2026年9月1日(火)から新国立劇場小劇場にて上演される、韓国ミュージカル『SHOWMAN~4番目の影武者』。第7回韓国ミュージカルアワーズで大賞、脚本賞、主演男優賞を受賞し、本国で高い評価を得た本作が、日本に初上陸する。翻訳・上演台本・訳詞・演出を務めるのは、読売演劇大賞で優秀演出家賞を受賞するなど、ストレートプレイを中心に活動してきたシライケイタ。
自身初となる本格的なミュージカル演出に挑むシライへのインタビューを交えながら、稽古場で見えてきた『SHOWMAN』の魅力を紹介する。

「自分らしさ」を見失う現代人に贈る――「ただ歩み生きる苦しみ」を溶かす他者との出会い

物語の舞台は、2020年アメリカ・ニュージャージー州の小さな町。大型スーパー「グッデー・マート」の職員である韓国系アメリカ人のスア(潤花)は、唯一の趣味である遊園地巡りの中で、ピエロを職業とする怪しげな老人ネブラ(松岡充)と出会う。スアをカメラマンと勘違いしたネブラ。スアはお小遣い稼ぎ半分で彼のポートレート撮影を引き受けるが、撮影が進むにつれ、ネブラは「本当の自分の姿を残したい」と、自身の波乱に満ちた人生を渾身の思いで語り、演じ始める。
「あなた自身だった瞬間はありますか」
本作の公式サイトに掲げられたこの問いかけは、ネブラとスアの物語を考えるうえで大きな手がかりになる。

シライは、本作の劇構造についてこう分析する。
「劇的な大事件が起きるわけではないんです。2人の人間の、本当の孤独に触れていくような物語だと聞くと、すごく淡々としたお話だと思われるかもしれません。でも、大事件でも起承転結がきれいにあるわけでもないところが、大きく心が揺さぶられ、動かされるこの作品最大の魅力なのだと思います」
ここで描かれているのは、劇的な失恋や身近な人の死といった「わかりやすい苦しみ」ではない。「歩み、生きる苦しみ」そのものだ。しかし、その孤独や不安が他者との関わりによって少しずつほどけていく瞬間が、この物語には描かれている。

「(苦しみから解き放たれる瞬間は)1人ではできなくて、やっぱり出会った人がもたらしてくれるものだと思います。つまり、必ず外からもたらされるもの。1人きりで自分の考えの中に深く入り込んでいってしまうと、人間はあまり良くない方向に行ってしまう。だから『人は人と関わらないと生きていけない』って、そういうことだと思うんです」
演劇とは、そもそも他者と関わり、肉体を突き合わせながら創り上げる行為にほかならない。作中でネブラはスアによって、スアはネブラによって、それぞれが解放され、浄化されていく。その魂の交鳴を目撃する観客の心もまた、優しく認められ、救われていくのだろう。
ネブラとスア、そして物語を支える変幻自在のキャストたち

ネブラを演じる松岡充は、上演発表時に「32年の間、探し、紡ぎ、詩ってきた言葉達がこの脚本の中に、これでもか!とあったことに衝撃を隠せませんでした」とコメントを寄せていたが、稽古でも、その想いは役への向き合い方に表れていた。
松岡と言えば、その歌声に惹かれるが、ネブラという人物に迫ろうと台本と格闘しながら一挙手一投足を分析する芝居への熱さも魅力だ。例えば、日々の営みを繰り返しながら時間の経過を表すシーンでは、悩みながら繰り返し、試行錯誤していた。パントマイムで表現しながら、どのくらいの温度感で変化をつけていくのか。シライと話し合いながら、時代背景や人物像を探っていた。

対するスアを演じるのは、宝塚歌劇団退団後、話題作に次々と出演が続く潤花。「今まで許せなかった自分や受け入れたくない過去も、優しく自分を認められるそんな温かい魔法をかけてくれる作品」と語る彼女は、生活のために自らの時間を差し出すしかなかったスアの心の痛みを、等身大の誠実さで表現しようと模索している。また、スアという人物を構成する要素として大きな役割を持つ「カメラ」の持ち方を研究するなど、細部までこだわりを見せていた。

さらに、藤岡正明、万里紗、福井晶一、福室莉音という実力派たちが様々なキャラクターを演じて七面六臂の活躍をする。彼らはネブラとスアを取り巻く世界の住人を何役も演じ分け、2人の孤独の背景にある社会の冷徹さや、時にコミカルな日常を多角的に肉付けしていく。彼らの多彩なアプローチが、ネブラとスアの対話をより深く引き立てていた。
演出家が体感する「音楽が物語を引っ張る面白さ」
これまで劇団温泉ドラゴンの代表として、また劇作家・演出家として人間関係の機微を描いてきたシライ。音楽劇『エノケン』に続いて、今回の『SHOWMAN』では初の本格的なミュージカル演出を手掛ける。
「作品への向き合い方は基本的には変わらないんですけど。ここまで歌が多いのは初めての経験なので、音楽の重要性を改めて実感しています」と、俳優の台詞と芝居だけで物語を運ぶストレートプレイとはまた違う面白さを感じているようだ。

上演台本と訳詞を自ら手がけたシライは、訳詞のプロセスでも言葉の響きを追求し、時に訳詞会議でみずから歌いながら言葉に命を吹き込んできた。ストレートプレイで人間関係の機微をじっくり描いてきた彼の手によって、本作のドラマと音楽がどのように噛み合うのか、楽しみだ。
そして、インタビューでは、シライの演出を考えるうえで興味深い話も聞くことができた。「もし、この物語をストレートプレイで表現するなら、どうアプローチするか」。
劇中、ネブラがスアに風船(バルーン)を渡す印象的なシーンがあった。「(ストレートプレイで表現するなら)言葉でも説明しないけれど、もらった風船を見つめたり、手放したりする行為で、かつての苦しみから少し離れていく心が表せると思います。歌や音楽、歌詞がなくても、同じように空気感で見せることはできると思います」

言葉と俳優の身体から芝居を立ち上げる、シライらしいアプローチだ。だからこそ、そこに音楽が加わることの相乗効果が期待できる。
「俳優の歌には、一気に感情をさらっていくようなうねりがあります。今までやったことのない経験だからこそ、僕は今、歌の持つすごみを感じています」
引き算で魅せる“一輪の花”演出
この日は物語後半の重要なシーンの一つ、スアの過去が明らかになる場面の稽古が行われていた。「グッガール、グッバイ、グッバイ、グッバイ・・・」と切なくも力強く歌い上げるこのシーンは、スアにとって「過去とのある種の決別、自分が次のステージに行くためのある種の儀式」として位置づけられている。
このシーンについて、舞台美術家がスーパー「グッデー・マート」のシーン用に考えていたバルーン演出のアイデアを応用できないかと考えたという。

「一気にバルーンが100個上がるような物量演出も感動します。でも、それとは対極のやり方もある。満開の花もいいけれど“一輪の花”でも心を動かすことができるということをやってみたいと思っています」
何もない空間に、一つだけ存在する風船。そこに強い理由と必然性を持たせることで、観客の心を動かす。そんな「引き算」の演出に、シライの個性が表れていた。

この“一輪の花”の演出を成立させるためにも、直前のやり取りが極めて重要になる。ネブラから語られるある言葉に刺激されたスアの隠されてきた感情が、そのままネブラからバトンのように渡されスアの歌唱へと繋がっていく。劇場での完成が楽しみなシーンだった。
生演奏と役者の呼吸が溶け合う、一度きりの空間へ

新国立劇場小劇場という濃密な空間で、本作にさらなる立体感を与えるのが、音楽監督・国広和毅の指揮による6人編成の贅沢な生演奏だ。
ピアノ、キーボード、パーカッション、トランペット、バイオリン、チェロ。トランペットの切ない響きを起点に、ミュージシャンたちがその場で紡ぎ出す生演奏と、俳優たちの鍛え上げられた歌声が混ざり合う。それはまさに、その日、その場所でしか味わえない「呼吸」を生み出していく。
「人は人と関わらないと生きていけない」――シライが語った言葉は、ネブラとスアの物語だけでなく、劇場そのものにも重なって聞こえた。誰かとの出会いによって、自分の孤独が溶けていく時間。その瞬間は、舞台の上から客席へと静かに、しかし確かに広がっていくはずだ。
(取材・文・撮影/エンタステージ編集部 1号)
『SHOWMAN~4番目の影武者』公演情報
| 公演情報 | |
|---|---|
| タイトル | ミュージカル『SHOWMAN~4番目の影武者』 |
| 公演期間・会場 | 2026年9月1日(火)~9月13日(日) 東京・新国立劇場 小劇場 |
| スタッフ | 脚本・作詞:ハン・ジョンソク 作曲:イ・ソニョン 翻訳:宋元燮 上演台本・訳詞・演出:シライケイタ 音楽監督:国広和毅 |
| キャスト | ネブラ:松岡充 スア:潤花 藤岡正明 万里紗 福井晶一 福室莉音 【演奏】 ピアノ:前田涼子 キーボード:国広和毅 パーカッション:熊谷太輔 トランペット:大野萌子 バイオリン:磯部舞子 チェロ:島津由美/平井麻奈美 |
| チケット情報 | 一般席:12,800円、バルコニー席:11,800円(全席指定・税込) |
| 公式サイト | https://consept-s.com/showman/ |







