浅利慶太プロデュース『この生命 誰のもの』ゲネプロレポート!生きる尊厳を問う8度目の日本再演作品、開幕


劇団四季で1979年に初演された『この生命(いのち)誰のもの』が、2016年6月4日(土)に浜松町・自由劇場で8度目の再演初日を迎えた。浅利慶太の演出・潤色により、前回の2013年公演より台本も短くし、よりリアルで丁寧なストレートプレイとなっている。キャストも、劇団四季、劇団俳優座、劇団昴などのベテランとフレッシュな若手が集まる。そのゲネプロに伺った。

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上演は20分の休憩をはさんだ2幕芝居。開始5分前には、客席の中央から浅利が「みんなリラックスしていけよ。変に頑張るんじゃないぞ」と声を飛ばす。

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この舞台の主人公は、首から上しか動かすことができない。彫刻家だった早田健(近藤真行)は、明晰な頭脳と鋭い感性を持ちながらも、全身不随の交通事故患者である。回復の見込みはなく、希望が持てないまま、若い看護師をからかったりしながら努めて明るくふるまっている。そしてある日思う。「静かに死にたい」と。

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しかし、主治医の江間(山口嘉三)は、早田の「退院したい=死にたい」という願いを退ける。命を救うのが医師の仕事であり、あくまでも延命治療をすべきだと主張する。

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若き不遇の主人公・早田を演じるのは、若手俳優の近藤真行。かつては日下武史、石丸幹二、味方隆司などのベテランが演じた役に挑む。首から下はまったく動かさず、表情と首の動きだけで怒り、悲しみ、笑い、切なさなどを豊かに表現する。
対する江間医師を演じる山口嘉三は劇団昴のベテランである。「医の倫理」に従って、患者の意思を無視しても人命を優先させようとする。厳格で、権威を振りかざすように見えても、その主張は早田の人命を思ってのことだ。

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両者が一歩も譲らないなか、早田の担当医である北原まゆ(野村玲子)は、二人の板挟みになってしまう。早田が「自分の人生に自分で決断を下したい―――尊厳を持って」と“死ぬ権利”を主張する決意を理解しながらも、正常な脳の人間の命が消えるのを認めていいのかと、苦悩する。「死の権利」か「医の倫理」か……答えが出ない状況はやがて、裁判沙汰に発展する。

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“死の選択”という重いテーマだが、時に笑いも起こる。登場人物の誰もが暗くなりすぎず、また、悪い人がいないのだ。早田の後押しをする弁護士も、眠る早田に向かって「かわいそうなおっさん」と呟く看護助手も、みんながそれぞれの立ち位置から、早田の幸せを願っている。
「退院したい」「いや、死なせない」と意見は平行線をたどるが、その根底にあるのは善意だ。早田の主張を後押しする弁護士(斎藤譲)や、早田の気持ちに寄り添おうとするケースワーカー(田野聖子)など、誰もが「生きることとは」「尊厳ある死とは」を問い、悩み、そのうえでそれぞれの解答を提示していく。

稽古にあたり、浅利は役者たちに「今回の芝居は役者ひとりひとりがリアリティを持って、自然にやれ」と言ったそうだ。その言葉を実践するかのように、丁寧な会話劇に仕上がっている。さまざまな考え方が交差するなか、その狭間にゆれる人々の思いが、少しずつ浮彫になってくる。観客はきっと、意見の異なる人々のうちの誰かに感情移入できるだろう。

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後半、病室内での裁判が行われる。尊厳死を望む早田と、生命を優先する江間医師が、それぞれ弁護士を立てる。裁判官(田中美央)がそれぞれの主張を聞き、どんな判決を下すのか。そして、早田はその時なにを思うのか……。

意識ははっきりしているのに、動ける見込みはない早田。生きるのが正義か、死ぬ希望を叶えるのが正義か。悪意による対立ではなく、善意による対立だ。それが互いにわかっているからか、誰も、意見の異なる相手を責めはしない。できるだけ論理的に、それぞれの正義を主張する。だからこそ、重いテーマでありつつも、優しく、軽やかに私たちに届いてくる。人は意見が合わなくとも思いやれることができ、認め合い、受け入れあうことができるのでは、と感じられる。
この“尊厳死”を巡る裁判は、誰が正解で、誰が間違っていると断定できない。だからこそ、裁判の結果を受けて早田が選ぶ答えが、言葉が、響いてくる。

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作品は、1978年にロンドンで初演され、イギリスでもっとも権威ある舞台の賞といわれるローレンス・オリビエ賞(作品賞)を受賞している。それから40年近く経った今でも、人間の尊厳死については答えが出ないままだ。この物語は、突然自分や家族が立ち向かわなければならないかもしれない、すぐそばにある問いなのだ。

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浅利慶太プロデュース公演『この生命誰のもの』は、6月4日(土)~11日(土)、浜松町の自由劇場で上演される。

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