2016年8月12日(金)、末満健一が作・演出を手がけた舞台『天球儀-The Sphere-』が東京・紀伊國屋ホールにて開幕した。末満は近年、『夕陽伝』『TRUMP』『刀剣乱舞』虚伝 燃ゆる本能寺などのヒット作品を手がけ、クオリティの高い舞台を次々と世に送り出している。“殺人事件の起こらないミステリー”と銘打たれた今作だが、観劇後にはその言葉の意味がまた違った響きを持つ作品である。
(※以下、内容の一部に関する記述あり)
人里離れた山荘「天球儀」に集められた7名の招待客。ここでは、蓬茨奏音(ほうしかのん)という人物の葬儀が行われるという。しかし誰一人として蓬茨奏音を知らなかった———。
登場人物7名すべてが、まったく違う色を持っている。演じる役者7名もまったく違うキャリアを積んできており、多田直人(演劇集団キャラメルボックス所属)、新垣里沙(元「モーニング娘。」リーダー)、西川俊介(『手裏剣戦隊 ニンニンジャー』主演)、緒月遠麻(元宝塚宙組・男役)、松本慎也(男性俳優だけの劇団スタジオライフ所属)、大家仁志(劇団青年座所属)、加納幸和(劇団花組芝居・座長/女形としても出演)と様々だ。「天球儀」に集められた見知らぬ7名と、末満の舞台に集った出身の違う役者7名・・・・・・異なる人びとが一カ所に集められた彩りの豊かさと、彼らが絡み合っていく一体感が、舞台上でも作用している。
「蓬茨奏音って誰?」。悼むべき死者は不在で、7名を集めたはずの山荘の主の姿もない。しかも土砂降りに見舞われ、山荘から出られなくなってしまう。
物語はSF要素もはらみ、それが謎を呼ぶ大きな仕掛けになっている。人間が脳で記憶するのではなく、「スフィア」という装置で物事を記憶(記録)する世界。すべての記憶が記録されているため、“忘れる”ということができないのに、誰も「蓬茨奏音」を知らないのだ。だからこそ、なぜ自分たちが呼ばれたのかが本当にわからない、という謎を抱えることになる。「もしかして自分たちにはなにか共通点があるのかもしれない」とも考えるが、そうでもないらしい・・・・・・。
困り果てる者、状況を楽しむ者、怒る者など、反応も人それぞれ。不安と緊張が入り混じった状況でありながら、笑いも絶えない。ベタなギャグ、濃いキャラクター、会話のズレなど、さまざまな可笑しみが溢れる。客席から笑い声が上がるが、それでも全体に流れる不穏さは消えない。
また、随所に散りばめられたキーワードもミステリー好きにはたまらないだろう。有名な推理小説やマンガのタイトル、名探偵の名前が登場する。ミステリーとはいえ観客がトリックを解くわけでも、難しいストーリーに頭を抱えるわけでもない。ただ、7名が「天球儀」に集った事実が明らかにされるにつれ、あのシーンは、あの行動は、あの発言は、あの小道具は・・・・・・いくつもの要素に違う見え方が表れる。些細なものにも意味がある。それはストーリーに仕掛けられたトリックというより、末満が創り上げた演劇のトリックだ。
末満自身、「いつもはどうやってヒットさせようかと意識するんだけど、今回はまったく考えていない」と語っており、思うままにこの作品を創ったようだ。扱うテーマは2015年に上演した『Equal-イコール-』と同じ“自己の形成”だが、この『天球儀-The Sphere-』は自身の作家性を突き詰めた作品となっている。劇中では明らかにされない舞台のモチーフやアイデアにも、末満のこだわりが込められている。
“殺人事件の起こらないミステリー”。しかし、“殺人”とは、また“生”とは、そもそもどういう状態なのだろう。記憶が脳ではなく外部装置に置き換えられた世界に引き込まれるうち、「自分は確かにここに生きている」と言えるのか、足場が心もとなくなってくる。けれど観終わった後、誰かに手を差し伸べ「あなたはここにいるよ」と抱きしめたくなるような、そんな愛しさと悲しみが溢れてくる舞台だった。
舞台『天球儀-The Sphere-』は、8月21日(日)まで、東京・紀伊國屋ホールで上演。
(撮影/交泰)
(取材・文/河野桃子)