なぜ、人は走るのか?『光より前に~夜明けの走者たち~』ワークショップレポート


2018年11月に上演される『光より前に~夜明けの走者たち~』。本作は、“走る”という共通点を持ちながら、好対照かつ正反対の道を歩んだ二人の青年の生き様を、作家・演出家の谷賢一が描く新作舞台。谷の、綿密な取材と想像力の中にぼんやりと浮かび上がった物語を共有すべく、本番の約3ヶ月前となる8月某日、宮崎秋人、木村了、和田正人が集い行われたワークショップの模様を取材した。

上演が決定してから、この日が初顔合わせとなった4人。谷はまず、“走る”ことに関する小話を交えた自己紹介を提案した。新しいことへと向き合う期待感からか、ニコニコと満面の笑みが溢れる宮崎。作品のため、すでに“走る”ことを日常的に始めたというが、実は「走るの嫌いで、本気で走るのはこれが初めてかもしれません。ずっと避けてきたので・・・」と、万能なイメージとは裏腹な気持ちを告白した。

『光より前に~夜明けの走者たち~』ワークショップレポート_5

一方、木村は「僕はもともと走ることは好きな方です。今でもランナーが多く走る場所を走っているんですけど・・・並走したがる方、多くありませんか?」と、実体験から気になったことを提示。対して「自分のペースじゃなくて、人のペースで走る方が実は楽なんだよ」と、和田。和田は、箱根駅伝の出場経験も持つ生粋のランナーである。「ランナーの気持ちに向き合ってきた」と、強い意欲を持ってこの機会に臨んでいた。

3人の話を聞き、谷は「皆さんの話を聞いて、いい座組みになる予感がしました」と、安堵の表情を見せた。ランナーが持つ身体の情報量は多く、また、一両日でどうにかなるものではない。もしかしたら、実際に走る場面は多くないかもしれないし、まったくないかもしれないけれど、俳優たちは身体で物語るため、すでに準備を始めている。

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谷は、創作にあたり、本作に特別監修として参加する青山学院大学陸上部の原晋監督の招待で、ランナーたちの合宿を見学したきたそうだ。黙々と走り続ける青年たちの姿は「まるで修行僧のようだった」という。走りきっても、皆、基本喜ばない。楽しそうじゃない。

では、なぜ人は走るのか?

和田は、自身の経験を交えながら「一瞬の光が見えるんです。それは、ほかで経験したことのないような喜び。でも、世の中の大半の人には理解してもらえないものかもしれない」と語る。「おもしろいなあ、なんでそんなに嬉しいんだろう?」と、興味津々の谷のもと、ディスカッションを繰り返し、合宿見学で得た情報を共有しながら、“走る”ことへの意識が深められていった。

『光より前に~夜明けの走者たち~』ワークショップレポート_4

谷が描こうとしているのは、1964年に東京オリンピックで銅メダルを獲得した円谷幸吉と、その4年後にメキシコオリンピックで銀メダルを獲得した君原健二の人生。

円谷幸吉は日本の陸上界において戦後初のメダリストとなるが、その栄光からわずか3年後、「美味しうございました」と食べ物を通じ家族への感謝を綴った遺書を残し、27歳で自らの命を断つという悲劇の人生を歩んだ。一方、円谷のライバルとして同時代を走ったランナーであり、友人だった君原健二は、第一線を引退後、70代になった今も走り続けている。

谷は、実際に君原にも会ってきたと話す。書籍を通じて様々な人が見た円谷の姿、君原の言葉で語る円谷のこと、君原自身のこと、そして、二人の人生と接点を持った人々のこと。“走る”ことは究極の個人主義であり、孤独な競技だ。しかし、人生がクロスオーバーした時にできる光と影の対比に、谷は惹きつけられたと語った。

『光より前に~夜明けの走者たち~』ワークショップレポート_3

当日、初めてプロットに目を通した俳優たち。作品を通じ、観客共に“なぜ走るのか”を考えていきたいという谷に、それぞれの印象を共有していく。この作品を“今”上演する意味と、真正面から向き合うセッションは、約1時間半続いた。

1964年の東京オリンピックから54年。そして、次の東京五輪が2年後の2020年に迫る今、もしかしたらこの出来事を知らない方も多いかもしれない。また逆に、この題材を通じ演劇と巡り合う方も多いのではと思う。

『光より前に~夜明けの走者たち~』ワークショップレポート_2

このタイミングでの上演は、「オリンピックがあることは分かってはいましたが、図ったわけではないんです。物語を知るたびに、作るつもりが、企画するよう導かれたような、初めての感覚を味わっています」と本作の総合プロデューサー・渡辺ミキは語る。

なぜ今、この作品が上演されるのか?

50年以上が経った今だからこそ、パイオニアたちの功績は、演劇という文化ジャンルから観客の目を通じ、また世の中に還元されていくことを求めているのではないだろうか。決して派手な題材ではない。見目の麗しい作品でもない。エンターテインメント性に富んだ公演でもない。物語の持つ一筋の光を観客へと届けるために、偶然ではない必然に背を押されて、製作現場も走り続ける。

『光より前に~夜明けの走者たち~』は、11月14日(水)から11月25日(日)まで東京・紀伊國屋ホールにて(11月14日はプレビュー公演)、11月29日(木)から12月2日(日)まで大阪・ABCホールにて上演される。チケットは、9月15日(土)10:00より一般発売開始。

【公式HP】http://hikari.westage.jp/

『光より前へ』

(取材・文/エンタステージ編集部、写真/オフィシャル提供)

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