カフカ×KERAだからこそ生み出せた、演劇を越えた試み『ドクター・ホフマンのサナトリウム』レポート


KAAT神奈川芸術劇場ホールにて上演されている『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』。カフカの作品は、いくつかの短編のほか長編は未完成3作が残るのみだが、その4作目が発見されたら・・・!?夢のたられば物語を、“カフカ好き”を公言するケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が作り上げた。出演者は、多部未華子、瀬戸康史、音尾琢真、渡辺いっけい、麻実れいなど。

カフカの実人生、小説、そしてその世界観をリスペクトし、KAATという大きな空間に立ち上がらせた本作。小野寺の振付と、真摯な俳優たち、KERAの演出が客席を飲み込んでくる舞台の様子をレポートする。

(以下、作品の一部内容やカフカについて触れています)

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この舞台は、カフカが晩年に公園で散歩中に少女と出会った・・・というエピソードが元となっている。当時4歳だった少女が100歳の老女(麻実)となった2019年。孫のブロッホ(渡辺)は、家にあったカフカの未発表原稿を出版社に持ち込み、金を得ようとしていた。これが出版されれば、カフカ第4の長編小説として世界中から注目されることに間違いない!

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発見されたのはどんな小説かというと、若い女性カーヤ(多部)の冒険物語。カーヤは出兵間近の恋人ラバン(瀬戸)と旅に出ると、幸せそうだった二人は生き別れに。やがてカーヤの元に「ラバンが戦死した」という報せが届く。カーヤは恋人の生死を確かめるため戦地に向かうことにする。

2019年の“現実世界”と、カフカの“小説世界”、そしてカフカの生きる1923年が、次第に影響し合っていく。まるでカフカの小説のように不穏な空気に包まれながら、3つの世界は混沌としていき・・・。

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“小説世界”の中で、恋人に会うために旅をするカーヤは、戦死の報せを届けに来たバルナバス大尉(音尾)らの後について戦場へと向かう。薄暗い路地裏の迷路に入り込んだような世界で、カーヤは次々と起こる理不尽な出来事を受け入れて進んでいく。これが現実なら「なんでだよ!?」となりそうなこともすんなり受け入れるので、物語はまるで不条理な小説のように進む。しかし、演じる多部に観客を感情移入させる吸引力があるので、もはや観客はついていくしかない。しかもカーヤの意志は強く、決断がよどみなく速いことで、ぐいぐいと一層観客を引き込んでいく。不安げに眉根を寄せながらも辛らつな台詞をズバッと言う図太さも魅力だ。

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瀬戸は“小説世界”でのカーヤの恋人ラバン以外の登場人物も演じている。ラバンの双子の兄弟で真逆の性格を持つガザほか、“現実世界”でも数役を兼ねる。2017年に初出演したKERA作品『陥没』では、難しいキャラクターを絶妙なテンポで演じ、俳優としての存在感を強く印象付けた瀬戸。今回はものすごくインパクトがあるというわけではない役の個性を絶妙に演じ分ける。それにより「どこまでが誰かわからない」という不気味な感覚を泥のようにジワリと漂わせた。その爽やかな不穏さは、終演してもなお、尾を引く。

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一方“現実世界”の方では「なんでだよ!?」のオンパレード。なんとかカフカ第4の長編を出版しようと奔走するブロッホ役の渡辺が、次々と起こる理不尽なトラブルに気の毒なほど右往左往する。

“小説世界”でも“現実世界”でも起こり続ける、予測不可能な展開。すでに「理不尽なできごとばかり起こりどうなるか分らかない」というカフカ的な世界観だけで充分不穏なのだが、美術、音楽、照明、振付などすべての要素が重なり、不吉さが客席を飲み込みそうだ。

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KAAT大ホールの舞台空間は高さと奥行きがあるので、そこに目一杯立ちあがる美術と映像は迫力がある。その暗い空間の向こうから聞こえてくる生演奏が、空気を揺らす。小野寺修二の振付がなめらかで美しい。だからこそ、不気味さを増していく。暗闇から這い出すようにさっと現れる影が舞台装置を転換し、出演者を翻弄するように見える。出てくる人々はユーモラスなのに、どこか夢のような浮遊感があって・・・恐ろしい。だからこそ惹かれる。

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さらに麻実の存在が、一際不安を煽る。100歳の老女から無邪気な少女までさまざまな役を演じ、もしやここで起こる不条理はすべて彼女の仕業ではないか・・・とさえ思えてくる。そんな中、ブロッホの幼馴染(大倉孝二)と妹フリーダ(犬山イヌコ)の掛け合うテンポがよい。大倉、犬山と共に、全編通してさまざまな役を演じる緒川たまきらKERA作品を支えるメンバーが笑わせてくれる。ほっとするような、だからこそ背筋をなでられる怖さも感じるような・・・。

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実際、KERAは「カフカ好き」だと言い、過去にカフカを題材にした作品を手がけている。2001年上演の『カフカズ・ディック』では、フランツ・カフカの死後に遺稿が消えたことを発端に、カフカの関わった友人・女性たちの想いが交錯し、不思議なカフカワールドへ迷い込んでいく様を描いた。

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また、自身のバンド「有頂天」でカフカとニーチェをモチーフにしたアルバムを出しており、その中の楽曲「カフカズ・ディック」では「誰の悪夢だ これが世界だ」「誰のリアルだ これが世界だ」と歌っている。いや、まるでこの舞台のことを歌っているような歌詞にも思えてくる。

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そして今回の『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4 の長編~』には、カフカのほか3編の長編小説からと思われる要素が盛り込まれている。簡単に3つを紹介すると・・・一つ目は、理由不明のまま逮捕されたKの話『審判』。二つ目は、Kという人物がバルナバスという男らに出会いながら城を目指す『城』。最後は、故郷を追放された少年カールが異国を放浪する『失踪者』・・・。この長編3作を彷彿とさせる“第4の長編”とは、一体何だろうか。

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また小説だけでなく、カフカの人生のエピソードも多く散りばめられている。晩年に公園で泣いている少女に出会ったという出来事しかり、登場人物名などもカフカにゆかりある人名がいくつかつけられている。

KERAはこれまでも、物語の中で現実と虚構が混ざり合う作品を創ってきた。今回の作品では、私達の現実と、作家カフカの生きた過去、芝居という虚構、さらには芝居の中の小説世界までが侵食しあっていくような不思議な感覚になる。カフカ×KERAだからこそ生み出せた、演劇を越えた試みではないだろうか。

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もし興味があれば、カフカの人生や小説を調べて想像を膨らませてみると、さらに様々な物語が見えて楽しいかもしれない。カフカはドイツ語で書くユダヤ人だった。本人は1924年40歳の時に結核で亡くなったが、彼に関係する人たちの幾人かはナチスの迫害に追い込まれていくことになる。その時代背景もまた、カフカ本人や本作に漂う不吉さに繋がっているようにも感じられる。また、観劇後に改めて「なぜこのタイトルなんだろう」と思い返すのもいい。ただ、そうしていると一体誰の悪夢で、誰のリアルなのか、より底のない不条理に落ちていってしまうかもしれないが・・・。

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KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~』は、以下の日程で上演。上演時間は1幕1時間45分、休憩15分、2幕1時間30分の計3時間30分を予定。

【神奈川公演】2019年11月7日(木)~11月24日(日) KAAT神奈川芸術劇場 ホール
【兵庫公演】2019年11月28日(木)~12月1日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
【福岡公演】2019年12月14日(土)・12月15日(日) 北九州芸術劇場 中劇場
【愛知公演】2019年12月20日(金)~12月22日(日) 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール

(取材・文・撮影/河野桃子)

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