2022年12月14日(水)から12 月18日(日)にかけて、東京・渋谷BunkamuraオーチャードホールにてKバレエカンパニー『くるみ割り人形』が上演された。芸術監督・熊川哲也の手腕が光るファンタジックな演出は、クリスマス・シーズンにぴったり。この記事では、12月16日(金)昼の公演(マリー姫:日髙世菜、くるみ割り人形/王子:栗山廉、クララ:塚田真夕、ドロッセルマイヤー:杉野慧)の模様をレポートする。
Kバレエカンパニー『くるみ割り人形』レポート
「クラシック・バレエって、こうでなくっちゃ!」
オーチャードホールからの帰路、渋谷の街を歩きながら、私そんな思いに浸っていた。20年以上、私がクラシック・バレエを好きでいるのは、とても現実離れした世界だから。おとぎ話、舞台という空間、人間の体の可能性。今年のKバレエカンパニー『くるみ割り人形』は、私がクラシック・バレエを好きな理由が詰まった、魔法のように素敵な公演だった。
そもそも、『くるみ割り人形』というのはかなり不思議なおとぎ話である。そんな物語の世界に観客たちを誘うのはなかなか難しいことだが、熊川版でそれに一役買っているのは、なんといっても舞台セットだろう。第一幕冒頭、シュタールバウム家の外壁を模したセットがくるりとひっくり返ると、凍えそうなクリスマス・イブの夜道から屋内のクリスマスのパーティー会場に場面が転換。まるで仕掛け絵本のなかに放り込まれたような瞬間だった。
その後も、絵本のページをめくるようなワクワク感とともに舞台は目まぐるしく展開していく。ねずみたちを追いかけて置時計の棚に飛び込んだクララが迷い込んだのは、クリスマスツリーやプレゼントの山が巨大化した世界(いや、クララや私たち観客が小さくなってしまった?)。そうした大規模な転換はもちろんのこと、細かな小道具にも凝っているのが心憎いところ。例えば、兵隊とねずみたちが戦うシーンで三角のチーズが飛んできたりするから面白い。
ガラっと雰囲気が変わる雪の王国の場面では、コールド(群舞)の美しさが際立っていた。粉雪がチラチラと自由に舞ったり、風にのって吹雪になったりするような、ダンサーたちの動きには人間味がなく(もちろんすごく良い意味で)、巨大なスノードームをのぞき込んでいるかのような感覚に陥った。ちなみに、雪の女王と雪の王を演じたのは小林美奈と堀内將平のコンビ。以前、この二人が主演を務めた『カルメン』の公演レポートも出しているので、ぜひチェックしてほしい。
そして第二幕は人形の王国。ここまでは、大勢が舞台上にいてお芝居をしたり、みんなで踊ったりというシーンが多いのだが、ここからは、次々に登場するソリストたちによる個性的なパフォーマンスが楽しめる時間。「次は何の踊りだ?」と待ちわびる観客の前に、各国の人形役のダンサーたちが青いマントを被って登場する演出も面白かった。板付きになった瞬間にバサッと正体が明かされるというサプライズ感のある演出は、まさにこの作品にぴったりだ。
最初に登場したのは、妖しい雰囲気の音楽が魅力のアラビア人形のパ・ド・トロワ。2人の男性ダンサーと1人の女性ダンサーが難易度の高いリフトを次々に繰り出していく。終演後に配役表を眺めていて気づいたのだが、この女性ダンサーは、さっきまで雪の女王を踊っていた小林だった。クラシック・バレエらしい要素の強い雪の女王から、民族舞踊色全開のアラビア人形まで、完璧に踊り分ける技術力と表現力は流石である。
中国人形は辻梨花と関野海斗。個性的な衣裳と可愛らしい音楽で、ちょこまかと軽やかに動き回る姿が印象的だった。観客たちの脳裏にも色濃く焼き付いていたようで、カーテンコールの際には、ひと際大きな拍手を送られていた。
ロシア人形、トレパックを披露したのは栗原柊と本田祥平。高いジャンプをこれでもかと披露したのち、終盤にはしゃがんだ状態で両足を交互に前に出す動きが待っているのだが、見ているだけで「疲れそう…」と感じてしまうハードな振り付け。そんな私の老婆心はなんのその、2人は終始笑顔で陽気に最後のポーズを決めて見せた。
ラストを飾るのはマリー姫と王子のグラン・パ・ド・ドゥ。難易度の高い振り付けながら、まったくガチャガチャしたところが見えないスマートな身のこなしが素晴らしかった。王子役がよく似合う栗山だが、それは端正なルックスや恵まれたスタイルの恩恵だけではなく、余裕を感じさせるジャンプやピルエット、細かな所作からくる部分も大きいだろう。
個人的に特に感激したのは、日髙がコーダで見せたグラン・フェッテ。天井から糸でつるされているかのように真っ直ぐな軸で、簡単そうにくるくると回ってみせる様は、とても人間がやっているとは思えない。…我ながらあまりに素人的でお粗末な感想だが、むしろ私自身がバレエを踊る身であるからこそ、余計にその素晴らしさが身にしみて感じられるのだと思う。
ダンサーたちの技術力、コールドの完成度、そしてマジカルな舞台演出。そうしたものが全て揃い、舞台上にはほころびのない完全なおとぎ話の世界が出来上がっていた。本当に色々なことがありすぎる現実からの一時的な逃避行。そんなに素敵な時間こそが、熊川率いるKバレエカンパニーから私たちへのクリスマスの贈り物なのかもしれない。
終演後のトークショーには飯島望未と山本雅也が登壇
終演後には「クリスマス・トークショー」が開催され、東京公演初日でマリー姫とくるみ割り人形/王子を踊った飯島望未と山本雅也が登壇。お客さんから募集した質問に回答しながら、様々な話を聞かせてくれた。
Kバレエでマリー姫を踊るのは今回が2度目となる飯島。彼女曰く、グラン・パ・ド・ドゥは「意味わからん(笑)」くらい難しい振り付けなんだそう。初日の公演では悔しい部分もあったと明かし、翌日の公演にはもっと良いパフォーマンスを見せたいと前向きな姿勢で語った。
質問は今回の公演に関すること以外にも。例えば、「熊川哲也氏からかけられた言葉で、特に印象に残っているもの」。山本は、具体的な言葉というよりも、自身が役作りに悩んでいるときにそれを見抜かれることや、質問を投げかけて考えるチャンスをくれるような、そういった向き合い方が印象的だと回答。対する飯島からは、「お話するときにいつも緊張しちゃうので、正直覚えていないんです(笑)」と正直でお茶目回答が飛び出した。
その他、「クリスマスのプレゼントに欲しいものは?」や、「どうやったらつま先が伸びますか?」などといったQ&Aを通して、2人はファンとの交流を楽しんだ様子。
こんなふうにバレエダンサーが観客の前で“喋る”というのはなかなか珍しいもの。Kバレエカンパニーの粋なはからいが、なんだかとても温かく感じられた。
次回に控える古典作品は『白鳥の湖』
Kバレエカンパニーが次に控える古典バレエの公演は、『くるみ割り人形』、そして『眠れる森の美女』とともに“世界三大バレエ”と称される『白鳥の湖』。会場ロビーには、白鳥オデットと黒鳥オディール、ジークフリード王子、悪魔ロットバルトの衣裳が展示されていた。
(文・取材/エンタステージ編集部 バレエ担当 写真/(C) Ayumu Gombi)