ありのままを受け入れる――小池徹平、三浦春馬らに見える3年の成熟『キンキーブーツ』レポート


2019年4月16日(火)に東京・シアターオーブにて、ブロードウェイミュージカル『キンキーブーツ』が開幕した。2016年に小池徹平と三浦春馬のW主演で初演された際は、連日大盛況。3年の時を経た再演は、より強く、“今”という時代の空気をまとった作品として、私たちの前に再びあの興奮を提示してくれている。本記事では、公演の模様・・・そして何より、劇場が帯びる熱をレポートしたい。

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『キンキーブーツ』は、2013年のトニー賞でミュージカル作品賞をはじめ6部門を受賞したブロードウェイミュージカルだ。2016年に日本人キャストで初演された時には、小池徹平が第42回菊田一夫演劇賞の演劇賞を、三浦春馬は第24回読売演劇大賞の杉村春子賞を受賞した。それから3年。多くの人が待ち望んだ、まさに“待望”の再演だ。

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再演の内容に触れる前に、『キンキーブーツ』そのものの魅力について触れておきたい。本作は、経営不振に陥った老舗靴工場の跡取り息子チャーリー(小池)とドラァグクイーンのローラ(三浦)の出会い、そして、靴工場をドラァグクイーン専門のブーツ工場として再生させる軌跡が描かれる。ジェリー・ミッチェルは本作を“愛と信頼のショー”と表現し、「相手をありのまま受け入れるということ、信頼関係があるということ」を描いたと言う。

何と言ってもシンディ・ローパーが楽曲と作詞を担当した音楽が魅力的。艶やかで、挑戦的で、包み込むようなナンバーたちは、家に帰ってからもふと口ずさんでいる自分に気づくような耳馴染みの良さ。しかも、歌っているとなんだか元気が出てくる。

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また一幕の最後、大変な試行錯誤を重ねたというベルトコンベア上でのダンスは見せ場の一つ。ダイナミックで、劇場全体がうねるような躍動感がある。このダンスが完成するまで、ベルトコンベアの試作品が5台作られ、10人のダンサーと1日8時間、跳んだり踊ったりを4週間みっちり繰り返すほどの労力を要したそうだ。

そして、チャーリーとローラの友情や、それぞれが父親に抱えるコンプレックスへの葛藤。音楽とダンスに後押しされ、彼らの変化や成長にも希望をもらうのだが、その希望は出演者全員で作っているのだと感じる。主演の二人、ドラァグクイーンたちの華やかさ、靴工場のみんなの真剣さ、そのほか様々な登場人物の前向きさが重なり合って、力強くハッピーな時間に!

(以下、物語の内容に触れています)

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今回の再演で、チャーリー役の小池とローラ役の三浦を中心に、出演者それぞれの中に流れた3年の時間が、2019年版『キンキーブーツ』をより鮮やかにしていた。小池は、会見で「(特に2幕は)芝居を見せるシーンがたくさんあるので、歌もいいんですが、芝居も観ていただけたら」と語っていた。この言葉どおり、「芝居部分」がとても重要だと感じた。

経営者としての経験は少なく未熟だが、靴工場と一生懸命に向き合っていくチャーリーを演じる小池からは、初演よりも落ち着きが感じられた。それにより、家族や友人、恋人と向き合うということだけでなく、社会に向き合うということも意識され、物語の奥行きが出てくる。また、小池の歌もより太く幅広くなっており、チャーリーの心情表現に深みが増す。チャーリーが最初靴工場を継ごうとしなかったのは、親への反発や恋人の希望以外に、チャーリーなりに人生を考えての選択だと思えた。

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三浦も、大きく変化。一つには見た目の変化が挙げられる。三浦自身も、会見で「洗練された身体を見せたかったので、美を追求した。曲線をきれいに見せる身体づくりを心がけた」と語っていたが、確かに初演の「逞しく伸びやか」という身体的な美に、今回は「柔らかく包容力」を感じさせる内面的な美も、肉体から表現しているようだった。

さらに、三浦の演技には自信と余裕が生まれた。おそらく初演の成功や、共演者やスタッフとの信頼に裏付けられるチームワークが大きく影響しているのだろう。安定感を増したローラの存在は、マイノリティとしての不安や弱さよりも「それでも自分らしく生きる」という信念を、初演よりも浮き彫りにした。

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誰かに、勝手にカテゴライズされることは、人前で自分をさらけだして生きている人にとっては「届かない」という絶望と諦観にもなりえる。それが、自分の深い内面までシェアした相手になら、なおさらだ。でも、ローラは感情的な憤りではなく、きちんと怒る。悲しい気持ちを抱えながらも、相手に対して言葉と態度で、心に届けようとする。一人の人間の真っ直ぐな訴えは、本当に美しい。

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ローラの怒り方が正当だからこそ、蔑んでいたにもかかわらず、ありのままのローラを受け入れるドン(勝矢)が、器の大きな男に見える。違った角度ではあるが、チャーリーに対するジョージ(ひのあらた)の眼差しも、子どもを見守るようでありながらも、一人の大人として尊重している様が感じられ、ここにも互いを認め合う姿が見られた。人と人が向き合う姿が初演よりもはっきりと映し出されたからこそ、『キンキーブーツ』のテーマでもある“ありのままの相手を受け入れること”が、じんわりと伝わってくる。

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チャーリーに成熟がみえることで、ローレン(ソニン)やニコラ(玉置成実)といった女性たちとの関係も変わる。恋愛にありがちな、どちらの精神年齢が幼いとか、どちらかが甘えているとか、相手に期待しすぎる・・・といったことよりも、それぞれの人生を生きているからこそ、選択していく道の横にはどんなパートナーがいるのか。恋愛にも、人と人が対等に向き合う関係が見えるのだ。

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そして『キンキーブーツ』の大きな魅力である、エンジェルスのパワーが今回も炸裂!エンジェルスの魅力は、生き物としての魅力だ。しぐさ、着こなし、表情、筋肉・・・どれもがしなやかで、生き生きとしている。三浦も含め、指の先まで美しい。エンジェルスが登場するだけで、思わず笑顔になってしまう。

この3年、metooやLGBTQや多様な生き方に対する言説が増えた。弱い立場として扱われがちな女性やマイノリティの人々の声に耳を傾けられるようになってきている。そんな今だからこそ、見た目や性別――生き方にとらわれず、一人一人が人間として他者と向き合い、受け入れることの大切さが響く。

『キンキーブーツ』はじめ、海外のミュージカルには『プリシラ』などドラァグクイーンやLGBTQの登場する作品は多い。しかし日本では、例えば「ドラァグクイーン」と「ゲイ」の違いを誰かに明確に説明できるほど腑に落ちて理解している人がどれだけいるだろう。もちろんかならずしも細かく理解する必要はないけれど、「自分はきちんと理解していないのでは」と自覚することは大事だ。なぜなら『キンキーブーツ』のシーンでもあるように、ふとした時に、余裕のなさに後押しされ、結果的に相手を差別し傷つけてしまいかねないから。

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会見で、三浦は再演までの3年における自身の変化について、このように表現していた。
「『キンキーブーツ』があったからかは分からないですが、すごくオープンになりました。いろんなことシェアしたいし、受け入れたい。その行為が、皆さんにも広まっていったらいいなと思います」

相手のことを完全には理解できないかもしれない。人と人は分かり合えない生き物なのかもしれない。・・・そんな寂しさを感じる瞬間は、生きていたら誰しもあることだと思う。けれども、だからこそ、そんな時に「ありのままを受け入れること」。その肯定が、共に笑いあえる一歩になるのだろう。

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同じ公演を観ている人が、どんな人で、自分と真逆の考え方を持っているかもしれないけれど、劇場では同じ空間と時間を共有して、一緒に興奮できる。それが、『キンキーブーツ』の持つ力なのだろう。終演後には「何度も観たい!」という強い欲求と、「でも一人でも多くの人に観て欲しい!」という気持ちのジレンマで地団駄を踏みたくなるかも。でも、どちらの気持ちもありのまま受け入れられたらいいなと思う。

ブロードウェイミュージカル 『キンキーブーツ』は、5月12日(日)まで東京・東急シアターオーブにて、5月19日(日)から5月28日(火)まで大阪・オリックス劇場にて上演。上演時間は1幕70分、休憩20分、2幕55分の計2時間25分を予定。東京公演の全公演で当日券の用意あり(電話予約)。詳細は、公式HPにてご確認を。

【公式HP】http://www.kinkyboots.jp/
【公式Twitter】@kinkybootsjp

(取材・文・撮影/河野桃子)

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