浅利慶太が贈る『ミュージカル李香蘭』稽古場レポート!「初演から25年・・・今回が一番深まっています」


8月中旬、『ミュージカル李香蘭』の稽古場へ伺った。本作は1991年の初演から毎年のように上演され、国内外70都市以上、通算878回公演されているオリジナルミュージカルだ。実在の女優“李香蘭”を主人公に、戦前の満州に生まれ、中国人女優として大活躍し、戦後は軍事裁判にもかけられた日本人・山口淑子の半生を描く。『ミュージカル李香蘭』の上演は、昭和8年に生まれ、日中戦争を体験した浅利慶太の“責任”だと本人も語っている。

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この日の稽古は、冒頭のシーンから。浅利は立ち上がり、集まった取材陣の前をゆっくりと歩きながら「まだお見せできる段階ではないんですけどね(笑)」「今日はどうもありがとう」などと丁寧に声をかける。

出演者たちは、浅利の前に姿勢を正して座る。彼らに向かって「稽古を見てくださる方がいるからと、力を入れすぎないで。いつも通りに」と指示。「どこのシーンまでやるか、やってみないとわからないから、いけるところまでいってみよう」と、席に着いた。

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総勢36人の役者たちが、駆け足で左右の壁に付く。始まる前の緊張感。誰も物音ひとつ立てない。「稽古でやったことを思い出して。がんばりすぎないで」、浅利の声だけが響く。「集中して、みんな」。全員が沈黙で答える。パン!と浅利が手を叩いた瞬間、オーバーチュアが鳴り響いた。

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出演者の多くが、黒系のシャツに濃い色のズボン、運動シューズ。衣裳でない分、その俳優の力が際立つ。稽古場は舞台ほど広くはない。手を伸ばせば本当に触れられる距離で、俳優たちが演じる。大人数で歌うシーンでは、部屋中に声が充満し、震えるようだ。マイクを付けない生声、そのテンションと迫力に圧倒される。

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長年、浅利演出の舞台に立ち続けている野村玲子、坂本里咲らは、さすがの安定感。野村は澄んだ声を響かせ、坂本は力強く言葉を発する。劇中では、目まぐるしく時が過ぎ、日中関係も変化を見せる。歳を重ね、環境が変わり、自分自身も変わっていく姿を、音楽に乗せ、俳優たちが丁寧に演じていく様子が印象的だった。

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日中両軍では、男達は銃を手に互いを責め立てる。重なる歌は重厚で、とくにベテラン勢の声は、戦争へと突入する時代の空気を力強く後押ししていく。若者たちの歌声にも、それぞれの信念へとまっすぐに進んでいく純粋さが表れている。

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スタンバイ中の役者たちは、気を抜くことなく、真剣な表情で舞台を見つめている。背筋を伸ばし、歌詞に合わせて口を動かす者もいる。

誰の集中力も途切れることがなく、観ているこちらも息がつけない。緊張感が逃げ場をなくし、胸の中で膨れあがっていく。けれども、李香蘭が家族と過ごし、無邪気に微笑むシーンでは、ほっと口元がゆるんでしまう。衣裳も照明も美術もない稽古場で、これほど観ている者を引き込むのは、彼らが鍛え上げられた俳優であり、作品が緻密に作り上げられているからだろう。

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浅利は正面中央で、台本と役者たちを交互に見る。時々、シーンが終わった役者を手招きし、個々に指示を出すこともあった。

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1幕も8割方過ぎた頃、「パンパンパン!」と大きな手拍子が響いた。鳴らした浅利が立ち上がる傍に、一斉に俳優たちが駆け寄ってくる。浅利が柔らかい声で、「僕が産まれたのは戦前の昭和8年。日本の歴史をたくさんの人に知ってほしい」と、戦争を知らない出演者たちに声をかける。小さく頷き耳を傾ける彼らは、演じる時以外も、つねに集中し、つねに全力。その積み重ねが、25年も続く舞台を創り上げているのだと感じた。

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浅利は、今年で83歳になった。「『ミュージカル李香蘭』は日本の歴史を伝えるためのリアリズムです」。中学1年生の時に信州の疎開先で、道ですれ違った同級生から「浅利、日本、今日戦争負けたよー」と終戦を知らされたという。東京へ戻り、上野から秋葉原に続く一面の焼け野原に呆然とした記憶を語ってくれた。

「平和は“当たり前”なんかじゃない。そうじゃなかった時代を私たちはずっと生きてきたのよ」とは李香蘭本人の言葉だが、同じく戦争を生きてきた浅利だからこそ描ける舞台が、そこにある。「この作品を25年間上演し続けていくなかで、演出や段取りは変わっていないけれど、舞台は深まっています。今度の作品が、一番深くなっているでしょう」と頷く。

舞台を創り続けて60年以上。数々の名作を産み出し続けてきた演出家は、「今後は『番長皿屋敷』なんてやってみたいね」と笑った。

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『ミュージカル李香蘭』は2016年9月3日(土)から9月11日(日)まで、東京・浜松町の自由劇場にて上演される。

(取材・文・写真/河野桃子)

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