櫻井圭登、砂川脩弥らが本能むき出す――『sweet pool』稽古場レポート

2022年3月10日2024年7月26日

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2022年3月12日（土）に開幕する本能バースト演劇『sweet pool』。本作は、BLアドベンチャーゲーム「sweet pool」の初舞台化作品。「泣ける」と言われる人気ゲームを、中屋敷法仁（劇団柿喰う客）の演出で人間ドラマとして舞台で描く。その稽古場を取材した。

「sweet pool」は、2008年にBLゲームブランド・ニトロプラスキラル（Nitro+CHiRAL）の3作目として発売された。ホラーかつダークなテイストで構成された世界観は、発売から10年後の2018年にもリマスター版がリリースされるなど、根強い支持を得ている。

物語の舞台は、都内のとある私立学園。主人公・崎山蓉司（櫻井圭登）は、体調面の理由から１年を留年し、新学期もほぼ出席できないまま、慣れない教室へと復帰することになった。だが、その日を境に少しずつ蓉司の周囲に変化が起こり始める。

言葉を交わしたことすらなかった寡黙な同級生・城沼哲雄（砂川脩弥）からは、真意の見えない視線が向けられている。心のざわつきを感じる蓉司だったが、唯一気を許しているクラスメイト・三田睦（杉江大志）は明るく接し、力になると声をかけてくれることに安堵していた。

しかし、上級生・翁長善弥（宇野結也）が、執拗に接触してくるようになる。変わり者で悪い噂の絶えない善弥は、元暴力団組長の翁長邦仁（若杉宏二）の息子で、姫谷浩平（福地教光）に危うい精神状態を支えられていた。そんな彼から、「お前は自分と同じ種類の人間だ」と告げられた蓉司。その言葉を裏付けるように、蓉司はおぞましい肉塊を産み落とすようになっていった。

未知の変化に戸惑いながらも、たった一人の家族であり妊娠中の姉・芹沢枝里香（永田紗茅）にも、何かと気にかけてくれる担任・上屋武彦（村田充）にもその秘密は打ち明けられず。未知の存在になっていく自分自身に戸惑う蓉司の運命を導くのは——。

ゲームには複数のエンディングが用意されているが、本公演では砂川演じる哲雄ルートの通常公演のほか、エクストラver.として、ver.睦、ver.善弥のルートも上演。今回の取材では、通常公演（哲雄のストーリー）の稽古が行われた（なお、上屋武彦役の村田はスケジュールの関係で不在）。

コロナ禍での稽古のため、全員マスク着用、交わす言葉も最低限だったが、稽古場には静かなる気合いのようなものがみなぎっていた。男性同士の同性愛を描いた作品を「ボーイズラブ」と定義するが、本作が描いているのは「恋ではなく、愛でもない」――もっとずっと深く、重いもの。

演出の中屋敷は、本作の舞台化について「成人向けのBLゲームなんですが、こんなにも愛でもなく、恋でもない部分を突き詰めている作品はなかなかないと思ったんです。肉体や精神といった人間の原理的な部分を、生の俳優の肉体を使った演劇という形で表現できたら魅力的だろうと思ったんです」と語る。

常日頃、中屋敷は「俳優」という存在の持つ抗いがたい魅力を最大限引き出すことをモットーとしている。本作でも、その手応えは充分だと言う。「（手応えが）めちゃくちゃありすぎて、大丈夫かな？と思っているぐらい（笑）。俳優さんの肉体を通して物語を描くことで、改めて原作の良さを感じられましたし、俳優さん8人が粒立っているので、劇場で観たらもっと素晴らしいものになるんじゃないかなと思っています」と自信を見せた。

中屋敷は、2019年にも「DRAMAtical Murder」というニトロプラスキラルのBLゲームを“脳内クラッシュ演劇”として舞台化している。斬新なラブシーンの演出でBLゲームの舞台化として新境地を開拓したが、今回も“本能バースト演劇”と冠してより深い表現への挑戦を続けていた。

“本能バースト”というのは、言い得て妙だ。中屋敷は「俳優さん個人の本能がむき出しになる瞬間がないと紡いでいけないような物語な気がするので、その動物的で野性的とも言える感覚に頼りながら作っている感じです」と語っていたが、稽古の中も、まさに俳優たちの目が本能と理性のはざまでの葛藤を雄弁に物語っていた。

コロナ禍に入ってから、稽古場ではマスク着用が必須。すべてを満足に享受しながら稽古を進めていくことはなかなか困難だ。「劇場入りしてから共演者の顔を初めてちゃんと見た」なんていうのはよく聞く話。しかし、それ故に“目”が物語る力を強烈に感じる。

本作でも、哲雄役の砂川が静けさの中に込める熱、睦役の杉江が明るさの中に滲ませる嫉妬、善弥役の宇野が見せる狂気と苦しみと寂しさ。そして、蓉司役の櫻井が、てらいもなくそれらの感情に翻弄されながらも受け止めていく姿に胸を打たれた。物語る目から発せられる感情が、俳優の身体をオーラのように包んで見えるよう。それほど繊細であり、苛烈な感情が稽古場の空間全体に渦巻いていた。

「蓉司の皮膚感覚みたいなものを、劇場でお客様にも味わってもらいたい」と中屋敷。日常に紛れ込んでくる「非日常」の中で、「恋愛」を超える根源的なものを、俳優たちがリアルに一つ一つ積み上げていく。哲雄ルートでは、それを共有することで、常識も既成概念もすべてを超越していく瞬間に立ち会えたような感覚に陥った。

一方で、エクストラver.の「ver.睦」「ver.善弥」は、「俳優さんの心と身体にものすごい負担をかけるので、あんまり稽古しすぎないようにしています（笑）。稽古を見ている方も大変なぐらい」とのこと。上演時間なども通常公演よりコンパクトにし、その衝撃がよりダイレクトに伝わるような作りになっているという。

物語が分岐するのはゲームシナリオの持つ魅力の一つ。その複数のストーリーを同時並行で作っていくことで、キャラクターがより深めていくことができるのは、舞台化の魅力にもなっている。今回も、それぞれのストーリーはまったく違うエンディングへと辿り着く。3ルートをすべて観劇すると、プレゼントとして非売品ブロマイドがもらえるコンプリート特典もあるので、多角的に『sweet pool』の世界観を味わい尽くしてみては。

このほか、全ステージ共通イベントとしてカーテンコールで撮影会が実施されるほか、3月13日（日）18：00公演終了後には櫻井と演出の中屋敷によるアフタートーク、3月14日（月）19：00公演ではホワイトデープレゼント企画など、多くのお楽しみ企画が予定されている。

最後に、中屋敷は「BLゲームというと、馴染みのない方もいらっしゃるかもしれませんが、『sweet pool』というこんな素敵な物語があることを、たくさんの方に知っていただきたいです。俳優たちが原始的な姿で作品を作っているので、ぜひ、皆さんも劇場に本能をバーストしにきてください」とコメントを寄せた。