瀬奈じゅん、大原櫻子、吉原光夫ら、父と娘の別れと希望のミュージカル『FUN HOME』公演レポート


タイトルの『FUN HOME ファン・ホーム』とは「Funeral Home(葬儀屋)」の略。葬儀屋の家に生まれた父と娘の物語が、2018年2月7日(水)に東京・シアタークリエで開幕した。

『FUN HOME ファン・ホーム』舞台写真_2

このA NEW BROADWAY MUSICAL『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』は、2015年トニー賞ミュージカル作品賞、脚本賞、オリジナル楽曲賞、主演男優賞、演出賞の、主要5部門を獲得した最新ブロードウェイ・ミュージカルだ。日本版キャスト、スタッフによる上演にあたり、演出を務めるのは小川絵梨子。小川にとって、これが初ミュージカル演出となる。また、一家の父ブルース・ベグダルを吉原光夫、娘のアリソン・ベグダルを瀬奈じゅん、大原櫻子、笠井日向と龍杏美(Wキャスト)らが3世代に分かれて演じる。

(以下、物語の内容に一部触れています)

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43歳のアリソン(瀬奈)は、売れっ子漫画家。父が死んだ年になり、自伝作品を描くために思い出の品々に触れる。シルバーのポット、キーホルダーの鍵の束。それらを手に子どもの頃を振り返る―10歳のアリソン(写真は笠井)が暮らすのは、ペンシルベニアのベグダル家。父のブルース(吉原)は高校で国語教師をしながら家業の葬儀屋をついでいる。

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しかしこの物語、葬儀屋の話ではない。『FUN』には「おふざけ」「楽しみ」などの意味もある。子どもたちは棺桶でかくれんぼしたり、陽気な葬儀屋のCMを作って踊ったりと賑やかだ。テンポよくキャストたちが元気いっぱいに動き回り、楽しい思い出が蘇っていく。アリソンは大好きな父は足の上に乗って、両手を広げて飛行機のように空を飛ぶのが大好きだった。

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そしてもう一つ、初めて家を出た大学1年生の頃(大原)も思い出す。大学に入って3ヶ月しても、父と電話で語り合うアリソン。大原は舞台に登場した瞬間から目を惹いた。大原演じるアリソンは、より新しい世界を知り輝きを増す。それは初めて恋をした時・・・つまり、自分がレズビアンだと確信を持った時でもあった。「すごく強くなった気分」「でも不安もある」恋に身を焦がし、生まれ変わった悦びと不安を行き来するアリソンを見て、43歳のアリソンは「何言ってんのあたし!」と身もだえる。

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アリソンが、恋人になるジョーン(横田美紀)と出会う瞬間も、息が止まりそうになる。まるで一瞬のうちに糸でつながったような二人。ああ、恋に落ちた、と思う。そしてそんなアリソンはレズビアンであることをカミングアウトする。しかし予想外の父の態度から分かったことは、父がゲイであることだった。

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同性愛者であることを受け入れたアリソンと反するように、隠す道を選び、自らの命を絶った父。同じセクシャリティを持ちながらも両極端の選択をしたのは、時代の違いなのかもしれないが、どこか似ていて分かり合える父娘の信頼関係があったからこそ、アリソンは大きくクローゼットを開け、カミングアウトしたのだろう。

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母ヘレンを演じる紺野まひるは、ゲイの夫を持ち、3人の子どもを育てた母親という役どころをうまく一人の人物に内包させた。子どもの頃は、父と母が男や女であるなんて思いもしない。目の前で起こっていたはずなのに、10歳の子どもの時や、外の世界を向いた19歳のアリソンには見えなかった大人の世界を、吉原と共に演じた。アリソンを子どもとして扱っていた頃から大人として接する事への変化、そして同性愛への嫌悪へと娘への愛情を、短い時間に自然に表現する。

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それぞれ10歳、19歳、43歳のアリソンが登場するが、3人のファッションの変化や雰囲気により、舞台上に出てこない時間に経てきた人生が垣間見える。この10歳のアリソンには泣かされた。ショートヘアのハンサムな女性に出会う場面は見事で、歌と表情だけでアリソンの世界が変わっていく衝撃が表現される。3姉弟の楽しげなシーンと、一人先に大人に近づいていく長女の歩みが感じられる。

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ベグダル一家に入り込むロイ(上口耕平)の存在も、毒がありつつ心地いい。家族は家族だけでなく、外からの誰かの存在によって形を変えていく。いくつかの役を演じ、様々な風を舞台に運んでくるところも見どころだ。

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そして一家の厳格な父であり、自身のセクシャリティを抱えきれない一人の人間を演じた吉原。自分が必死に閉じていたクローゼットを開けて、自分にはできなかったことを成し遂げていくアリソンを、複雑な思いで見ていたかもしれない。父の顔、男の顔、どちらもが混ざり合うクライマックスの吉原は圧巻だ。希望や苦悩などいくつもの感情を飲み込んだ歌のシーンだけでも、劇場に足を運んで良かったと思った。

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舞台奥には、常に家の影が描かれている。そこは『FUN HOME』、葬儀屋。父ブルースの仕事であり、死者を丁寧に送り出す場所だ。大人になったアリソンは父が批判していた漫画家になったが、漫画を描くために記憶を紐解くことで、死んだ父と時を重ねていく。葬儀屋は継がなかったが、死者を送り出す葬儀屋の役割を、父に果たしていく。10歳と19歳のすべてのアリソンを通ってきた瀬奈の存在感と安定感が頼もしいが、父と交差するシーンのみ震える歌が胸を打つ。

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小川の演出は、人間関係の白と黒だけでなく、灰色を混ぜても表現することのできない複雑な色のグラデーションを見せた。苦悩を苦悩で終わらせず、希望を希望に昇華しすぎない。一筋の温かな光を宿す結末のセンスと潔ぎよさに、もやもやするだけでない、すがすがしさを感じる。劇場を出て思わず、「ああ、人生も悪くない」と上を向いた。

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A NEW BROADWAY MUSICAL『FUN HOME ファン・ホーム』は、上演時間約1時間40分。2月26日(月)まで東京・シアタークリエにて。その後、兵庫、愛知を巡演する。日程の詳細は、以下のとおり。

【東京公演】2月7日(水)~2月26日(月) シアタークリエ
【兵庫公演】3月3月(土)・3月4日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
【愛知公演】3月10日(土) 日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール

(取材・文/河野桃子、写真/東宝演劇部)

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