『メアリ・スチュアート』レポートーー長谷川京子演じる女王に翻弄された人々の群像劇


2020年1月27日(月)に東京・世田谷パブリックシアターで舞台『メアリ・スチュアート』が開幕した。長谷川京子演じるメアリと、シルビア・グラブ演じるエリザベス、二人の女王の対立を巡り、男たちが、国が、そして本人たちもが翻弄されていく群像劇を、森新太郎の演出で紐解く。共演は、吉田栄作、三浦涼介ら。ほぼ舞台美術のない中、暗闇に声が響き、想像力と集中力をかき立てられる舞台となっている。

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暗がりの中、鐘が鳴り、やっと人がいるのが分かるほどのわずかな明かりが灯される。そこは16世紀末、メアリ・スチュアート(長谷川)が住む建物。メアリはスコットランド女王という高い身分にも関わらず、親戚であるイングランド女王エリザベス(シルビア)に幽閉されていた。すでに死刑宣告を受けていたが、メアリは「裁判は不当だ」と訴えている。

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カトリックを信仰し、黒のドレスに身を包んだメアリ。宝石類はすべて奪われ、質素な生活を強いられても、女王たる凛とした美しさを湛えている。低い声音からは、気品と意志の強さを感じられ、誰をも惹き付けるその魅力は、生まれながらの女王。客席に張り出した舞台の中央に立つ長谷川には、何者にも侵されない気高さがある。

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一方、プロテスタントを信仰するエリザベス。白く豪奢な衣装をまとい、顔もおしろいを塗りたくっている。エリザベスの衣裳だけが、すべての登場人物の中で異彩を放っていた。けれど、シルビアはその姿に迫力と納得感を与える。その作られた美しさは、愛人の子として産まれ母は処刑されたという暗い生い立ちを覆い隠しているようでもある。そう、エリザベスは「正当な血筋であるメアリに王位を奪われるかもしれない」と恐れていた。実際、メアリには、エリザベス暗殺計画をくわだてた疑いがあったのだ。

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しかしこの二人、メアリが幽閉されてから19年間の間、一度も顔を合わせたことがない。1幕の1場ではメアリの、2場ではエリザベートの様子がそれぞれ描かれ対比される。この演劇は群像劇となっていて、黒服のメアリと、白服のエリザベスの狭間でゆれる灰色服の数名が登場する。

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メアリを愛しながらエリザベスの恋人でもある白服のレスター伯(吉田栄作)、エリザベスの味方のふりをしながらもメアリを救い出そうとする黒服のモーティマー(三浦涼介)など、それぞれの葛藤と選択も描かれる。メアリを愛する二人の男の対比もまた、「人間とは」という問いを際立たせ、物語を広げる。

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吉田演じるレスター伯は本当にどうしようもない男で、エリザベスの愛人ながら元はメアリの恋人でこっそり愛を誓いあっている(元恋人という設定は史実ではないらしい)。吉田は会見で「最初に戯曲を読んだ時、僕はもっとクレバーな策略家をイメージしていたんですが、森さんの演出にかかって、軽い人間的なレスター伯に出来上がったのではないかな」とコメント。確かに、知的な策略家となるとあまりにも魅力溢れた男になりそうだ。軽薄で、頼りなく演じることで「ダメなヤツだし憎いんだけれど、何だか嫌いになれない」人間くささがある。

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反対に、モーティマーは常に一本気だ。大人たちが策略をめぐらせる中で、彼なりにいろいろと策略をめぐらせるものの、真っ直ぐな情熱が溢れ出す。演出の森は「アダルティなメンバーの中で、彼が若さを爆発させないとどうしようもない芝居」と言っており、落ち着いた雰囲気の三浦が様々なシーンで熱い想いをぶつけ、物語を大きく動かしていく。

男たちは、メアリと会いさえすればエリザベスの気持ちも氷解し、メアリは死刑を免れられるのではないかと考え、なんとか二人を合わせようと画策する。なぜならメアリは「その姿を一目見、その声を一度聞けば、誰もが心を許したくなるといわれる女王」だからだ。

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周囲の男たちを虜にしているメアリだが、けして聖女のような女ではない。かつて愛人と共謀して夫を殺したという罪があり、勝ち気。その気高さは、女王という立場に生まれ育ったからだろうか。相対するシルビアは会見で長谷川について「めちゃくちゃ負けず嫌いです(笑)。それを感じた時に、あぁおもしろいと思って!対決のシーンがあるんですけど、近くで見ていると、まぁ憎まれている顔をされているのが気持ちよくて」と評した。

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暗く、シャンデリアと椅子しかない舞台美術。音楽もほぼなく、物語は俳優の対話だけで続いていく。森は稽古で繰り返し「熱量が足りない」と演出したそうで、確かに、俳優の熱量がなければ世田谷パブリックシアターの3階席までこの緊張感は届かないだろう。

メインキャストの身が削られそうな熱量だけでなく、ほかのベテランキャスト達の存在が、劇場の空気をぎゅっと締める。山本亨、鷲尾真知子、山崎一、藤木孝・・・彼らの強くどっしりとした言葉が、物語を厚くし、支える。

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内心メアリが疎ましくてたまらないエリザベスは、この芝居で、メアリの影であり光である。メアリが気高ければ気高いほど、エリザベスの迷いや怖れが際立つ。正統な血筋にうまれ結婚を繰り返し愛され続けた美貌のメアリは、王位にだけは恵まれなかった。

一方で、血筋に恵まれず王位だけは手放そうとしないエリザベスは44年もの間女王して治世する。生涯独身のままで。その複雑な心境を一身に表現するシルビアは、人間の愚かさ・寂しさを表現し、メアリの美しさを際立たせる。エリザベスに感情移入すれば観客は「メアリ・スチュアート」という大きな存在を感じられる。

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二人の対立は、女としての生き方の対比というだけではない。時は宗教改革。キリスト教は、メアリの信仰するカトリックと、エリザベスの信仰するプロテスタントに二分されていた。また、スコットランドとイングランドの対立そのものの姿でもある。

タイトルロールにもなっている『メアリ・スチュアート』。しかしこれはメアリの物語というより、メアリ・スチュアートという存在によっていかに人々の運命が決していったのかという物語でもある。まるで同じ時代を生きているかのように生々しく、誰もが葛藤し、翻弄されていく。

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メアリは19年間も表に出ることなく幽閉された一人の美しい人だった。それなのに、人々を、国家を、歴史をゆるがしたメアリ・スチュアートとはなんだったのか・・・人々の葛藤によって浮かび上がるその存在の大きさを前に、ああ、この物語は『メアリ・スチュアート』なのだと実感する。

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『メアリ・スチュアート』は、2月16日(日)まで東京・世田谷パブリックシアターにて上演。上演時間は約3時間15分(休憩あり)を予定。

(取材・文・撮影/河野桃子)

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