表や周囲から怒涛のフィードバックをいただきながら模索していますが、正直まだ必死で探している最中です」

「最初は作品を形にするだけで精一杯だった」と語る山西だが、取材時にはその瞳に力強い光が宿っていた。「(本番までに)絶対にヨナを掴みます。新作であり、全容がまだ分からない段階でチケットを完売させてくださった。その期待以上のものをお届けしたいです」と語る山西の泥臭い奮闘は、13歳の少年が抱える葛藤とリアルに重なり合い、役に大きな真実味を与えている。

また、ヨナの前に現れる「イチイの木(カイブツ)」役には、劇団四季出身で64歳のベテラン・新木啓介を抜擢。24歳の若手女優と64歳のベテラン俳優が火花を散らす濃厚な演技合戦は、本作の最大のクライマックスとなる。
小室哲哉×高田浩によるTKサウンド

『カイブツはささやく』の表現をさらに未知の領域へと押し上げているのが、日本音楽界のレジェンド・小室哲哉と、音楽座ミュージカルの音楽監督・高田浩のタッグによる劇中音楽だ。
相川代表の作品作りや「今、演劇で何を伝えるべきか」というメッセージに強く共感した小室氏。彼から届いたデモ楽曲を初めて聴いた瞬間、稽古場には衝撃が走ったという。山西は当時の様子を興奮気味に振り返る。

「まさかこんな曲が上がってくるとは誰も思っていなくて、曲が終わった瞬間、みんな口をポカンと開けて驚いていました(笑)。自分たちの概念や既存の枠組みには一切なかった感覚を小室さんから受け取り、ものすごい刺激をいただきました」
劇中、学校のシーンでは「蜂谷先生(北村しょう子)」から課される「ライフライティング(自分史)」の授業を軸に、「スキピ」「ずっとも」「グッドモーニングコミュニケーション」といった現代のリアルな若者言葉やテンポの良い会話劇、そして疾走感あふれるダンスナンバーが繰り広げられる。

興味深いのは、小室哲哉サウンド(TKサウンド)がリアルタイム世代のみならず、現代の若者や現役高校生にも強烈に刺さっている点だ。事前交流で現役高校生たちに楽曲を聴いてもらう機会があったそうで、TKサウンドになじみのない世代も「瞬間的に身体が乗ってしまう」と言っていたという。
一時代を築いたTKサウンドの魔法が、音楽座ミュージカルの圧倒的な運動量と融合することで、また新たな輝きを放つ。これまでの音楽を一新する、ポップで刺激的なミュージカル空間が生み出されている。
毎夜12時7分、劇場で目撃する「愛と痛みの再生劇」

物語の主人公・ヨナ(山西菜音)は、学校でのいじめや孤独、そして重い病に侵された母・帆奈(岡崎かのん)の病状に対する恐怖と焦燥感に苛まれている。そんな彼の元に毎夜12時7分になると現れる、巨大なイチイの木(カイブツ・新木啓介)。怪物はヨナに3つの物語を語りかけ、最後に「お前自身の物語を語れ」と迫る。
ヨナが胸の奥底に封印してきた“向き合えない真実”とは何なのか。病床の母がヨナに投げかける「怒っていいのよ、思いの限り抑えないであなたの痛みを。100年一緒にいたかった」という無償の愛の叫びと、やり場のない感情を爆発させる少年の姿が交錯する時、客席は深い感動と自我の揺さぶりに包まれるはずだ。

過酷な稽古を通じて表現を研ぎ澄ませたキャスト陣、24歳で男子役に挑む山西菜音の挑戦、そして小室哲哉の革新的なサウンド。劇場という空間で繰り広げられる「愛と怒りと再生」のドラマは、音楽座ミュージカルの新作として、劇場でさらに研ぎ澄まされていく。
『カイブツはささやく』は、来たる音楽座ミュージカル40周年に向けた新たな金字塔となるだろう。開幕が楽しみだ。
(取材・文・撮影/エンタステージ編集部 1号)
『カイブツはささやく』公演情報
| 公演情報 | |
|---|---|
| タイトル | 音楽座ミュージカル『カイブツはささやく』 |
| 公演期間・会場 | 2026年10月11日(日) 大田区民ホール・アプリコ 大ホール(東京) プレビュー公演 / 完売 2026年11月22日(日) 幸田町民会館 さくらホール(愛知) 地方公演 / 好評発売中 2026年12月11日(金)〜12月20日(日) 草月ホール(東京) 本公演 / 追加公演含めチケット完売 |
| スタッフ | 原作:パトリック・ネス『A MONSTER CALLS』(原案:シヴォーン・ダウド) 脚本・演出:相川タロー・ワームホールプロジェクト 音楽:小室哲哉、高田浩 振付:ワームホールプロジェクト 美術:久保田悠人 衣裳:原まさみ ヘアメイク:川村和枝 照明:渡邉雄太 音響:小幡亨 音楽監督:高田浩 メインビジュアル・ロゴ:高橋信雅 製作著作:ヒューマンデザイン |
| キャスト | 江崎夜凪(ヨナ)役:山西菜音 江崎帆奈(母)役ほか:岡崎かのん 江崎尚美(祖母)役ほか:井田安寿 / 平田薫 イチイの木(カイブツ)役:新木啓介 赤城璃々(リリ)役ほか:森彩香 / 中橋天音 網田真(父)役ほか:藤田将範 / 安中淳也 平戸恵利(校長)役ほか:清田和美 蜂谷律子(先生)役ほか:北村しょう子 以色由也(ヨシヤ)役ほか:小林啓也 馬場拓(ヒラク)役ほか:鎌田武蔵 虻川初巳(アブ)役ほか:梅村匠 / 中嶋航佑 イチイほか:後藤さつき、姫本梨央、藤原しおり、毎原遥、生島稜大、大須賀勇登、北見雫、佐藤響 用務員:五十嵐進 |
| 公式サイト | https://ongakuza-musical.com/ |







