松坂桃李が暴力と殺戮の天使に アイルランドの問題作『マクガワン・トリロジー』レポート


松坂桃李主演の舞台『マクガワン・トリロジー』の東京公演が、愛知、兵庫公演を経て、2018年7月13日(金)に世田谷パブリックシアターにて始まった。共演は浜中文一、趣里、小柳心、谷田歩、高橋惠子。演出は小川絵梨子。

本作は、マクガワンという名の“殺人マシーン”を描いた、アイルランドの作家シェーマス・スキャンロンの作品。2014年にニューヨークで開催されたアイリッシュ・フェスティバルでは複数の賞を受賞した。日本では、これが初演となる。「3部作(トリロジー)」というタイトル通り、1984年から1986年の間に起きた出来事を、それぞれ3つのパートに分けて描いている。

(以下、作品内容に踏み込んでいます)

1984年、イギリスにほど近い北アイルランドの町・ベルファスト。地下の隠れバーに、ヴィクター・マクガワン(松坂)がやってきた。彼はイギリスと敵対する組織IRA(アイルランド共和軍)の内務保安部長として、スパイの疑いのあるメンバーのアハーン(小柳)に探りを入れる。ヴィクターの異常なほど暴力的な尋問は、司令官のペンター(谷田)や、バーテンダー(浜中)を巻き込んで、どんどんエスカレートしていく。

『マクガワン・トリロジー』舞台写真_2

イギリス産のポテトチップスに怒り狂い、ハンマーを振り回し、バーカウンターの上に土足で上がり、寝転がるヴィクター。芸術にまつわる冗談を言ったり、笑顔で優しく話しかけたりしたかと思えば、相手を人と思わない暴力的な態度をとったり。人の話を聞いているようで、相手が反応すると話をぶった切るように大声で喚くことも。松坂の目が暴力と共に輝き、ふと空虚に輝きを失う。アハーンもペンターも、そして観客も、ヴィクターの心が読めず、突然に最高潮の暴力を振るう狂気が怖ろしい。

その狂気を受ける小柳と谷田の演技が、ヴィクターの暴力性を強める。そして唯一、IRAメンバーではなく、その場にいたことで巻き込まれてしまうバーテンダー(浜中)が、最も観客の目線に近い。浜中が丁寧に周囲で起こることを受けて演技をしているからこそ、彼の怯え、戸惑い、愛想笑いでやり過ごそうとする気持ちに共感し、恐怖が募る。時々とんちんかんな動きをして観客を思わず笑いに誘うのは、浜中の役者としての確実さだろう。

1984年当時は、ヴィクターらが所属するIRAが過激化していた頃だ。IRAは、イギリスとイギリスからもたらされたプロテスタントを憎み、「北アイルランドで差別されているカトリックを力で守る」ことを目的として数々のゲリラ攻撃を仕掛けていた。その中でも暴力的にのし上がっていたのが、ヴィクターだ。

劇中には出てこないが、「ヴィクター」とは、アイルランドにカトリックを広めるきっかけとなった大天使の名とも伝えられているそうだ。

『マクガワン・トリロジー』舞台写真_4

2章からは、彼の心を覗いていく。
1985年、メイヨー州の湖畔(北アイルランドには含まれない)。ヴィクターは車のトランクから一人の女(趣里)を連れ出してくる。女はヴィクターの幼馴染で、彼は彼女を手に掛けなければいけなかった。その処刑場として、二人の故郷であるこの湖を選んだのだった・・・。

二人の会話から垣間見える、幼い頃のヴィクターの様子。長年ヴィクターを見てきた女は言う。
「あなたは自分を証明しようとしているのね」
自分が幼馴染に殺されるのでは、という恐怖を抱えながら、凛とした趣里の姿が美しい。

『マクガワン・トリロジー』舞台写真_5

3章は1986年。ヴィクターの故郷から少しだけ離れたゴールウェイ州の老人施設で、彼は母親(高橋)と対面する。痴呆の母は、ヴィクターを夫やほかの兄弟と間違える。目の前の青年がヴィクターだとは分からず、「乱暴者のヴィクターは大嫌いだった」と話す。カトリック教徒の母は、ヴィクターが子どもの頃にカトリックの神父から引導を渡されたことを思い出しては嘆く。しかしヴィクターが今所属しているのは、暴力でカトリックを守ろうとするIRAだ。

他の兄弟と間違われても、「大嫌い」と言われても、寒がる母の肩にストールをかけるヴィクターが切ない。それでもヴィクターの存在を認識できない母は、ある事実を告げる・・・。

この作品はあらかじめ“悲劇”と銘打たれている。冒頭から殺人や暴力は起こり続けるが、それは悲劇的な出来事ではあるけれど、物語が悲劇かというと、そうとも言えない。けれども、母が口にしたある事実を知ったヴィクターは、その瞬間“悲劇”となる。全3部を通し、3つのヴィクターが重なることで、この作品が“悲劇”といえる構成になっている。だから「トリロジー(3部作)」なのだ。

“殺人マシーン・ヴィクター”から、アイルランド全土にカトリックを広める発端となった大天使ヴィクターの名をイメージすれば、彼はまるで、アイルランド国を象徴しているよう。数十年もイギリスから独立しようと武力で抗うアイルランドと、暴力で自分を証明しようとするヴィクターを重ねて見ることもできる。

『マクガワン・トリロジー』舞台写真_3

物語の冒頭に、IRAの爆破テロや、イギリスの首相サッチャーへの不満が語られる。その1984年は、実際にIRAがサッチャーを狙った「ブライトン爆弾テロ事件」を起こしている。爆弾を仕掛けた男の名はパトリック。皮肉にもこの名は、大天使ヴィクターのお告げを受け、アイルランドにカトリックを広めた聖人の名でもある。今では世界各国で「聖パトリックの日(セント・パトリック・デー)」が祝われるほど重要な人物だ。ちなみに、聖パトリックの生まれはアイルランドではなく、イギリスである。

これらカトリックやIRAにまつわる出来事は、日本ではあまり馴染みがないかもしれない。しかし、北アイルランドの問題が一つの収束を迎えたのはたった20年前。この作品には、今のアイルランドの“地”と“血”が流れている。舞台をきっかけに、約9,500km離れた日本でもアイルランドに思いを馳せることができる。

『マクガワン・トリロジー』東京公演は、7月29日(日)まで東京・世田谷パフリックシアターにて上演。

(取材・文/河野桃子、撮影/岡千里)

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