井上芳雄が「愛」と「成長」の物語を生きる!『パッション』開幕レポート!


2015年10月16日(金)に新国立劇場・中劇場(東京・初台)で開幕したミュージカル『パッション』。井上芳雄、和音美桜、シルビア・グラブらの実力者たちが、“ミスター・ミュージカル”ことスティーブン・ソンドハイムの旋律にのせて「大人の愛の物語」を演じている。

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19世紀のイタリア・ミラノ。青年将校のジョルジオ(井上芳雄)は美しい恋人・クララ(和音美桜)と愛を交わすのに夢中。そんな折、ジョルジオに転属命令が出され、彼は辺鄙な田舎で暮らすことになる。そこで彼を待っていたのは上官・リッチ大佐(福井貴一)や軍医のダンボウッリ(佐山陽規)、馬や賭け事にしか興味のない軍人たち、そしてリッチ大佐の従妹・フォスカ(シルビア・グラブ)らとの単調な生活だった。

『パッション』

ミラノに残したクララを想い続けるジョルジオ。そんな彼に恋心を抱き、気持ちを自分に向けようと執拗に迫るフォスカ。上官の従妹であり、病弱な彼女をジョルジオは無視する事が出来ない。次第にフォスカの思いは強くなり、ジョルジオは二人の女性に挟まれ苦悩する。そして彼が最後に下した“決断”とは…?

『パッション』

全体稽古二日目のインタビューで、井上、和音、シルビアの三人が共に語った「やはりソンドハイムは難しい」という言葉。だが、実際に彼らが歌うのを客席で聞いていると、その難解さはほぼ感じられない。複雑な旋律だとは思うものの、劇場を包む歌声にはそれを遥かに凌駕する「美しさ」があるのだ。これは確かな技術を持ったキャストたちが、役の人物の感情を完璧にメロディに乗せて歌っているからだろう。

『パッション』

井上芳雄は、恵まれた環境から辺鄙な田舎に転属させられ、そこでの生活から新たな価値観を得て変化していくジョルジオ役を好演。井上が持つベルベットのような滑らかな声と、ソンドハイムの旋律が美しく重なって耳に心地よい。本作は「愛の物語」でもありつつ、二人の女性の間で苦悩しながら、自らにとって何が大切なのかを見つけていくジョルジオの「成長」ストーリーでもあると感じた。

『パッション』

和音美桜は透き通るソプラノを武器に、ジョルジオを翻弄するクララ役を演じる。なかなか難しい役どころで、一歩間違うと客席の女性たちからそっぽを向かれる可能性もあるキャラクターなのだが、和音の持つたおやかさと計算ずくではないジョルジオへの真っ直ぐな思いとが相まって、頷きながら彼女の選択を見守ってしまう。

『パッション』

シルビア・グラブは、本人の持つ「陽」のモードや華やかさを完全に封印し、病弱で美しさを持ち合わせないフォスカ役を熱演。フォスカが出て来るだけで劇場内の温度が2,3度下がるような雰囲気と、胸に渦巻く感情を絞り出しながらの歌声が凄まじい。ミュージカルでこれだけ後ろ向きで「陰」のモードを抱えたヒロインというのはこれまで存在しなかったのではないだろうか。彼女の代表作の一つである『レベッカ』のダンヴァ―ス夫人は、暗さの中にもアグレッシブに攻めていく分かりやすい強さがあったが、フォスカは人一倍弱く見えても、実は誰よりも強い意志と行動力を持つというかなり込み入ったキャラクター。彼女の熱情が核となり、物語は大きく展開していく。

『パッション』

確かに本作『パッション』はエッジの効いたミュージカルで、多くの人にすんなり受け入れられる題材&テイストではないかもしれない。だが、安定感抜群のオーケストラの演奏も、演者たちの確かな技術力に裏打ちされた歌唱と演技も、宮田慶子の無駄をそぎ落としながら、人間の核心部分にきっちりフォーカスを当てた演出もすべてが素晴らしく、日本のミュージカル界の成熟を客席でしっかり受け止められる作品だと感じた。キャストと共に、ある意味冒険作とも言える本作を、最高の布陣で上演した新国立劇場の製作陣にも心からの拍手を贈りたい。

ミュージカル『パッション』は、2015年11月8日(日)まで新国立劇場 中劇場にて上演中。

撮影:谷古宇正彦

取材・文:上村由紀子

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